ハワイの状況
かつて日本からの南蛮貿易船が些細なミスから漂着したことにより交易を行なった物の双方の距離の遠さ、技術的困難さから本格的な交易が継続することは無かったが戦国期の日本からもたらされた技術によりカメハメハ大王を輩出したコナ地区の首長族の武力は史実と比べれば些細な差ではあるが強化されることになる。
1736年、コナ地区に運命の男が生まれることになる。
後のカメハメハ一世である。
若い頃は周辺の首長族の面々と比べても有力な戦士の1人である程度であったが経験を積んでゆく中で西洋人の軍事顧問の採用、短期決戦を意識した戦術、西洋武器と従来の武器を併用した戦術により各地の首長たちに勝利して行くことになる。
ただ史実では70代に統一というペースであったが過去にあったと伝わる異民族(日本人)たちとの出会いの伝承やその時の武器などにより先祖たちがコナ地区を中心としてハワイ島の半分を統治下に置いていたことでそれよりも早い統一を可能とした。
革新的な戦術を用いつつ、島国ハワイを統一するためにカヌー艦隊の合理的運用、調略などを駆使し1800年、60代でのハワイ統一に成功する。
この時カメハメハ大王は外国との交渉(主に英国や仏国)で上手く立ち回りつつカヌー艦隊を生かして北西ハワイ諸島のミッドウェー島やパルミラ環礁、ジョンストン環礁への拡張政策を行う。
1796年に統一に成功したカメハメハ一世の後を継いだカメハメハ二世の時にアメリカよりアメリカンボードの使節団がハワイに到達、史実とは違い指導的地位を確立するまでには至らないもののキリスト教が根を張り始める。
カメハメハ三世の時代に多くの白人の助力を受け憲法を制定、その後の動きは日本が咸臨丸でハワイに到達するまで動きが止まることになる。
5月9日 編集しました




