日本政府の対応
カラカウア王が来日して皇族とハワイ王族の婚姻の約束を結んだ日本であったが諸外国への対応に迫られる事になる。
あくまでも明治天皇とカラカウア王の極秘会談の中で決まった事であり駐日英国公使なども会談内容までは掴めず本国に会談が行われた旨を通告するに留まっており国外にはまだ婚姻はバレていない状況だった。
日本政府としてまずは英国政府に根回しを開始する事になる。
英国政府には太平洋ハワイ王国の王族と日本の皇室が婚姻を結ぶ旨を通告、しかしながらハワイを即座に併合する意図などがない事を丁寧に説明する事になる。
最初は英国政府内でも対応が分かれる事になる。
アジアの未開の国が影響力を拡大しようとしていると警戒する勢力も存在したが最終的には英国としては容認する事になる。
容認する事にした理由として最大のものが米国を牽制するためであった。
南北戦争時英国は勢力均衡の目的からアメリカ連合国を支援、フランスと共同歩調をとったもののアメリカとの関係はまだ修復しきれておらずカナダと領土を接するアメリカを牽制する目的になるのならと容認してしまった方がいいと判断した。
また新興国同士が婚姻を結んだところで英国の脅威にならないと判断したのも大きかった。
その後フランス、ドイツ、アメリカと事前協議を行なった結果フランスはタヒチを領有しているものの敗北して退位したとはいえナポレオン三世が始めたメキシコ帝国支援をかなりの利権を握ったこともありやめられずにいたため容認、ドイツはビスマルク体制化でありフランスの孤立化を目指している段階であり興味を示さずロシアなども脅威にならないと判断し黙認した。
米国も史実であればハワイ併合を目指していたがこの世界では中南米にシフトしていることもあり警戒感は表す物の本格的抗議をする意思を示さずにいた。
そのため訪日翌年の1882年には婚姻が正式に発表され各国政府に通知される事になった。
その翌年には対等な関係として日布修好通商条約が締結される事になった。




