命短し恋せよ乙女1/16
ポータルから出るとそこは辺り一面雪景色だった。足元から頭のてっぺんへ悪寒が突き抜ける。ぶるると体が震えた。ジャケットにシャツ。このかっこじゃぁな。
「さすがに寒い」
服装が全く雪国に対応できていない。雪原の向こうは巨大な針葉樹の森であり、更にその先には三角の岩山がどかんと鎮座している。その山容は険しく、山肌を雪で削りとられたようで、山頂付近は風に煽られた雪が煙を吐くように青い空へと舞い上がっていた。
カメのようにグッと身を縮こませる。それでも容赦なく冷気が服を越えて刺し込んでくる。肌が裂かれるように痛い。歯のガチガチも止まらない。
冗談じゃない。魔力をまとい、冷気耐性をレベル+10で付与する。さっきまでが嘘のように体の震えも肌の痛みも綺麗さっぱりなくなった。
風がまるで早春のそよ風のようだ。森の中に塔が建っていた。そんな大きな塔じゃないけど針葉樹の森からひょっこりと頭を出すぐらいの小さい塔だ。木々に紛れるようにひっそりとあった。
ポツンと一軒家。開拓するのにわざわざ環境が厳しい雪国を選ぶ開拓主なんてかなりの変人だ。会う前からかなり期待できる。
塔の中でネームタグが移動するのが分かった。それはその持ち主の頭上で漫画の吹き出しのように絶えず浮いていて、僕の視界から消えることはない。僕固有の能力だ。たとえ持ち主の姿が壁か何かで視界を遮られようともネームタグだけは障害物を透して見える。
もちろん、その持ち主がずっと遠くにいればネームタグは認知出来ない。ある程度の距離であればネームタグの文字は見えないまでもそれがネームタグだと経験上分かる。ネームタグは塔を降り、森の中を僕の方へ近付いて来ていた。
ゆっくりな移動だ。あまりのゆっくりさに何かあるなと勘ぐってしまう。大体の開拓主は突然の来訪者に勝手なことをさせないために大慌てでやってくるものだ。ここの開拓主はそうではない。いまだネームタグに書かれている文字が読み取れるまでに至らない。
開拓主の思うつぼかもしれないけど、僕の方から迎えに行ってやるか。とぼとぼ歩きだす。相手を驚かさないように僕の方もわざとゆっくり雪原を歩いた。
森に入ったところでネームタグの文字が読み取れた。ブリジット・エリントンとある。女だ。けど、こんな雪深い土地に女一人とは。
そのブリジット・エリントンが木々の合間から姿を現す。背丈は僕の胸ほどか。ピンクのフード付きムートンファーコートを着ていた。袖口、裾、フードの縁が白色のファーでふわっふわのもっこもこ。親指だけの手袋で鉄の剣先を引きずって歩いている。
近付くほどに顔かたちがはっきりしてくる。歳のころは十六、七。深々とフードを被ったその下はほっぺの赤いあどけなさの残る女の子だ。
こんな子が開拓主? ポツンと一軒家で一人? 雪深い中で?
あはは。いきなり突っ込みどころ満載だなぁ。僕は立ち止る。
ブリジット・エリントンも立ち止った。着ているコートには幾つかタックが入っていて、Aラインのシルエットを形作っている。首元からは大きめのボダンが幾つか並び、胸元にはきらりと光るゴールドのチャームがあった。
ブリジット・エリントンのブルーの瞳がフードの下から僕を冷たく覗き見る。金色の髪先が乱れて赤い頬に張り付き、玉のような唇はぐっと細く引き結ばれていた。
ですよね。歓迎されてないのはいつものことだ。
「こんにちは。ヒューです。よろしくお願いします」
ブリジット・エリントンはインベントリからアイテムを二つ取り出した。鉄のツルハシと釣竿だった。記号化状態でブリジット・エリントンの前でぷかぷか浮いている。
森はひっそりとしていて、その静けさが身に染みる。はて。あれをくれるというのだろうか。僕はゆっくりと丁寧に雪を踏んで進む。やがてブリジット・エリントンの前に立った。
そおっと手を伸ばし、記号化したツルハシと釣竿に触れる。僕のインベントリに収納した。
これでいいの? ブリジット・エリントンの反応を見るべくフードの下を覗き見る。するとブリジット・エリントンの冷たいブルーの瞳が涙で滲んでいた。
え⁉ なんで?
涙は大きな眼をいっぱいにした。こぼれ出た大きな雫が一粒、二粒と頬を伝う。
ブリジット・エリントンははっとした。涙が流れていることに無自覚だったのだろう、もこもこしたコートの両の袖で涙を慌てて拭う。
どういうこと? 僕、なんかした?
過去に会った記憶もなければ、エリントンという名にも因縁はない。というか、僕はそもそも本当の名を名乗ってもないんだ。ブリジット・エリントンがしゃがんだ。足元には雪に埋まった剣があった。ここまで引きずって来た剣だ。涙を拭った時、手を離したのだろう。
それを拾うかと思いきや、ブリジット・エリントンはなぜか雪をすくい、親指しかない手袋で丁寧に雪を丸くする。
この場面でそれ? そう思っているとブリジット・エリントンはそれを僕に向かってポイっと投げる。雪玉は僕の顔面にヒットしてパンとはじけた。
はぁぁ⁉
なんで? ブリジット・エリントンは何もなかったかのように冷たい視線を僕に投げかけていた。
「オウムガイの殻がほしい」
そういうと雪に半分埋まった剣を自分のインベントリにしまい、白銀の森を帰っていった。僕はただ茫然と見守るしかなかった。
オオムガイの殻って?
乙女心は謎過ぎて草
「面白かった!」
「続きが気になる。読みたい!」
「今後どうなるの!」
と思ったら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です! ブックマークも頂けると本当に嬉しいです。何卒よろしくお願い致します。




