99 手遅れ【アーロン】
◆◇◆
時間は少し遡る。
王宮を出たところで、アーロンの携帯端末に着信が入った。
「はい」
『やあ、アーロン君』
「コーニリアス様、何かありましたか?」
『ジョザイア君の方はどうなっていますか?』
「ああ、どうやら遺跡で見つけた精霊(?)と契約して、新たな事業を始めたようです」
『そうですか。彼には巨大ゴーレムの方に関心を持ってほしかったのですが……まあ、今回は彼の持つ商会を手に入れるだけで、良しとしましょう。
念のため、引き続き監視もお願いします』
ジョザイア卿が精霊と契約したことは、どうでも良いようだ。
「分かりました」
『では引き続き、監視と報告をお願いします。ああ、それと宮廷に提出したい書類がありますので、明日にでも邸宅へ来てください。転移装置を使って構いません』
「承知ました」
『頼みましたよ。それでは……』
通話が切れる。
アーロンは左手首を確認する。
そこには奇妙な形状の腕輪がはめられていた。
青い石が大小不規則に配置され、赤い本体の一部分はとろけたようなデザインで、彼の左手と本当に同化している箇所もある。
それに魔力を込めると、手の甲付近位にある最も大きな石の上に、小型のゴーレムが生成される。
ちょうど、作物の受粉に使われるような蜂と、同じ見た目と大きさだが、色合いは赤と黒の縞模様だ。
「ジョザイア・カンタロープ侯爵の身辺を調べてください」
アーロンの指示で、極小のゴーレムが飛び立った。
「さて、久しぶりに家に帰りますか」
このところアーロンは、スターアイズ公爵の命でカプセラ伯爵領近くに出張していた。
目的はもちろん、カンタロープ伯爵領で見つかった古代遺跡の監視。それと、スターアイズ公爵の寄子であるカンタロープ侯爵の監視だ。
アーロンの使役する蜂型ゴーレムは、広範囲に飛び回って情報を得られるが、さすがに国中すべてを網羅できるわけではない。
王都から離れた場所を調べるには、使役者であるアーロンもその現場にある程度近づかなければならない。
その役目が終わったアーロンは久しぶりに、王都にあるルビア伯爵家の邸宅へと帰ってきたのだった。
◇
「お帰りなさい! お父様!」
出迎えたのは、一人娘のポーラ。
母親譲りのローズピンクの髪と父親譲りのネイビーの瞳を持つ美少女だ。
確かに自分とヘザーの子だと、アーロンは改めて思う。
「ただいま、ポーラ。ヘザーはどうした?」
「お母様は、お仕事で地下の研究室にいるわ。わたしは中に入れないから……」
「そうか、では少し様子を見てこよう」
アーロンの妻のヘザーは、普段スターアイズ公爵の裏の事業を手伝っているため、数年前に新設した地下の研究室で、彼女の特異魔法である治癒魔法を使った仕事をしている。
そのおかげで、スターアイズ公爵の目論見は着実に成果を上げていた。
(俺も、完全に逃げられなくなったが……)
アーロンはポーラを見る。
「どうかしましたか? お父様」
「いや、ポーラが元気で嬉しいと思ったのさ。今日は久しぶりに三人で夕食を取れるからね」
「はい!」
(この子だけは、どうか幸せになってほしい……)
◇
「ヘザー、いるかい」
「アーロン! お帰りなさい」
「仕事の方はどうかな?」
「今日はまた依頼が多くて大変だったわ。でももう終わるから、少し待っていて」
「そうさせてもらう」
地下の研究室に降りると、ヘザーがまだ仕事をしていた。
ルビア伯爵家の王都の邸宅は数年前に改装され、地下室が設けられた。資金援助はもちろん、スターアイズ公爵だ。
元は地下牢や納屋だった場所だが、今では近代的な医療施設のような場所となった。
しかし、この場所が傷ついた人々を癒す場所として使われることはない。
研究室と称されたこの部屋の中には、幾つかのベッドが置かれており、その上にはそれぞれ、人の形をしたモノが横たわっている。
ただ、そのどれもが、包帯でぐるぐる巻きにされているため、その中身が人なのかあるいは人形なのかは、アーロンにもヘザーにも、いまだに分かっていないのだ。
ただ一つ確かなのは、その中身は治癒魔法が効くモノ、だということだ。
