カラカウア王訪日
西郷隆盛を開拓総督に任命しハワイ移住を本格化させた後も明治政府の国内改革及び開発は進展してゆく事になる。
この世界での最大の変化は佐賀の乱、西南戦争の回避による政府財政の余裕の大きさだろう。
史実では西南戦争のお陰で政府が徴兵軍でも士族に勝てる事を証明、本格的に士族が失職し、動員、兵站などの実地練習となった側面はあったがそれ以上にただでさえ無い予算が戦争に取られ国内開発が遅延し不換紙幣が作られた事でインフレが進行、松方財政につながりインフレは抑制されたものの松方デフレと呼ばれるデフレが発生、農民の困窮につながる事になる。
またあまりにも巨額な戦費のせいで政府財政も赤字になり国内開発が遅れる事になった。
確かに軍需や近代経済が進んだ面はあったがあまりにも負の影響も大きすぎた。
但しこの世界ではそれがなくなる事で国内開発が進む事になる。
まず佐賀の乱を回避した事で九州の警戒を緩和することが可能となり軍事費も抑制されつつ官設鉄道予算が維持される事になり新橋ー横浜間の鉄道の経営が安定する事になる。
1875年には伊藤博文、大久保利通が反乱対策を減らし列強対策として横須賀工廠を拡張し呉工廠の候補地捜索に予算が割かれる事になる。
また鉄道も軍事幹線は国営方針が固まる事になる。
1876年には萩の乱などの小規模な乱は起きるものの大規模にはならずこの時点で東北幹線の調査が開始される事になる。
1877年には西南戦争が回避されつつ西郷隆盛を総督としたハワイ移民団が出発した事で国内の治安が安定して行く事になる。
それによりインフレが抑制され鉄道、工業の投資、海軍拡張が維持される事になる。
翌年には上野ー青森、神戸ー下関、門司ー長崎の幹線を官営優先として建設が決定する。
そしてこの時点で山陽本線計画も前倒しされ神戸ー広島間の着工が計画される事になる。
ここで南樺太、千島列島を日露和親条約時点で保有していることが大きく史実からの変化を与える。
明治政府は史実では東海道ー山陽ー九州路線を最優先としたがこの世界ではロシアの脅威、北方防衛の重要性を感じさせられており幕末時には史実通りとロシアに対馬を占拠されたりと散々な目に遭っていた。
そのことから北方開発も重視する政策となっていたため、室蘭港、小樽港改良が開始され石炭輸送路調査も開始される事になる。
海軍も北方防衛のために津軽海峡、千島、樺太航路、補給問題についての検討を始める事になる。
1879年には室蘭港の整備、大泊港の拡張が開始される事になる。
そして北海道炭礦鉄道の系統に該当する路線の整備計画及び初期に開通してる北海道の鉄路の更なる整備が開始する。
そして海軍は函館の軍港機能の拡張を開始する事になる。
1880年には史実よりも早く重工業化政策が開始、神戸造船所、長崎造船所の拡張及び国内の機械工場増設に予算が当てられる事になり、上野ー仙台間の官営化も決定し建設が開始される事になる。
翌年には工事に総力を上げた事で上野ー宇都宮間が開業する事になる。
海軍は当時の貧乏国家に流行った青年学派の思想が流入、大型主力艦を整備できる予算、国力の不足から防護巡洋艦、水雷艇、通報艦、砲艦の整備が中心となる海軍軍備となってゆく。
1881年には日本鉄道が設立されるものの幹線ではなく現在の山手線や赤羽線などの都市近郊路線や貨物線などの建設を行う会社として設立される事になる。
また信越方面へのアクセスも見据えこの時点で高崎線や信越本線、上越線調査も開始される事になる。
海軍も防護巡洋艦や水雷艇の増備が開始される事になる。
この状態でハワイ王国国王カラカウア王が来日する事となる。
史実でもカラカウア王はかなりの親日家として有名で訪日時に移民の要請及び王女のカイウラニ王女と東伏見宮依仁親王の婚姻を要請している。婚姻に関しては国力の弱さ及びアメリカとの無用な衝突を防ぐべく政府は丁重に断っているがこの世界ではアメリカは南北戦争が終結してから10年弱しか経っておらず太平洋に進出する余裕を無くしており主な関心を寄せているのが英国だけになっていた。
但し在白人勢力はアメリカ加盟を目指している状況であった。
だがこの世界では西郷隆盛、江藤新平が士族らと共にハワイ王国からの要請で移民するという変化が起きる事になる。
最初はハワイ王国も見守るだけであったが武士道の体現者のような西郷隆盛を信頼するようになり西郷隆盛自身も征服するような思想を持たず王への忠誠、武士としての論理、何よりも共同体を重視する姿勢を持っていた事でより信頼を得る事に成功した。
現地に移住した武士たちもハワイ王国政府から王国親衛隊として採用された事で白人勢力たちに対抗する事が可能となっていた。
その状態で来日したカラカウア王は日本政府に対し史実よりも踏み込んだ提案をしてくる事になる。
移民拡大、王族同士の婚姻、更に欧米列強に対抗するべく将来的な連合王国化の提案がなされる事になる。
形としてはオーストリアハンガリー帝国やスウェーデンノルウェーのような姿を想像してほしい。
日本政府としては将来的な連合王国化に関しては英国との調整などが必要と考え即座の明言を避けたものの移民の拡大、皇族とハワイ王族との婚姻は承諾、将来的な日布連合への布石が引かれる事になる。




