93 ネロ幼女に乗っ取られる【アンディ】
◆◇◆
前回の魔動画通信から二日後の夜。
シンシアから魔動画通信で連絡が来た。
シンシアは、カプセラ伯爵領の、遺跡での出来事を話してくれたんだが……
『──というわけで、大変だったの』
「巨大ゴーレムか……そんなモノが北の山岳地帯に……」
そういえば、北部の山々にはそういった神話的なものがあったような気がする。
確か、シンシアのお父さんのご先祖様も昔、あの辺りの調査のために北の山脈付近に領地を与えられたとか。
「それはいいとして、シンシア」
『ん?』
「君に抱きついている、そいつは何?」
金髪長髪のイケメンが、シンシアに抱きつき、不思議そうな表情でこちらを見ている。
服装は貴族の平服だろうか? シャツとベストを着ている。少し丈が短い。サイズが合っていないのか?
実に腹立たしい。
僕の婚約者に何をしているんだ、こいつは……
『彼がその巨大ゴーレムの頭脳体? らしいわ。人とコミュニケーションを取るための……ネロの化身みたいな感じ?
名前はパーガトリー君』
『よろしく』
「それがなぜ、シンシアに抱きついているの?」
『どうやら、私が彼の主人になってしまったみたいでね〜。
今は王宮に彼の身体検査に来ているのよ。世にも珍しい生体ゴーレムだからね』
「へ〜。そうなんだ、へ〜」
いや、主人になるとそんなに引っ付くものなのか? 答えになっていないよね?
まあ、引っ付く理由は、シンシアも分かっていないのか。
王宮にいるなら大丈夫だろうけど、それでも心がざわついてしまう。
だが、今の僕は文句を言える状況ではない。
『あれ? そういえばネロは? まだ寝る時間には早いし、いつもなら乱入してくるのに。
あ、でもこの前は先に寝てたか』
「それは……」
「アンディ〜、何してるの〜?」
そこへ、彼女が乱入してくる。
『え? 誰!? 女の子!?』
「……彼女はプニャーレ。ネロの化身の権利を利用して顕現している、ネロ武器の〝守り手〟の一人なんだ……」
僕はこの二日間に起きた出来事を、シンシアへと説明する……
◆
前回のシンシアとの魔動画通信の翌日、僕はいつものように仲間と一緒に、冒険者として依頼を受けていた。
内容は、魔王国近隣にある『スペイシャス』という名のダンジョン内に大発生した魔獣の討伐。
メンバーは僕とジョニーさん、それとこちらで知り合ったB級冒険者のブルースさんという、いつものメンバーだった。
そのダンジョンは広いけど、特に危険な魔獣も湧かないので、初心者向けにぴったりの場所だった。
ただ、十年以上前に起きたある事件によって一時期、立ち入りが制限されていた、いわくつきのダンジョンだ。
それが最近、ようやく一般の冒険者にも開放されるようになったのだが、長らくヒトが立ち入らなかったためか、魔獣が大量に湧いており、大規模魔獣災害防止のため、都度、ギルド直々に討伐依頼が発令されるのだった。
「──と、このエリアはこれで終わりか」
ブルースさんが、双剣の血を拭ってから、鞘に収める。
「ああ。気配はすでにない。アンディ、仔細ないか?」
「大丈夫です」
ジョニーさんの問いに、答える。
『なぁ、オレ腹減ってきたんだけど〜』
と、二頭身のヌイグルミみたいなドラゴンのネロは、相変わらずふてぶてしい。
いや、最近はさらに拍車がかかっている。
というのも、ネロは前魔王であるドライエックさんと同じ〝神竜族〟の最も若い個体らしく、同族に日々、甘やかされているのだ。
心なしか、少し丸くなってきた気もする。
ネロが食べた物は、完全に魔力に変換されるから、そんなはずはないのに、何故……?
肉体は武器に加工されてしまっているのにいいの? とも思うが、どうやら魔族にとっての死は、その魂が完全に冥界に送られたときで、魂がまだ生きているのなら、まだ死んだことにはならないらしい。
つまり、魂がこの世にまだあるのなら、肉体はいずれ復活する場合もあるらしい。
魔族って凄いなと、改めて思った。
「お前、朝ごはんもたっぷりと食べたじゃないか。ドライエックさんが作ってくれたやつ」
現在、僕達はドライエックさんの好意で、彼の邸宅に居候させてもらっている。
もちろん、ブルースさんも。
そして、なぜかドライエックさんは、僕たちの身の回りの家事を率先して行ってくれるのだ。家事用の使用人もいるのに……
どうやら、ネロに構いたくて仕方がないらしい。
完全に、孫にメロメロなおじいちゃんだ。
彼は現在、魔法・魔術研究所の所長らしいのだが、仕事は大丈夫なのだろうか?