ヘザーの仕事は日々運ばれてくるそれらに、治癒魔法をかけること。
治癒が終わったモノは来たときと同様、室内に設置された魔動転移魔動装置でスターアイズ公爵の研究室へと送られる。
(スターアイズ公爵はもうすぐ、これらが完成すると言っていたが……)
アーロンはスターアイズ公爵の手先として日々、働いているが、彼の真の目的はいまだに分からない。
分かっているのは、彼が歴史ある公爵家の一人息子であり、結婚はしていないが子供が一人、養子が一人いること。
代々続く医療系の器具を制作する商会の会長であり、国内外でも、その商品には需要がある。
黒い噂もあるが、そういった理由で色々と忖度されているらしい。
(まあ、実際、裏は真っ黒だがね。しかし、彼自身が直接やらかしたという証拠はなかったりする。
これはまあ、俺みたいなに代わりに動く奴がいたからなんだが……)
「ふう、これで今日のノルマは終了。公爵に連絡入れてくるわ」
「お疲れ様」
ルビアが研究室の執務室へと向かった。
手紙用の転送装置で、報告書を送るらしい。
前日に連絡すれば、翌日の朝、スターアイズ公爵の専属魔法使いが治療が済んだこれらを引き取り、新しい分を持ってくる。
(あの、専属魔法使いの名は……たしか、ルーナだったか)
白とピンクのグラデーションの不思議な髪色と、何も映さない黒い瞳。
見た目はポーラと同じくらいだが、初めて会ったときからまったく成長していないので、恐らく魔法であの姿を維持しているのだろう。
フルネームは、もっと長かった気がするが、覚えてはいないし、その正体も、アーロンも知らなかった。
(まあ、公爵以外、知っている者はいないのだろうけど……
いや、そもそも俺たちは、スターアイズ公爵について何も知らないのでは──)
ふと、ベッドの上の横たわる依頼品を見る。
見た目は完全に、全身を包帯で巻かれた人間だ。
(死体……ではないよな? 死体に治癒魔法は効かないからな。しかし、それが効くということは、まさか……)
しかし、それらには呼吸をしている様子もなく、生命維持装置にも繋がれてはいない。
(これは一体、何なのだ?)
今まで意識したことはなかったが、一度気になってしまうと止められなかった。
その正体なんかに気付いても、良いことなど何一つないというのに……
(腐敗臭はしない。するのは、薬草と消毒液の匂いだけ、というか、医療院特有の香りといった方が近いか。つまり、感染症を防ぐためにそういった薬を使われて──)
「!」
ふと、何かが聞こえた気がした。
ヘザーが戻ってきたのかとも思ったが、そうではないようだ。
耳を澄まして、音の出どころを探る。
『──おかあ、さん……』
「──!?」
確かに、目の前のソレが呟いた。
「ま、まさか……」
アーロンはふと、数年前に起きた人攫い事件を思い出した。
対象は行き場のない人々や貧困層だったため、積極的な捜査は行われなかったが、国は人身売買などの調査自体は行っていたらしい。
しかし、消えた人数分の人の移動の記録もなく、遺体の発見もいまだにされてはいない。
そして、日々、スターアイズ公爵から送られてくる、治療を必要とする人型の何か。
「まさか、そういうことですか? 公爵……」
自分たちが、本当に戻れないところまで来てしまったことを、改めて自覚し、アーロンは絶望した。
(ああ、どうか、どうか、お願いです。せめて、ポーラだけは……)
「アーロン、お待たせ!」
「……ああ、戻ろう。ポーラが、待っている」
「どうしたのアーロン? 顔色が悪いわ」
「……いや、なんでもないよ。少し疲れたかな? でも君の方が疲れているのに、そんなこと言っていられないよね」
「そんなことはないわ、アーロンだって、スターアイズ公爵にこき使われているんでしょう?
まったく、あいつらと離縁できたのは良いけど、公爵にここまでいいように利用されるなんてね!」
「そう、だな……」
(ああ、そうか。彼らは本当に、地獄から逃げられたんだな……)
二人は、研究室を後にした。
それらの嘆きに耳を傾ける者は、もういなかった。




