98 アーロンとショーン
◇
アーロン・ルビア。
その名を聞いて、原作の記憶が久しぶりに蘇った。
『リザンテラ〜土の中に咲く花〜』は、私が前世の世界で読んでいたウェブ漫画だ。
その作品の主人公は、私の異母姉であるポーラ・ルビア。
シンシアは、物語前半の敵役。悪役令嬢のポジションだ。
そして、原作では私が七歳のときに実父であるショーンは、実母のヘザーとその愛人によって殺されてしまう。
その愛人が、このアーロンなのだ。
原作では、何故かヘザーとアーロンはシンシアの味方になっており、主人公のポーラを虐める役回りだった。
現実では、私とお父様は悲劇が起きる前に離縁し、ルビア伯爵家を脱出しているため、彼との接点はまったくないはずなのだが……
それでも警戒心が湧いてしまう。
「ショーン・カプセラと申します。こちらは娘のシンシア。──ルビア、ということはヘザー女伯爵の旦那様ですか?」
と、お父様が私をさりげなく後ろに庇いながら、アーロンと会話をする。
そういえば昔、お父様に私の前世のことを話した気がする。
「ええ。ショーン殿とは一度、お話をしたいと思っていたのですよ」
「そうですか?」
お父様はにこやかに笑っているが、内心は私同様、かなり警戒しているようだ。
「ええ。同じ父親同士、としてね」
「お、お父様……」
「シンシアは先に行っていなさい」
「しかし……」
お父様とアーロンを二人きりに? 流石にダメでは!?
「大丈夫。さあ、行って」
お父様にそう言われてしまうと、そうするしかないのだが……
「わ、分かりました……」
私はお父様から離れる。
でも気になるので、少し離れた場所で様子を見ることにした。
私の分析の魔法では、二人の姿は見えても会話の内容までは分からないからな〜。
そうだ!
「キーリーさんいますか?」
「はい」
「うわっ!?」
すぐそばから、キーリーさんの声がした。
振り向くと、ごく自然にそこにキーリーさんがいる。
なるほど。すぐそばにいても、まったく気づかなかったというか、気にならなかった。
隠密魔法とは、相手に意識されにくく魔法なのかもしれない。
「私ごと、気配を消す魔法は使えますか?」
「可能です」
「では、それを使ってもらってお父様たちに近づきます。そして何かあれば、いつでも動けるようにしたいです」
「かしこまりました。どちらかのお手をよろしいですか?」
「はい」
差し出した左手に、キーリーさんが触れる。すると手首に紫色に輝く蔦のような文様が浮かび上がった。
「この文様がある間は、魔法の効果が持続している状態です。
しかし、音を立てたり、相手が索敵系の特異魔法を使っていると、気付かれてしまう可能性があるので、ご注意を」
「分かりました。行きましょう」
◇
「──カプセラ領では、世紀の大発見があったそうですね」
「ええ。もともと、先人たちがあのあたりに何かあると予想していたので、その予測が当たったようですね」
二人の姿が見えて、声が聞こえる場所まで移動できた。
「それはそれは。しかし、ショーン殿はとても幸せそうだ。羨ましい限りですよ」
「そうですか? でも確かに、愛する妻と子供たちに囲まれているのは、幸せ以外のなにものでもありませんよね。
アーロン殿も、長年思い合っていた相手と結婚できたのですから、幸せなのでしょう?」
「それは……」
「家のために仕方がなかったとはいえ、お二人の間に割り込んでしまって申し訳ありませんでした。
貴方も今は、親子水入らずで幸せなのでしょうね」
「そう、ですね……」
アーロンの顔に影がさす。
「貴方は……俺と同じだと思っていました」
「え……?」
「実家の領地に不幸が起き、身売り同然で誰かに体を差し出した……」
「……」
「同じ地獄にいるのだと思っていました。ですが、貴方は違ったようです。
だから俺は、貴方が羨ましくて妬ましくて、憎らしい──」
そう言って、アーロンは自嘲気味に笑った。
その表情は、今にも泣き出しそうに見えて……
「貴方は──」
お父様が何かを言おうとした瞬間──
「あるじどの〜〜!!」
「うわっ!?」
そんな声と共に、パーガトリー君が私に抱きついてきた。
一体どこから現れた!?
「!!」
「!?」
パーガトリー君に抱きつかれた勢いのまま、お父様たちの目の前へと転がり出る。
「シンシア!? 大丈夫かい?」
「は、はい……」
「主殿〜、会いたかったです〜」
パーガトリー君は泣きながら、私にしがみついている。
な、何事なの!?
