94 プニャーレ【アンディ】
◇
「ネ、ネロ!?」
「どうなっている?」
『あ〜、オレ様が邪竜の化身だってことは、知っているな?』
僕の影がゆらりと伸び、二頭身ネロの影絵のようなものが、作られる。
それがネロとして喋っていた。
「うん」
「へぇ、そうなんだ」
あ、ブルースさんには、詳しく説明していなかった。
『邪竜ネロの魂は、魔剣ネロに封じられている。だから、ネロ武器の中で魔剣のオレ様だけが、化身としてこの世界に干渉できる。
その化身という立場を、そいつに奪われたんだ』
「な、なんだってーー!?」
『まあ、今まで通りアンディは魔剣の一部は使えるし、契約済みの魔法珠と盾も使えるから、戦闘は今まで通りにできるけどな〜』
「それは安心だけど、ネロは大丈夫なの?」
『大丈夫じゃねーよ! この状態だと、オレ様、飯が食えねぇんだもん!!』
「そ、そう……」
「これは……一応、ドライエック殿に連絡をしたほうがいいな」
とジョニーさんが言った。
◇
「おや、次に試練を与えるのは、プニャーレですか」
研究所から早めに帰ってきたドライエックさんは、ネロの現状を見てそう言った。
「プニャーレ? 一体どんな試練なのですか?」
なるほど。プニャーレだからプニャね。
「そうですね。どんな試練なのかは、その守り手によって違います。
ただ、恐らく二年前の試練とは明確に違うでしょう。
あの時は、シンシア嬢救出のための緊急事態だったので、本体である武器たちが手元にないまま、比較的温厚な〝守り手〟にお願いして、アンディ君に試練を受けていただきました」
「はい」
魔法珠と盾防具の守り手のことだ。
「そのため、試練自体も精神世界といいますか、心の中で行わせてもらいました」
だから、シンシア救出の際に実体化した盾の甲冑などは、ネロが影から作った剣と同じ、実体化した幻みたいなものだった。
効果は、実態と同じだけどね。
その後、魔王国に来てからはネロ武器をすべて、ネロに取り込んでもらい、守り手に認められればいつでも使うことができる状態になっている。
そしてこの二年間は、すでに認められた魔法珠と盾防具を自在に扱うために修行していた。
やはり、実物とそうでないのとでは、扱い方が違ったな。
「ですが、それぞれの武器の実態を取り込んだ今、試練自体は現実世界で行われるでしょう。
そのために、実体化しているネロ君の体を借りて、生前の姿で実体化してきている、という状態ですね」
「それってつまり、試練をクリアしないと、ネロはずっとこのままということですか?」
「でしょうね」
『え? オレ様ずっとこのまま!? 嘘でしょ!?』
影絵状態のネロが、愕然として言った。
「まあ、アンディ君が強くなるためなんで、我慢してください!」
『じゃあ、試練が終わるまで、オレ様飯食えねぇってことじゃん! ヤダ〜!!』
影絵ネロがジタバタと泣き喚いている。
「ははは、どうどう」
『馬じゃねぇ!!』
ドライエックさんが、ネロを宥める。
「それで、今回の試練は、というと?」
「う〜ん。それは守り手次第、ですね。彼女に何をしたらいいのか確認しましょう」
ジョニーさんの膝の上にいる、短剣の守り手を見ると……
「んにゃ〜」
すでに寝ていた。
「これは……」
「話を聞くのは少し先になりそうですね。とりあえず、食事の支度でもしましょうか」
『え〜? オレ様、食えないのに〜』
「ネロ君は食べなくても、問題ありませんが、他の方はそういうわけにもいきませんからね〜」
ドライエックさんは、楽しそうに調理場へと向かった。
多分、料理は趣味なんだな……
◇
その後、夕食になるとプニャーレ(これが名前でいいのかな?)も起きてきた。
「ごはん〜」
その様子は、幼い子供そのもので、僕に対して何か試練を受けさせたいという風ではない。
「口の周り、汚れているぞ」
「ん〜」
意外にも、ジョニーさんが子供の扱いに慣れているのには驚いた。いや、僕も五歳のときからお世話になってはいるけど。
食事が終わると、改めて彼女に話を聞くことにした。
「名前は、プニャーレでいいのかな?」
人名というか、武器の種類名だけど。
「うん! プニャ!」
「種族は……えーと、獣人?」
「うん! オオカミ族だって、父ちゃんが言ってた!」
「僕に対して、試練があると思うんだけど……」
「しれん?」
「えーと、僕にやってほしいこと、とか?」
この解釈で合ってるかな?
