95 怪しい影【アンディ】
◇
「……」
「……」
「……ジョニーさん、ブルースさん」
「ああ」
「つけられてますね〜」
「ね〜」
採取依頼(修行)が終わり、どこかで食事でも取ろうと思っていると、やはり強い視線を感じる。
恐らく、二人分。
ジョニーさんとブルースさんも気づいていたらしい。
……プニャーレも気づいている?
「冒険者ギルドにいたときから、見られている気がしますけど……」
人気のない路地に差し掛かる。
「ふむ。直接話を聞いてみるか。君たちはここにいろ」
「え?」
ジョニーさんの姿が消え、そしてすぐに戻ってきた。
謎の男女を連れて……
「うわ!?」
「何ごと!?」
冒険者風の格好をした、男女だ。
獣人特有の耳と尻尾を持っている。プニャーレの同族だろうか?
「冒険者ギルドから俺たちをずっと尾行していたな。何か用か?」
「ヒィ──!?」
「ヒェ……!?」
ジョニーさんが殺気を少しこめて睨むと、二人は一瞬にして尻尾を巻いた。
「あ、あの、子供連れだから、珍しくて……」
「そ、そうよ! その、心配だったから!」
「心配?」
「知らない? 昔、魔王国で起きた事件!」
「子供を誘拐して、暗殺者に仕立てる組織のこと!」
「ああ、ありましたねぇ、そういうの!」
ブルースさんによると、数十年前、魔王国には『陽炎の牙』と呼ばれる暗殺組織があった。
元は、戦の時代に活躍した組織の生き残りだったが、そういう時代ではなくなると次第に規模は縮小し、解体されるはずだった。
しかし、ある時から需要が増大。
その理由は、様々な国での権力争いに駆り出されるようになったからだ。
その上、いつの頃からか子供を利用するようになったため、暗殺の成功率が上がったが、逆に危険視されるようになり、現在は完全に解体されているという。
残党がまだ残っており、特に解体間際まで組織の長をしていた危険人物は、今でも行方は分かってはおらず、現在も指名手配中らしい。
ちなみに、『陽炎の牙』は、魔王国自体とはまったく関係がなく、本部がたまたま魔王国にあっただけらしい。
暗殺組織があったのも、解体されたのも、僕が生まれるよりも前の話だ。
「ご心配ありがとう。だが、彼女は俺たちの仲間だ。我々は前魔王の好意によってこの国にいる。君たちは気にしなくていい」
「そ、そうか」
「それは、すまなかった」
そうして二人は、頭をペコペコ下げながら、去っていった。
「子供連れが珍しかった、ということですかね?」
「……どうだろうな? 少し引っかかるが、まあ、こちらから動くほどのことではないだろう。
一応、ドライエック殿に伝えておくが……」
「そうですね」
「……」
「プニャーレ?」
去ってゆく二人を、神妙な様子で見ていたプニャーレが気になり、声をかける。
「ん〜?」
「あの二人、知ってる人?」
「ん〜? わかんない!」
プニャーレは首を傾げて笑った。
「そっか〜」
僕がプニャーレの試練を受けられるのも、まだ先らしい。
◇
その後、ドライエックさんにも報告し、話を聞いてみた。
「ああ、その組織なら確かに数十年前に解体しましたね。
孤児院から子供を調達するだけでは飽き足らず、平民家や貧乏貴族からも子供を誘拐するようになったので。
ちなみに子供は人間族や獣人族がほとんどで、魔族は絶対に狙わなかったから、発見が遅れたんです。それは今でも悔やんでいますよ〜」
「え? ドライエックさんが対処したんですか?」
「まあ、まだ魔王をやっていた頃なので。小生は人を動かしただけですけどね〜。
ちなみに、組織の最後はネロ武器を持った子供が、すべてを巻き込んで自爆したそうです。
こちらは死傷者は出なかったですが、そのせいで首謀者と一部の暗殺者共には逃げられてしまいました」
「その首謀者は、本当に今でも捕まっていないということですか?」
「そうですね」
「……じゃあ、もしかしてその自爆した子が、プニャーレとか?」
「かもしれないですねぇ。なにせ、こちらは顔を知らないですし、自爆した子の遺体はバラバラで、身分がわかるものも持っていなかったので……」
「そう、ですか……」
じゃあ彼女は、その時の恨みや心残りを僕に解決してほしいのかな?
僕はプニャーレを見る。
プニャーレは美味しそうに、夕食のデザートのミルクプリンを食べていた。
『なあ、それ美味しい? なあ〜!』
「おいし〜」
『本当はそれ、オレ様のなんだけど? 早く体、返してくない?』
「や〜」
『はぁ〜?』
そこに、影絵ネロが絡んでいるが、プニャーレはまったく気にしていない。
こんな子供が本当に、ネロ武器の所有者だったのだろうか?
