日清関係
明治維新を迎えて近代化への道を歩み出した日本だったが史実通り日清関係は順風満帆とは行っていなかった。
征韓論の頃から朝鮮を巡って対立していた日清両国であったが琉球処分、及び台湾出兵、第二次琉球処分で頂点を迎える事になる。
琉球王国は現在では沖縄県となっているが元々は琉球王国という独立した王国(清及び日本のほとんど属国と変わらない状態)であり清王朝としては朝貢関係がある冊封国の一つであった。
だが明治政府は琉球処分で琉球藩をなさい設置、第二次処分で琉球藩も廃止して沖縄県を設置した。
清王朝からすれば自身の勢力圏を脅かされた形となり大いに不快感を示す事になった。
台湾出兵も宮古島島民が虐殺されたため懲罰目的での出兵であったが清王朝の主権化に対する侵攻であり清国内では日清修好条規違反とする声も高まっていた。
また朝鮮半島においても江華島沖での武力衝突や朝鮮国内で起こった反乱軍に日本軍兵士が殺害された事を理由とした日清両国の朝鮮半島駐留問題も清からすれば冊封国を侵されているとして大いに不快感を示していた。
日本は日本で清仏戦争勃発時に朝鮮国内で起きたクーデターが清国に即座に鎮圧された事で勢力が後退したことに不満を持つことになる。
一時期は日清朝三国同盟説も提唱された三カ国であったがこうして対立が深まっていくことになる。




