106 心当たりのない刺客【アンディ】
◆アンディ◆
◇◆◇
魔王国に戻ってきた。
本当は、もっとシンシアと一緒にいたいけど、僕自身がこの地での修行を望んだのだから、文句は言えない。
そして──いつもの日常が始まる。
修行して、貴族としての勉強をして、冒険者として依頼を受けて実践を積む。
プニャはシンシアからもらった、木の実のペンダントを気に入ったらしく、ずっと身につけている。
あの独特なデザインの猫は……いつ見ても笑ってしまう。
シンシアには申し訳ないけど。
さて、本日も冒険者の依頼が入っている。
この時期は、受けておいた方がいい依頼が多いので、どうしても貴族としての勉強が後回しになりがちだ。
本来は鍛錬と勉強メインで冒険者の依頼を受けるのは週に一、二回くらいなんだけどね。
「今回の依頼は、鋭角鹿の討伐だな」
鋭角鹿は、普通の鹿が魔素の影響で変異し繁殖した、鹿系の魔獣だ。
普通の鹿より大きく、繁殖力が高く、凶暴で鋭い角を持ち、殺意が高い。ちなみに、オスもメスも角がある。
食肉用にも素材にもなるので、積極的に狩られている魔獣だ。
「今のアンディなら、苦戦する相手ではないが、数が多い。油断するな」
「はい」
ジョニーさんの言葉に頷く。
「回復薬も忘れずにね」
「ありがとうございます。ブルースさん」
ブルースさんが、新しい回復薬をくれる。
僕は、亜空間収納鞄に、それを詰め込み、準備は万端。
「しゅっぱ〜つ!」
「……」
プニャを連れて行くのは心許ないが、仕方がない。
そして冒険者ギルドに幼女連れでは、やはり目を引いてしまうらしい。相変わらず、僕たちは注目の的だった。
S級冒険者のジョニーさんと、B級冒険者のブルースさんがチームメンバーなので、一人くらい部外者を連れて行っても問題はないし、自己責任だ。
◇
目的の魔の森まで転移装置で移動し、早速、鋭角鹿を狩る。
できるだけ綺麗に倒し、死体はディメンションバッグに詰め込んで冒険者ギルドに併設している解体所に持ち込めば、全て買い取ってくれるのだ。
プニャは荷物番として、盾結界の中に入ってもらった。
そうして、なんとか粗方、狩り終わり──。
「さ、流石に疲れましたね……」
「いっぱいとれた〜」
プニャーレが次々に鋭角鹿の死体を、僕の亜空間鞄の中にしまっている。
鞄を持って、対象の一部分だけでも中に入れれば、吸い込まれるように収納できるので、非力な子供でも大きな鋭角鹿をしまえるのだ。
「これ、多分、百頭くらい、いましたよね〜」
「複数の群れが、合流したのだろう。繁殖期には良くある現象だ。 ……では、長くは取れないが休憩だ。アンディ、周りに盾結界を展開してくれ」
「はい」
ジョニーさんの言葉に従い、荷物の方の盾結界を消し、新たに僕たちの周りに展開する。
「二人とも、今のうちに回復薬を服用しておけ」
ジョニーさんもブルースさんも、いまだに警戒心は解いていない。もちろん僕も。
何故なら──。
「いますよね〜。なんか厄介なのが!」
「冒険者ギルドにいたときからですよね? プニャはどうします?」
「アンディの近くに。アンディはこの場で待機だ。盾結界を維持しておけ」
「はい」
そして──殺気もなく、それらは僕たちに飛びかかってきた。
ジョニーさんとブルースさんが、応戦する。
「──っ」
魔獣ではない──ヒトだ。
人数はおそらく二人。獣を模した仮面で目元を覆っているので、顔は分からない。
片方は白い仮面をつけ、三又になった短刀を両手に持ち、双剣のブルースさんが応戦している。
もう片方は黒い仮面に、片刃の剣──おそらく刀でジョニーさんと戦っている。
「あんたら何?」
「……」
「狙いは何だ?」
「……」
相手はこちらの問いには答えない。
代わりに、ブルースさんと戦っていた方が距離を取り、懐から笛のようなものを取り出して吹く。
すると、周りに影でできた人のようなものが複数、現れる。
「ジョニーさん、僕も戦います!」
「分かった。プニャーレは盾結界の中に!」
「はい! ──あっ」
盾結界を一瞬、解いた瞬間。プニャーレが、迷いなく、一目散に駆け出した。
そして、近くにいた影の人型を切り裂いた。人型は黒い霧になって消える。
「──っ」
「プニャーレ!?」
その手にはいつの間にか、ナイフが握られていた。
いつの間に!? いや、どこから?
