96 起死回生を狙う【ジョザイア】
◆◇◆
──時間は少し遡る。
カンタロープ侯爵家現当主であるジョザイアは、財政難に喘いでいた。
前当主だった父と、本来の後継だった兄が亡くなったため、爵位と商会を一気に引き受けることになったのだが、彼が後を継いでからというもの、業績は右肩下がりになっていた。
それでも何とか十年は保たせていたが、最近はどうにも首が回らなくなってきた。
というのも、彼には発想力はそこそこあるのだが、顧客視点が欠けており、変化への対応が柔軟にできず、他人の意見を聞かないという、商売をする上での欠点がいくつかあった。
そのため、顧客の求めている目新しい商品を作り出すことができず、作っても他の商会と似たような商品になってしまう。
そもそも、元はメスや鉗子などの魔力を必要としない、医療用の金属器具を製造していた商会を、アンダースノウ商会を模倣して生活魔動具を製造販売する商会に路線変更したことに無理があった。
それでも、金属加工技術の応用と、魔動具に組み込む術式を描ける職人を雇うことにより何とか事業として出発することはできたのだが、そこで家の資産はほとんど使ってしまった。
その後、何とか事業は軌道に乗ったが、作る商品はどれもこれもアンダースノウ商会の、類似品ばかり。
その上、そのままでは売れないため、価格を下げるしかなかった。
初めはアンダースノウ商会の商品に似ている上に、価格が安かったため人気が出た。しかしその分、壊れるのも早い。
良い物を長く使う傾向のあるレメシヌス王国の国民性には、合わなかった。
そうしてカンタロープ家の商会『ククミス』が作っている魔動具は、安かろう悪かろうの典型となってしまう。
その後は、作る商品を卓上湯沸かし器などの仕組みが簡単なものに絞って制作するようになって、何とか品質を向上させたが、ジョザイアが思い描いていたような利益は得られなかった。
そこで、チランジア公爵のソリダゴ商会を模倣し、ゴーレム事業にも手を出した。
目の付け所は、悪くはなかった。
この国のゴーレム生産はチランジア前公爵が経営者を勤めるソリダゴ商会の一強のみ。
しかしそれは、ソリダゴ商会に匹敵する魔法技術を持っていなければならない。
だが、ジョザイアにはそれが決定的に欠けていた……
それが今から二年前の話。
当然、新事業はうまくいかず、あっという間に残りの資産も消えた。
寄親のスターアイズ公爵に泣きつき、何とか今日まで生きながらえてはいるが、それもいつまで続くかは分からない。
そしてこの度、そのスターアイズ公爵にこの遺跡調査に参加することを勧められたのだった。
出資したのが、ジョザイアだということにして──
◆
(まさか、本当に当選するとは思わなかったが……しかも初回探査に)
だが、貴族生活が染み込んだジョザイアにとって、土臭い地下の遺跡は気分のいいものではなかった。
さらに、どの部屋にも目ぼしいものがなく、ただ歩き回るだけ。
早々に飽きたジョザイアは、今回のために雇った護衛のリアムを連れ、一行から離れて勝手に部屋を見て回ることにした。
といっても、どの部屋も何もないのだが。
「ジョザイア様! マズイですよ!」
護衛のリアムが止めるが、それで止まるジョザイアではない。
「うるさい! なんの収穫もなしに、このまま帰れるか!」
そうしてとりあえず入ってみた部屋は、元は調理場のようだった。
しかし、かまどや水場の痕跡があるだけで、鍋の一つも残ってはいない。
「くそ、ここはさっきも見たな。……ん?」
「まあ、広さはありますが、部屋数は少ないですからね……
って、ジョザイア様?」
ジョザイアはなぜか、調理室の壁をじっと見ていた。
「どうしました?」
「この奥から、何か音がした」
「音?」
「それにこの壁……」
その壁をノックしてみると、その向こうに空間があるようだった。
「え? 大発見じゃないですか!? キャロル様たちを呼んで──」
「その必要はない!」
ジョザイアは、懐から二枚の魔法符を取り出すと、それを壁に貼り魔力を流す。
魔法符は術式が書かれた符であり、少量の魔力を流せば誰でも記させた魔法術式を使うことができる。
今回使ったのは、万が一崩落などで閉じ込められた場合に、静かに瓦礫を崩す魔法と、防音魔法の術式が記された魔法符だった。
そして、壁はガラガラと崩れ、その奥の部屋が露わになる。
「ああ、貴重な遺跡が! って、危ないですから!」
リアムの悲鳴も気にせず、ジョザイアは中へと踏み込んでいった。