「パーガトリーくーん! 待ってくださーい!」
後から、ジャイルズ様たちが追いかけてくる。
「何があったんです?」
と、お父様。
「いや、午前中の検査が終わったので、休憩しようとしたらパーガトリー君が一目散にかけだしてね。どうやら、シンシア嬢を見つけて──」
不安になって、こうなったというところだろうか。
「あ〜、パーガトリー君。そろそろ、シンシアを離してあげてくれるかい?」
「え?」
「……」
私は、もみくちゃになっていた。
「主殿!? すまない!」
アーロンの姿は、いつの間にか消えていた。
◇
それから、私はもみくちゃで埃まみれになったので、お風呂に入れられ、身支度を整えられた。
パーガトリー君もクライド殿下に晩餐に招待されたので、今日の検査は早めに終わらせることにしてその、準備をすることに。
あと、ジャイルズ様もパーガトリー君のフォローのために、晩餐に参加するらしい。
「パーガトリー君は何があったの? 酷いことされたの?」
改めて、パーガトリー君とジャイルズ様に何が起きたのかを確認する。
「いえいえ、身体検査と体内の状態を撮影して問診しただけですよ! 血液を少し採取させていただきましたが、その時はなんともなかったんですけどね〜」
「その……主殿の姿を見つけたら、つい……」
「なるほど……」
大型犬みたいだな、パーガトリー君は。
その後、お父様が領地へ戻る時間となった。
「それじゃあ、僕は領地に戻るけど、何かあったら連絡するんだよ?」
「はい、お父様」
お父様を見送り、私は一息つく。なんだか慌ただしかったな……
さて、あとは、クライド殿下との晩餐だ〜。
◇
「ようこそ、シンシア嬢。それに、パーガトリー殿に、ジャイルズ殿も」
「お招きいただき、ありがとうございます」
声をかけてくださった国王陛下に、ジャイルズ様が挨拶をし、私はカーテシーを、パーガトリー君は紳士の礼を捧げる。
パーガトリー君は礼服を着ているが、元がいいためかなり様になっている。礼儀作法も完璧だけど、これも私から読み込んだものなのだろうか?
ジャイルズ様も礼服を着用しているし、私ももちろんドレス姿。ドレスは王宮から借りたものだ。
ちなみに、パーガトリー君の礼服はジャイルズ様から借りたそうだ。
「公の場ではありませんから、堅苦しい挨拶は大丈夫よ。さあ、みなさん座ってちょうだい」
同席するのは、第一王子クライド殿下と第一王女ステラ殿下、第二王子のリオ殿下。そして、王妃殿下と国王陛下がそこにいた。
ひぇえ〜。
言われるがままに席に着く。
ジャイルズ様が一緒に来てくれて助かったわ。
「ジャイルズ兄様、お久しぶりです」
「王妃殿下もお変わりないようで。クライド殿下達も元気そうだ」
あ、そういえばジャイルズ様ってローレッタ王妃殿下のお兄さんじゃん!
兄妹でも、王妃殿下って呼ぶんだな〜。
そうして、晩餐が始まった。
「あの、パーガトリー殿はゴーレム、なのですか?」
クライド殿下が、待ちきれないとばかりに切り込んだ。
「はい」
パーガトリー君は水を飲みながら答える。
相変わらず、食事には手をつけていないが、特にみなさん気にしていない。事前に情報がいっているのかも?
「巨大ゴーレムとは一体どんなものなのだ?」
と、クライド殿下。
「我々は、世界の脅威と戦うために神々によって造られた、兵器です」
「やはり、そうなのか!」
「今でも動くのですか?」
ステラ殿下も興味津々だ。
「そのようです」
みなさんの話題はもっぱら生体ゴーレムのパーガトリー君だ。
クライド様たちの質問には、ジャイルズ様も補足するような形で会話に参加。
また小さい、リオ殿下は、興味津々の兄姉たちをキョトンとした目で見ていた。
たしか、今年で三歳だから、私の弟のロイの一つ下だ。
銀髪と藤色の瞳が可愛らしい。
私はその間に、豪華な食事を楽しんだ。
このまま二人が会話をしてくれていれば、私はただ食事を楽しむだけでいいもんね〜。
うま、うま。
「シンシア嬢、アンドリューの様子はどうかな?」
パーガトリー君の話題が途切れた頃、陛下が声をかけてきた。
アンドリューはアンディ君の本名だ。
「は、はい! 魔王国で元気にしています。冒険者の資格も取ったらしく、冒険者としても活躍していますよ」
「そうか」
あ、明日アンディ君が帰ってくるから、そのこともお伝えしないと!
「それと、週末は大抵こちらに帰ってくるのですが、今週は彼も王宮に泊まってもらっても大丈夫ですか?」
「ああ、かまわんよ。シンシア嬢の隣に部屋を用意しよう」
「あ、同じ部屋で大丈夫ですよ?」
「え? いや、いくら婚約者同士とはいえ、流石に……」
陛下が困惑している。
あれ? 婚約者同士なら大丈夫なんじゃなかったっけ?
「そうですか? アンディ君がこちらへ戻ってくるときは、いつも同じ部屋で過ごし、一緒にお風呂に入り、同じベッドで寝ているのですが……」
ネロと猫姿のオレオールも一緒だけどね。
「ンンっ、その、シンシア嬢とアンドリューは今、何歳だったかな?」
「十二歳です」
「そ、そうか……」
なぜか陛下が悩み始めたのだが……?
「へぇ。アンドリューとシンシア嬢は、仲が良いのだな!」
「そ、そうね! 仲が良くって、いいわね〜」
と、王妃様。
「で、でも、そろそろお風呂は別々にした方が……」
「え? 何故ですか母上」
クライド殿下とステラ殿下が、不思議そうにしている。
「あ、えー、そうだわ。シンシアちゃん、こちらにいる間は何か予定はある?」
王妃様があからさまに会話をそらした。
「いえ。特には」
「だったら、家庭教師をお呼びするから、お勉強でもしましょう!」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「頼んでいる、家庭教師はいらっしゃる?」
「はい。いつもはエラ夫人にお願いしています」
「コットンローズ伯爵夫人ね。良い人選だわ!」
明日はアンディ君がくるので、家庭教師派遣は来週からとなった。
これで暇が潰せるな!
こうして、王族との食事会は無事に終わった。
陛下(子供の頃からの習慣なら、こんな感じなのか? しかし、一緒にお風呂はそろそろマズイのでは……ここは一つ、私が助言するべきか……いやしかし、せっかくアンドリューも立ち直ってきたし……)
甥に助言するべきか悩む陛下であった。