「ん〜、わかんない!」
「ええ……」
「ふむ。実体化したときに、何か不具合が発生したのかもしれません。どんな状況でしたか?」
「今日行ったダンジョンの最下層で、赤い水晶植物を見つけて、それをネロが取りに行ってくれたんです」
「薬の原料じゃなく、毒薬の原料になる方のやつだったけどね」
と、ブルースさん。
「ふむ、薬用・毒用どちらの水晶植物にも、触っただけでは何の効果もありません。
まあ、何にせよしばらく様子を見るしかないかと」
「ですね〜」
「というか、明日も依頼が入ってますけど、どうします?」
「すでに受けてしまっているし、内容は素材採取だけだ。
場所も俺たちがいれば危険はないから、このまま行っても大丈夫だろう。
アンディとネロは、室内程度なら離れていても問題はないが、それ以上だと魔法の使用に影響が出るから、プニャーレを置いていくわけにもいかないだろう」
ブルースさんの問いに、ジョニーさんが答える。
まあ、実体化しているネロと離れてもネロ武器の扱いが不安定になるだけで、他に不調はないのだけどね。
なので、戦闘する際には、ネロには側にいてもらわないといけない。
「僕だけ休むというのは?」
「それでは、君の訓練にならない。様々な危機に対応できてこそ、シンシアを守れると思わないか?」
「シンシアを……そうですね!」
「シンシアちゃんって、アンディ君の婚約者だっけ? それなら、将来子供ができたときに向けての訓練にもなるな!」
「子供……」
そうか、シンシアと結婚したら、子供を守りながら戦うなんてこともあるかもしれない。
「そ、そうですね! がんばります!」
そういうわけで、明日も通常通り、依頼を受けることとなった。
◆
「あったー!」
プニャーレが川底から、二枚貝をとってくる。
「おお! スゴイなプニャ! 天才じゃないか!」
「えへへ〜」
ブルースさんがプニャーレを褒めている。
今回の採取依頼は、魔王国のとある川に生息する、貝の採取。
大人の顔ほどあるその貝は、とても綺麗な真珠を宿しているという。
採取自体は水の綺麗な川の上流の浅瀬で、特に危険はない。
しかし、その川のある場所が、危険な魔獣がひしめく魔の森であるため、依頼の難易度は結構高い。
今も、殺気というか敵意のようなものが、木々の向こうからひしひしと伝わってくる。
特に、吸血猿は素早い動きで相手を翻弄し、群れで襲いかかってくる厄介な魔獣だ。
そして、僕たちの本来の目的も、こいつらである。
採取の依頼はどちらかというと、おまけだ。
ジョニーさんと僕が周囲を警戒し、ブルースさんとプニャーレが貝を集めることになった。
その周囲には、二人を守るための盾による結界を張っているが、僕とジョニーさんに対しては、あえてそれをしていない。
「アンディ、来るぞ」
「はい!」
空気を裂く音がした瞬間、衝撃が僕の体を襲う。
「……ぐっ」
──早いっ!
衝撃で一瞬、息が詰まる。だが、苦痛を意識する前にソレを剣で薙ぐ。
『ギャッ』
確かな手応え。ソレの首と胴が離れて、地面に落ちる。
「──はあっ」
ようやく息を吐いた。
ダメージはない。盾の機能を持つ甲冑が防いでくれた。
だが、今までとは違う相手に、指先が震える。
……二足歩行の魔獣の命を断つのは、今回が初めてだった。
「アンディ、休んでいる暇はないぞ?」
「──はい!」
僕は、疑問や恐怖を押しやり、吸血猿たちを切り捨てていった──
◇
「もういいだろう」
「は、はい……」
数十頭の吸血猿を倒したところで、ジョニーさんから声がかかった。
すでに周囲の森からは、危険な気配はない。
他の魔獣は、僕たちの戦いを見て逃げたらしい。
「大丈夫か?」
「……はい、大きな怪我などは、ない、です……」
だけど、ずっと緊張状態だったから、
めちゃくちゃ疲れた。
剣の柄から手を離すのも、一苦労だった。
「ブルース達も採取は終わったようだから、少し休憩してから戻ろう」
「分かりました……」
僕とジョニーさんも盾結界の中に入り、ブルースさんとプニャーレと合流。
濡れている二人のために、焚き火を準備する。
「それで、どうだった? 吸血猿は」
ジョニーさんがお茶を淹れながら、聞いてきた。
「……その、いつもの魔獣と違って、えーと、怖かった、です」
「それはなぜ?」
お茶の入ったマグカップを受け取る。
「それは……」
凄まじいスピードもそうだったけど、でもそれ以上に……
「恐らく、人間に近かったから、です……」
これまで僕は、二足歩行の魔獣を倒したことがなかった。
……いや、二年前に人間形態のオレオールと戦ったことはあるけど、命までは奪っていない。
眷属の闇の獣は……致命傷を負わせても、すぐ復活してたから、生き物とはちょっと違うと思う。
二足歩行の生き物に止めを刺したのは、今回が初めてだった。
初めて魔獣の命を奪ったときも体の震えは止まらなかったが、今回は、ある意味それ以上に恐ろしかったかもしれない。
「そうだな。誰かを守るために戦う場合、大抵その相手は人間であることが多い。魔獣がそこまで跋扈していないクレメシヌス王国なら尚更だな」
それはつまり、剣を握っている限り、いつか僕も人の命を奪う可能性があるということだ。
「はい……」
頭では分かっているが……
「ここで、辞めることもできる。シンシアやアンディ、君自身を守るのは、他の人物に任せたっていいんだ。
そもそも君はいずれ、公爵になるのだからね。それくらいの権利はある」
そうなのだ。
少し前までは、スノーデイジー侯爵家の養子とはいえ、将来は一人で生きていくために強くならなければと思っていた。
だけど、今は両親の仇を排除できたので、父の爵位を継ぐことになった。
武力は他の誰かに任せたっていい。
でも、それでも──
「僕は、シンシアや大切な人を守るために、強くなりたいと思います」
何もできずに、両親を死なせてしまったあの頃みたいな僕には、もう戻りたくないから。
「そうか」
そう言って、ジョニーさんは微かに笑った。
その後、ブルースさんとプニャーレの服も乾いたので、魔王国に転移魔法で帰還。
魔王国の冒険者ギルドで、依頼完了報告をし、採取した依頼品を渡し、依頼料を受け取る。
これで、今日の依頼は終了となった。
いつもよりやけに視線が気になったけど、やはり幼女連れは目立つのだろうか?




