帝国海軍の戦略変更
日本ハワイ連合が史実とは違う形で成立した事で海軍戦略の大転換も迫られる事になる。
エミールベルダンの青年学派思想に基づいて防護巡洋艦や水雷艇を中心とした海軍整備を続けてきたが日本本土ーミッドウェー諸島、ハワイ諸島のラインを防衛する必要に迫られ更なる防護巡洋艦、通報艦、砲艦の整備を迫られる事になる。
1890年当時の主力としては装甲艦扶桑、装甲コルベット比叡、金剛、コルベット艦龍驤、スループ艦天城、海門、浪速級防護巡洋艦2隻、非防護巡洋艦筑紫、天龍、高雄、葛城型スループ4隻、摩耶型砲艦4隻、磐城、清輝、清輝改良型、通報艦八重山、その他水雷艇が何隻かと言った編成だった。
清輝は史実で有れば駿河湾にて座礁沈没しているがこの世界ではハワイまでの航海などにより航海技術が向上している事で座礁沈没をせずに済んでいた。
ベルダンの思想に基づき水雷艇などを増備しつつ防護巡洋艦の増備をかけるはずだったが水雷艇のみでは長大な本土とハワイの航路を守り抜くのは不可能でありとりあえず防護巡洋艦の数を揃えていく事になる。
現在の仮想敵である清国北洋水師は最新鋭かつアジア最大の装甲艦定遠級を2隻保有しており主砲は32センチとかなりの巨艦であった。
本来で有れば装甲艦で対抗するのが正しいところではあるが帝国海軍は国内開発などにも予算を割かねばならない関係上装甲艦を購入するのは厳しく防護巡洋艦を増備し、搭載している水雷兵器にて撃沈を狙う事になる。
とりあえずとして定遠級に対抗すべく32センチ砲を1門備えた松島級防護巡洋艦を3隻、多数の速射砲を備えた防護巡洋艦吉野級2隻、秋津洲級3隻、千代田、畝傍、、須磨の増備及び海外艦で手頃で購入しやすい艦を購入する方針となった。
とりあえずの増強としてチリ海軍防護巡洋艦エスメラルダ、イギリスがアームストロング社で建造していた防護巡洋艦を購入する事となった。
エスメラルダはエクアドルを経由して購入する事とし史実で有れば1894年購入であったのが2年前倒しで購入される事となった。
これらの軍備を1894年までに揃えることが目標とされた。




