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波濤の王冠 カラカウアの遺産  作者: ゆうき
日清日露戦争 連合王国の更なる飛躍
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ハワイ開拓

ハワイ諸島は日本と連合を組む前から西郷移民団が移民してから開発が急速に進んでいた。

ハワイは元年者達が渡った明治元年から道路整備、港湾整備を進め移民者が増加したときに合わせ日本との電信の整備を開始、西郷隆盛、江藤新平の移民に合わせて日本語学校や神社、師範学校の整備もスタートしていた。

1886年、水面下にて日布連合設立が準備され始めた時期から港湾設備の開発、オアフ島鉄道建設計画、上下水道、ガス灯の整備が本格化していく事になる。

日布連合が成立した1890年には日系人人口約5万人、ハワイ全体でも約10万人近い人口となっていた。

連合成立後には日本からも軍人、官僚、技師がやってきておりより開発が促進されていく事になった。

特にホノルルの開発は急ピッチで進められ横浜、神戸と並ぶ太平洋上の拠点として多数の商船が往来する事になる。

また史実では米海軍が使用した真珠湾の整備も進められ石炭庫、ドックの建設が進められていた。

また農業も史実では砂糖を中心とした物だったが西郷隆盛達が持ち込んだ稲作や茶、畜産を行うなど多角化が進んでいた。

日布連合成立後の1890年からはホノルル港の開発、真珠湾の石炭貯蔵庫やドック建設、農業の多角化が進められていた。

特に西郷が指導役となって開拓村が建設されたオアフ、マウイ、ハワイ島は灌漑、漁業、畜産が盛んとなっていた。

また元薩摩士族を中心とした自警団や消防隊はハワイ自治王国の制度の中に組み込まれて発展していった。

中には王宮警備隊や初期のハワイ王国陸軍の大隊に加入する者もおり後の日露戦役において活躍していく事になる。

江藤新平は土地登記制度の整理を進め史実では手続きの複雑さからハワイ現地民ではなく白人有利に働いた土地所有も現地民移民共に平等に所有できる制度が整えられた。

また裁判制度、地方自治制度の整理も進められ1890年の日布連合成立時には英米と日本の折衷的な法律が整備されていた。

西郷隆盛も政治の世界ではなく私学校を設立、日本語教育や武士道的精神の教育を行なっていき日本移民、ハワイ現地民から大いに慕われる事になる。

ハワイ自治王国も日清戦争には兵を拠出、旅団規模ではあるが派兵を行い主に朝鮮半島の警備などで活躍する。

また日本海軍もハワイ港が整備されている事で遠洋航海演習を史実よりも行う事ができ、本来であれば失われていた清輝、畝傍も失われずに存在する事に繋がった。

また貿易面でもハワイの農産物などの輸出や英国商船などの寄港で財政黒字にかなり貢献していた。

この財政の余裕が後に日露戦役前に史実よりも艦隊規模を拡大させる事に役立ってくる。

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