組織の最後を思うと、とても胸が締め付けられた。
──それが、ついさっき起こった出来事だ。
◆
「──というわけで、ネロは獣人の女の子になってしまったんだ。大元はネロだから、依頼のときに置いていくわけにもいかないし、ちょっと大変かも。変な誤解もされるしね〜」
ちなみにネロは、僕の影の中でふて寝している。
『な、なるほどね〜。それじゃあ、今週はその、ネロはプニャーレちゃん? のままでこっちに帰ってくることになりそう?』
「え?」
そうだ。
明後日は、もう週末なのだ。
このままだと、そうなる可能性が高い。
一日でプニャーレの試練が終わるとは思えない。だって、いまだに試練内容すら分からないのだから。
「うん、恐らく。シンシアには迷惑をかけるかもしれないけど……」
『大丈夫よ。うちには弟がいるし、子供の扱いには慣れてるわ。あ、でも私、今王宮にいるから、アンディ君もこちらに来る感じかな?』
「僕は構わないよ。彼がいたら魔女工房には帰れないだろうしね」
僕はシンシアに抱きつきながら、眠そうにしている金髪のイケメンを見た。
パーガトリー君だっけ?
いい加減、自分の部屋に戻ればいいのに!
『じゃあ、そう伝えておくね』
そうして、通話は終わった。
何事もなければいいけど……
◆◆◆
とある酒場。
二人の男女が酒を飲みながら、その日に起きた出来事に身を震わせていた。
その出で立ちから、二人とも獣人族の冒険者のようだ。
「酷い目に遭った」
「あの黒い騎士みたいな男、何なのよ! あいつ絶対普通の人間じゃないわ!!」
「ああ。──ねえ、カリマ。昼間の子供はやっぱり……」
「ええ、トルエノ。間違いないわ。あれは絶対、プニャーレだった」
「でも彼女は、十数年前にすでに死んでいるよね?」
「そのはずよ? ウチらはそれを、目の前で見たのだから。
ダンジョン『スペイシャス』の最下層で、確かに彼女は肉片になったわ。
というか生きていても、あの年齢はおかしいわ」
「長生きする種族もいるけど、プニャーレは普通の獣人族だしね。
それでどうする? あの方に報告する?」
「今更な気もするけど、何かが起きてからでは遅いわね。
責められるのは、私たちよ」
「じゃあそうしよう」
二人は酒場を出ると、とある人物のもとへと向かった。
◆
「あら? 二人とも久しぶりね。どうしたの?」
妖艶な女性が、自室のバルコニーで夜空をつまみにグラスを傾けていた。
金色の髪に、青い瞳。
その長い耳は、彼女がエルフ族であることが分かる。
そんな彼女は、暗闇に向けて声をかけた。
一人の時間を楽しみたいので、周囲に使用人はいない。
「はい。プニャーレらしき少女が現れました」
「本人だとは思えませんが、念のためアウロラ様にご報告を」
彼女の問いかけに、暗闇から声だけが答える。
どうやら、二人いるらしい。
「プニャーレが? あの子はすでに死んでいるでしょう?」
「そうなのですが、前魔王ドライエックの仲間に、似た人物がいまして……」
「ふぅん? あのジジイには組織を潰された恨みもあるもんねぇ。
もし本人だというなら、不安の芽は早めに潰しておいた方がいいだろうし、そうでないなら上等な嫌がらせができるわねぇ」
「では……」
「そうね。本人かどうかは分からないけど、邪魔だから消しちゃいましょう! わたしの幸せな人生のためにもね!」
「かしこまりました」
二人の気配が遠のく。
(せっかく手に入れた、幸せな生活だもの。手放すわけにはいかないものね!)
その時、部屋の扉がノックされた。
「はぁい!」
「奥様、旦那様が部屋に来るように、とのことです」
部屋に入ってきたのは、侍女長だった。
「あら? 今日は第二夫人の日ではなくて?」
「第二夫人様は本日体調が悪く、第一夫人様は旅行で明日まで帰ってはきません」
「仕方ないわねぇ。準備をするから、少しお待ちいただいて」
「かしこまりました」
侍女長が出ていくと、女性は部屋に戻って淫靡なネグリジェを選ぶ。
「第二夫人の体調不良はあたしが原因だし、第一夫人も無事に帰って来られればいいわねぇ」
そう呟いて女性──元『陽炎の牙』の元首領アウロラは、顔を歪めて嗤った。