「まあ、まあ。依頼は済んだし、少し辺りを探索したら、街に戻って昼食にしましょう! ……少し早いけど」
とブルースさんが、提案。
『じゃあ、我慢するか〜』
そう言いながら、ネロは僕の頭の上にしがみつく。
昔からの定位置だし、重さもないので邪魔にはならないけど、変な帽子をかぶっているように見えるのが難点だ。
冒険者ギルドでも、変な帽子の子と認識されている……
そのまま、周辺を調査する。
場所は、ダンジョンの最下層。といっても、このダンジョンは横には広いが、階層は地下四階までないので、そこまで難易度は高くはない。
ダンジョンは深くなるほど難易度が上がるらしい。
このダンジョンは、上質の〝水晶植物〟がまれに咲いていることもあるので、一応それを探す。
水晶植物とは、透明感のある植物の総称で、様々な薬の原料になる。色によって効果は様々だ。
特に赤色系のものは効果が高く、かなり高額で買い取ってもらえるそうだ。
魔王国にしか自生していないらしい。
いつか、シンシアにも見せたいけど、加工しないで魔王国から持ち出すと、砕けて消えてしまうらしい。
不思議な植物だ。
『あ、アンディ、あれ!』
「え?」
少し先の岩の上に咲いている、一輪の鮮やかな赤い花。
水晶のように透明で、精巧なガラス細工のようだった。
「おお、あれこそは赤の水晶植物! 運が良いですねぇ」
とブルースさん。
『オレ様がとってきてやるぜ!』
「あ、ネロ!」
止める間もなく、ネロはその小さな翼でパタパタと飛んでいってしまった。
そして、その赤い水晶植物をネロが手にした瞬間──
『──!?』
「──え?」
ネロの姿が、ポンッと軽快な音と白い煙と共に、白髪褐色肌の幼女になった。
◇
「ああ、これ高額で取引されてる薬用の水晶植物じゃなくて、そのそっくりさんだね」
「そっくりさん?」
その後、魔王国に戻って冒険者ギルドの素材買取所に行くと、ドワーフの鑑定士の人にそう言われた。
「ええ。正しいやつは、深い赤色です。これみたいな鮮やかな赤色で斑点があるヤツは、毒薬の材料としてレアな素材ですね」
「な、なるほど……」
「マジか。ごめんな、アンディ。オレの早とちりだった」
とブルースさんが済まなそうに言った。
「いえ、お気になさらず」
「まあ、高額取引されていることには変わりないから、買い取るけどいいかい?」
「あ、はい。でも、毒薬に、なるんですよね?」
「ええ。昔は暗殺や自決用によく使われてましたね。今はもっぱら、魔獣討伐に使われています。ヒトに使うのは当たり前ですが、どの国でも禁止されていますからね」
「なるほど」
その後、僕たちは買取金を受け取り、ドライエックさんの邸宅へと戻ったのだけど……
「にゃははは! お兄さんたち、おっかえり〜」
「……」
ネロは幼女の姿のままだった。
「……おかえり、二人とも」
ジョニーさんが出迎える。
先にネロ(幼女形態)を連れ帰ってもらったのだが、心なしか疲れているようだった。
「採取した水晶植物は、毒薬になる種類のものでした。一応レアなものだったので、高額で買い取っていただきましたが……」
ジョニーさんに買取結果を報告。
「そうか。その金は自分のために使え」
「いえ、みなさんで依頼をこなした時に、見つけたものですし……」
「いいんだよ。依頼中に個人で見つけたものは、そいつのものだからな! 婚約者ちゃんに何か買ってあげなよ!」
「ブルースさん……ありがとうございます!」
「さて、問題なのは……」
「ええっと……」
「どうなっているんですかねぇ?」
僕たちの視線が、銀髪褐色の女の子へと集中する。
「? な〜に?」
女の子は、その頭の上から生えている、一対のとんがった耳をぴこぴこ揺らしながら、不思議そうにこちらを見る。
腰のあたりでは、フサフサの尻尾が揺れている。
その身体的特徴から、恐らく獣人族なのだろう。
種族は、犬か狼か……
服装は、半袖のトップスと、膝丈の半ズボンを着ている。色は上下とも白。
病理服……いや、極東の国の……確か『甚平』という服に近い形状だ。
魔王国でも、似たような服を見たことがある。
昔、極東の服が魔王国で流行ったことがあるらしい。
「えーと君は誰?」
「あたち? プニャだよ〜」
「プニャ? ネロは?」
「ネロじゃないよ! ネロの代わりにあたちが出てきたの!」
「ネロの代わり?」
「そう!」
「でも、どうして?」
「それはね〜」
「それは?」
「わかんない!」
「ええ……」
一同、脱力。
「それじゃあ、ネロはどこに行ったんだ?」
「アンディ、何か分かるか?」
「そうですね……」
僕と邪竜ネロ──いや、魔剣ネロは現在、契約関係にある。
なので、お互いの存在は離れていたとしても分かる……けど。
「確かに、彼女の魔力はネロそのもの、なのですが……」
『……うおおおお! やっと声が出せたーー!!』
「わ!?」
「え? ネロ!?」
その時、僕の影の中から、ネロの声が響いた。




