1.5
『自分』
私は自分である。当たり前のことだ。
誰かが操っているわけでもなく、世界の形によってこの自分を成している。
……
彼女は、分からないのだ。
自分のこと、『セルワーレ』という人物の振る舞いも。
人格、というものは。自分一人では成り立たない。
世界があってこそ、他の人が居てからこそその人の精神が生まれるのだ。
じゃあ、
「私を形成する以前の、私は?」
EP : 0.5『とある旅の続きの日』
石碑の前に手を合わせる。
誰のかも知らない。知ってるのは、石に刻まれた『道筋よ、ここに来たり』という文字だけ。
名前もない墓の前に置かれた花を見て、この物が慕われてたのだと彼女は推測する。
この人は知らないけど、死んだ人を想うのは、悪じゃないと思ったから。
彼女は記憶を無くしていた。少し前に。
輝く星空が眩しくて、目が覚めた。
光に照らされる身体。だけど、それを受ける体は重かった。体を少し動かすだけで関節が軋み、指すらも上手く曲がらなかった。
彼女は何も分からなかった。自分がなぜここで倒れているのか、なぜ星というのは輝いているのか。
そもそも、自分とは何なのか。
幸いな事に、彼女は拾われた。
異国の地で倒れていたのか、その土地の言語も何一つ分からない赤子同然のわたしに、優しくしてくれた。
食事を与え、文字を教え……時に町へ遊びに行く事もあった。
拾ってくれた人はそこそこ偉かったらしく、収入は大丈夫と言ってわたしのことを大切にしてくれた。
頭を撫でるその手は優しく、微笑みかけるその顔を見て、きっとこの人は、色んな人に愛されて、色んな人を愛しているんだと幼いながらに思った。
まぁ、わたしはこうして"すぐ"に旅立つことになってしまったのだが。
目を開いて、足元に咲いている花を観察した。
そんな過ごした日々の中で名乗っていた名前は、『セルワーレ』
わたしが持っていたノートの端の、隅っこに丸してあったから、それを名乗ることにした。
「こんちには、お墓参りですか?」
後ろから声がした。
振り返るとそこには、麦わら帽子を被った顔立ちの良い好青年が立っていた。
「こんちには。通りかかったので、挨拶をしに来ただけです」
セルワーレは話しかけられたことに少しびっくりした後、すぐに返答をする。
二人は顔を見合わせる。
「わたし、旅人で……もう、次の地に行く予定なので、最後に挨拶をと」
セルワーレは立ち上がり、石碑を横目に目的を語る。
「あら、いい人ですね。この人達も、きっと空からその善意を見守ってくれてるはずですよ」
青年は胸に手を当て、その行為を褒め讃える。よく見ると、彼の背中にはスコップがあり、足元にはバケツが置いてあった。
( 掃除をするのだろうか )と、セルワーレは自分よりこの土地に詳しそうな青年に聞く。
「そうだといいですね。あの、あなたは?」
「私ですか?私もただ……寄り道しただけですよ」
自分のことを聞かれると思っていなかったのか、回答には少し淀みがあった。
「近くに住んでるんです。それでたまに、ここに寄るんです」青年は微笑み、名を名乗らずに口にした。
( この辺りに家なんてあったっけ )とセルワーレは思ったが、自分が知らないだけでこの土地にも街や家庭があるのだろうと、自身を納得させた。
「次は、どこへ行くんですか?」
青年はパッと話を切り替え、また違った笑顔を見せる。深追いするのは良くないみたいだ。
「次は西の方に。ぐるっと回って、ゆくゆくは真ん中の都市に」
セルワーレは空中で指を動かし、目的地を言葉で示す。
「いいですね。楽しんでください」
青年は純粋な好意を示す。
「……ありがとうございます」
セルワーレは小さく笑い、自身の荷物を整えた。