それをリアムが追う。
その部屋には、朽ちた棚が置かれていた。
壺のような物の破片が、辺りに散らばっている。
「ここは、食糧庫か? 位置的に……」
『グ、グラ……?』
「うわ!? なんだ!?」
「ジョザイア様!?」
そこには、不思議な生き物がいた。
膝丈の大きさで、全体的に白い半透明であり、赤い目をしている。
まるで、豚をデフォルメしたスライムのような愛嬌のある見た目だが、少なくとも、二人は見たことがない生き物だった。
「魔物……ではないな?」
「ええ。魔獣の一種でしょうか? 敵意はないようですが……」
リアムが、剣を鞘に納めた。
『グ、グラ……』
「ん? 腹が減ってるのか? おい、携帯食料あっただろ」
「あ、はい」
リアムはバックパックから、個包装の携帯食料を取り出した。
ブロックのような見た目の携帯食料は、栄養補給と満腹感を得ること、そして長期保存ができる便利なアイテムだが、あまりおいしくはない。というか、素材の味しかしない。
素朴な味で不味くはないが、舌の肥えたジョザイアからすると、食べられたものではなかった。
ジョザイアは携帯食料をその生き物にあげてみた。
『グラァ!』
その生き物は、嬉しそうに携帯食料を受け取ると、包装紙のまま口に入れる。
「ちょ、包み紙は……」
しかしそいつは、気にすることなく携帯食料を丸呑みにした。
半透明の体の中で、包装紙のままの携帯食料は、重曹が含まれた入浴剤のように泡を発しながら溶けて消えた。
『グラ〜』
「……だ、大丈夫そうだな。よし、こいつ持ち帰るぞ!」
「ええ!? 流石にマズイですって!」
「バックパックに入れておけば、大丈夫だろ? おい、俺と一緒に来い!」
『グラ!』
どうやら携帯食料を気に入り、ジョザイアに懐いたようだ。
彼はそれをリアムのバックパックに押し込むと、先に進んでいた一行と合流した。
巨大ゴーレムの発見も知ったが、チランジア公爵家が関わっている以上、自分にその技術などが開示されるのはずっと後だと考え、放置することにした。
その後、遺跡から抜け出すと、ひと足先に王都へ帰って行った。
白い謎生物については、特にバレなかった。
調理場の壁については、巨大ゴーレムの発見により発覚が遅れたようだ。
少なくとも、ジョザイアの耳には、移籍のその後のことは入っては来なかった……
◆
「金になりそうだから、連れてきたが……こいつは一体なんなんだろうな?」
「恐らく、精霊か何かの一種だと思いますけど……それ以外に該当するものがないですし」
『グラ〜?』
「ふむ、それなら俺と契約してみるか?」
「え? 大丈夫ですか?」
「まあ、それにはまず、こいつに何ができるかだが……」
『グラ〜……』
「失礼します。お父様」
「入れ」
執務室のドアがノックされ、ジョザイアの娘のローナと、侍女が入ってきた。
「お帰りなさいませ。出迎えが遅くなってしまい、申し訳ありません」
「ああ、気にするな。体の方はどうだ?」
「今はもう大丈夫です。執務室のお花を交換しても?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
娘のローナは連れていた侍女と共に、古い花と新しい花を交換する。これは彼女のお仕事の一つだ。
『グラ〜?』
「え? きゃあ!?」
「あ!?」
いつの間にか、白く半透明の生物がローナに近づき、それに驚いたローナが叫び声をあげる。そして、その声に驚いた侍女の手から花瓶が滑り落ち、割れてしまった。
「も、申し訳ありません!」
「はあ……すぐに片付けてくれ。ん?」
ジョザイアが、白い生き物を回収しようとしたとき、あることに気づいた。
『グラ〜!』
その白い生き物は、割れた花瓶の破片を嬉しそうに食べ始めたのだ。
「お、おい、流石にそんなものを……」
その生き物に取り込まれた破片は、その体の中で溶けるように消えた。半透明なので、その様子はよく見えた。
「おいおい、まさか」
ジョザイアは別の破片をその生き物に与えてみると、やはり嬉しそうに食べ、破片はその体の中で消滅した。
「ククク。こいつの活用方法を思いついた」
「ジョザイア様?」
「お父様?」
「こいつはそうだな。暴食とでも呼ぼうか! グラグラ鳴いているしな!」
「安直ですね……」
「分かりやすくていいだろう! あっはははは! 精霊なら契約もするぞ!!」
『グラ〜?』
そんな様子を、ローナは不安そうに見ていた。
同時に奇妙な形の虫がその場から飛び立ったが、彼らが気づくことはなかった。