あんなナイフ、僕は持っていないぞ!?
いや、そんなことは後だ。プニャーレを止めないと!
しかし、僕の心配をよそに、プニャーレは人とは思えない速度と身のこなしで、影の人型を切り裂いてゆく。いや、獣人の身体能力か? なんというか、やけに完成された動きだ。
「なっ……!?」
プニャーレは、一気にブルースさんと戦っていた白い仮面の双剣士と距離を詰める。
白い仮面は、ブルースさんを影の人型に任せて、プニャーレとの交戦を優先させた。
そしてプニャーレは、一瞬の隙をつき、白い仮面の喉元を切り裂いた。
「がはっ」
「!」
黒い仮面の刀使いが、血を吐く白い仮面の双剣士に一瞬で近づき、プニャーレを剣で弾く。
「──っ」
僕は吹き飛ばされたプニャーレを、何とか受け止める。
その隙に白と黒の仮面の人物は、転移魔法で姿を消した。
「彼らは、一体……」
「ジョニーさん、心当たりあります?」
「いや。俺もアンディも、命を狙われることはしていないな」
二年前ならまだしも、今はそういう相手はいないはずだ。……多分。
「オレもです。故郷ならまだしも、流石に魔王国まで手を伸ばすとは思えません。
……アンディ君、大丈夫かい?」
「は、はい!」
プニャーレは、僕の腕の中で気を失っていた。
持っていたナイフは、黒い霧のようになって消えた。どうやら、ネロが影で作ったものと同質のものらしい。
「一体……」
僕でも、ジョニーさんでも、ブルースさんでもない。
野盗といった感じでもない。
あの武器の捌き方は、訓練を積んだ者の動きだった。
それならまさか、プニャーレを狙っていた?
……これは、ネロに話を聞く必要がありそうだ。
◇
『プニャーレについて? ……知らん!』
プニャーレが化身の座を奪っているため、いまだに影絵状態のネロの返答は、まあ、予想通り残念なものだった。
依頼が終わり、ドライエックさんの屋敷に戻ってきてからも、プニャーレは眠ったままだ。
影絵ネロは大丈夫と言っていたが、ちょっと怪しいな……。
「何で、知らないの?」
『ネロ武器の管理は、白い方のオレ様の管轄なの! オレ様の仕事は外部とのやり取りと、うまい飯を食うことなの! あ、あと、契約者の魔力とかの調整も』
重要そうな役割を、オマケみたいに言われた……。
白いネロは、二年前に魔法珠と盾の試練を受けたときに接触した、ネロの本体らしい。
「それじゃあ、白いネロと接触するには?」
『前みたいに、ドライエックに協力してもらうしかないんじゃないか〜?
向こうからコンタクトとってくれねーと、こちらからは何にもできない』
「そうか……。でも、ドライエックさん、今忙しいみたいなんだよね……」
ドライエックさんは、今までネロに構いまくっていたツケが回ってきたらしい。
つまりは忙しいのだ。
一体どれだけ、仕事を溜めていたのだろう……。
そして僕たちはジョニーさんの提案で、当面、冒険者の活動は休むことになった。
僕も一応貴族なので、命は大切にしないといけないのだ。
その間に、遅れていた貴族教育の勉強をすることにした。
正直、座学より体を動かす方が好きなのだが、将来シンシアを安心させるためにも、勉強はおろそかにはできない。
まあ、訓練は屋敷でもできるし……。
それで何とか己を納得させたのだった。
とりあえず、座学は明日からとなった。今日は早く寝よう……。
◆???◆
「大丈夫か? カリマ」
「あ、ああ、なんとか……」
回復薬によって一命を取り留めたカリマは、喉の奥に詰まった血痰を吐き出すと、ようやく一息ついた。
「あの動き、彼女はプニャーレ本人だ……」
「正直、信じられない。だが、あの動き、ナイフ捌き、どれをとっても〝宵闇のプニャーレ〟そのものだった。年齢だって……」
「とにかく、アウロラ様の平穏のためにも──彼女は殺さなければならない」
「ああ、そうだ。そうしないと、おれ達が……。おれ達は、いつまで……」
トルエノは、絶望した目で呟いた。
「泣き言を言わない。あの時に死ねなかった、それがわたし達の不運だったんだ……」
「そうだな……」
十年以上前。
暗殺組織『陽炎の牙』が解体されたあの日。
二人は〝プニャーレ〟の死を確かに見届け、そして組織の長の護衛のために生かされた。
その不運を胸の中で呪いつつ、二人は夜の闇へと、静かに消えた。
三又の短刀は筆架叉です。
珍しい武器なので、アンディは名前までは分かりませんでした。