この旅の目的が、自分の記憶を取り戻すために行われていると言ったら、青年はどんな反応をするのか。セルワーレは少し気になったが、彼女は会話を長引かせるのは好きではなかった。
地図を手に取り、時計を眺める。
「もう、行かれるのですか?」
荷物を整えるセルワーレを見て青年は口にする。
「はい。次の船に乗ろうと思ってるので」
ここは、小さな島だった。
セルワーレがここに寄ったのは、小さな痕跡一つ見逃さないため。もしかしたらこういったところに自身の記憶のヒントが遺されてるのではないかと思ったが、ハズレだった。
彼女はこの島に数週間滞在し、端から端まで歩き、時に海を見て潮風を浴びたが、この島にはこの墓以外、特に何も無かった。
名前はあるが、世間からは特に気にも止められてないのだろう。なんせ、今日を逃せばここの船はまた数週間待たなければいけない。セルワーレはこの船を逃す訳にはいかなかった。
「そうでしたか。たしかに、もうそんな時間ですね」
青年は空にある太陽を見ながら口にする。時刻はもうその日の半分である12時に差し掛かっていた。
「引き止めてすみません。お気をつけて」
「いえ、わざわざありがとうございます。では」
セルワーレはこの地で"唯一"の現地人に手を振って別れを告げ、床に置いてあったリュックサックを背負い歩き始める。
( そういえば、この島で人らしい人は彼しか見なかったな )
先程街があると考えたが、この人口人数の少なさじゃ、せいぜい村一つが限界だろうと、セルワーレは歩きながら考えた。
「どうかその旅が、貴方に幸運をもたらさんことを」
旅人が去った後、青年は聖女のように手を重ね、祈りを捧げる。
青年は自由に旅をする彼女が少し羨ましかった。青年はここから動けない。なぜなら彼には、『この墓を守る役目』があったから。
「やはり、役職程度は名乗った方が良かったでしょうか……」
まだ幼い"墓守"は少し答えを誤魔化した事を後悔し、落ち込む。
そしてジョウロに水を入れ、いつも通り、地面の手入れから始めた。
セルワーレは海沿いのベンチに座り、船を待つ。地図を広げ、次はこの流れのまま海の綺麗な所へ行こうと目的地を考えた。
ここからでも海は充分見えたが、出来ればその海を身体で体験したかった。
もうそろそろ夏が来る。今ならそういった体験型のイベントは空いているだろうと、セルワーレはこの先に思いを馳せる。
それは旅人にとっての楽しみの一つだ。
そして、楽しみはそれだけではない。
人と関わるのは嫌いじゃない。ただ、深く仲良くなるのではなく、表面上で少しだけ対話をし、良い印象を相手に与えるだけ。
広く浅く。それをするだけで、世間を渡りやすくなる。
それが好きだった。酒を一緒に飲んだだけで仲良くなり、出店で物を買うだけで仲良くなれる。皆、わたしを"個人"として認識する。
『セルワーレ』という名前で。
セルワーレは地図を閉じ、自身の本を取り出そうとした。
その時だった。
それは彼女が初めて手にする仲間である。
時空を通り越して出会った『鍵』であり、『運命』の人物でもあった。
「そこの人、あぶな――」
「え?」
セルワーレは上からの声に反射的に顔をあげる。
そこに見えたのは、空の、遠く遠く上から降って来ている、謎の二人。
それは凄まじい勢いでこちらに急接近し、このまま行けば正面衝突は避けられないだろう。
セルワーレは急いで後ろへ下がり、自身の身を守る。助ける気は更々ない。
その二人はセルワーレのすぐ隣に大きな音を立て着地する。衝撃で周りの砂が飛び散り、砂浜は少しえぐれていた。
見れば二人とも怪我は無く、五体満足で身なりを整えていた。
一人は声で女だと分かったが、もう一人は男性だった。その男が女を抱き抱えて着地したのだろう。親密な関係なのか?
「危ない。少しでも座標がズレて入れば、海からのスタートになっていた」
「そうだね。だいぶ上空からになったけど、水中よりはずっとましだ」
時空を超えた男女は語る。その話の限り、このような状況は初めてでは無いようだ。
「驚かせたね。巻き込んですまない」
女は話し掛ける。顔にはメガネをしており、丈の長い白衣を着て、腕の裾を捲っている。
「大丈夫です。そちらこそ、平気ですか?」
「あぁ、私たちは大丈夫だ。君、ここら辺には詳しいかい?」
そう聞かれてセルワーレは少し考える。なんせ、彼女は旅人だ。国について様々な知識はあるが、詳しくはない。旅人とは、そこに留まらず常に動き続けるものだ。
「うーん……少しなら分かりますけど、生憎私はもうここを離れるので」
「そうか。……じゃあ、名前は?」
相手は少し考えた後、名前を尋ねた。
「『セルワーレ』です」
「いい名だ。覚えておこう」
そう言って彼女は腕時計を眺め、隣の男と話を始めた。これからの計画を立てているのだろうか。
( そもそも、なぜこんなところに、あんな上空から…… )
この世界では"そういった"事件は珍しくない。テレポートの位置を間違えたのか、そういった『祝福』なのかはセルワーレには分からなかった。
彼女はズボンの裾に付いた砂を払い、二人に話し掛ける。
「……あの、あなたは?」
「え?」
「名前、何ですか?」
名前を尋ねるのは今日で二回目だ。
現地住民ではないが、しばらく人に会っていなかったため彼女は久々に人と話すことになる。
それに、名前を一方的に聞かれても、良い気分では無いから。
「あぁ、すまない。私は、『岸 星煌』」
「ちょっとした事情があって、"自分探し"をしてるんだ」
「きし、せいか……」
セルワーレは少し考える。きしせいか。それは馴染みのない言語だ。
今までは██語で話をしていた。██人なのだろう。じゃあ、彼女は東の方の国出身なのか。
「まずい。日本語は通じないか」
「いえ、東の国の方の言語ですね。多少は話せます」
星煌が発した日本語という文字にはノイズが混じってセルワーレには聞こえなかったが、彼女は旅人なので、そういった言語はある程度習得している。
「あぁ、通じるならいい。君がわざわざ話す必要は無い」
「言語が通じるなら、翻訳機械があるからな」
そう言って彼女は自身の耳をトントン叩いた。その耳穴には小型の機械が付いていた。
そのような機械は見たことがなかった。北の国では機械産業が発達していると聞いたが、彼女はそこ出身ではないはず。
『自分探し』と言っていた。彼女も、旅人なのだろうか。
「文字はこうだ」
星煌はノートにペンで自身の名前を漢字で書き、その文字をセルワーレに見せた。
「?ありがとうございます」
( ☆なんて記号使うの、珍しいな )
だが、その名前はセルワーレには別の字、記号に見えているようだ。
「……やはり、文字化けするか」
星煌は相手に聞き取れないように小さな声で呟いた。
日本語は通じるようだ。平仮名はまだ試してないが、漢字はダメなのだろう。
それか、相手が漢字を知らないのか。
「俺は校正で大丈夫。そう呼んでくれ」
今まで黙っていた男が喋り出す。自身だけ名を名乗らいのは不公平だと思ったのだろうか。
星煌の隣に居るからか、背が高いのが目立つ。一般的には『イケメン』と呼ばれそうな程には顔は整っており、両肩に銃のホルダーが付いている。
「?"恒星"、ですか?」
「あぁそうだ。校正だ」
少しの認識の違いがあるが、発音が伝われば大丈夫だ。
「私たちは、見ての通り迷子でな」
( 迷子だったんだ )
何やら真剣に会話をし、真面目そうな雰囲気を出していたが、それはただ迷子でどうしようか話しているだけだった。
「良ければ、ついて行っても?」
星煌は提案をする。そうすれば彼女の目的も達成でき、この『異国の地』での案内も彼女に任せられる。
「別に、大丈夫ですけど……」
「私、旅してるんで家ないですよ?」
セルワーレは相手がついて来れない事を危惧して問題点をあげる。着いてくるのは構わないが、足手まといになられるのは勘弁だった。
「問題ない。私も旅人だから、野宿には慣れている」
どうやら、相手も同じような境遇らしい。セルワーレは一安心し、頷いた。
記憶喪失で旅してます!みたいな、セルワーレとは目的が違うが、旅人なら都合が良い。
やはり、先程のテレポートは事故であったのだろう。どこかで旅をして、なにかに巻き込まれた……とするのが、一番辻褄が合う。
「じゃあ、とりあえずあの船に乗りましょう。話はそれからです」
セルワーレは指を指す。
遠くから近付いてくる船の汽笛の音に耳を澄ませ、三人は船着場まで移動する。
セルワーレはまだ知らない。二人が次元を超えて来た『異世界人』であることを。
星煌と校正は知らない。セルワーレが『記憶喪失』であることを。
そして三人は知らない。その目的は一致している。
『自分を探している』
ここから、全ての運命が変わることになる。
そしてその運命は、依然として『星』が握っているだろう。
※この日記(作品)は、連載中の小説「無題/日記」が完結した後に更新されます。
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