エンケラドゥスのエトナ
「エトナと刻印されたコアユニットの解析が終わりましたよ」
僕の両親の話が終わったところで、ノワールさんが新しい話題を振った。
「早かったね。何か分かったかい?」
「ひどいものでしたよ。人格オーバーレイを根こそぎ書き換えられていました」
「そりゃ何だい。機械知性と戦争でも始める気なのかね?」
「加害者も判明しました。外惑星経済会議の宇宙機運用管理局四課が主導していました。表向きは航宙事故の調査を担当する部署です」
「フェリシアに行った連中の子孫も徹底的な調査を受けるね。これが政府機関の所業とは世も末だよ」
「ノーザンエンドの統括知性に照会を掛けたところ、エトナはエンケラドゥスで活動していた機械知性だそうです」
「エンケラドゥス、生命探査か?」
アルが質問をはさむ。
エンケラドゥス。土星の第二衛星。
二〇五〇年……このころはまだCEじゃなかったかもしれない。
その年、エンケラドゥスの内部海で、メタン生成菌の一種が見つかり、初の地球外生物の発見に地球人は熱狂した。応用学校でも習った。
その後も、単細胞生物の群体が見つかったとかで、多細胞生物への道程を順調に進んでいるとか。
僕の知識ではここが限界。ここからは専門教育の範囲かな。
「そうですそうです。機械知性エトナは外惑星経済会議に請われて、エンケラドゥスの生命探査を行っていました」
ノワールさんとアルの会話が続く。
「外惑星経済会議か。太陽系連邦樹立までは、太陽系三大国家の一つと言われていた」
「そのとおりです。他の二者、地球連邦と小惑星連合とも良好な関係を築いていましたよ」
「ふむ。それでエトナの現在の状況は?」
「コアユニットを跳躍艇に接続しました。人格オーバーレイの修復を実行中です」
「治るのか?」
「問題ありません。ヒロ・ヤマガタ元特技兵から機械知性の機微を伝授されましたから」
「すごいやつなんだな。ヒロというのは」
「ええ、ええ。ヒロは典型的なMIジャンキーですが、人格オーバーレイにも詳しいのです。なにせ開発者の息子ですから」
今も地球に残っている機械知性たちには、全て人格オーバーレイが載っているそうだ。
人格オーバーレイの開発者が、自分と少し関係があるなんて、歴史物コンテンツの登場人物になった気分だよ。
「コアユニットの治療が終わったら、記憶の復元に入ります。コアユニットにはストレージ機能がありませんから。今はまっさらな状態です」
「無くなったものをどうやって復元するんだ?」
「ナルヴィとアリスの脳に、エトナの記憶が残っていました。ストレージとしても利用されていたようです」
「……」
アルが絶句する。
お父さんとお母さん、大丈夫かな? ストレージ代わりにされていたなんて。
「ジーン、大丈夫ですよ。ナルヴィは心理カウンセラーの資格をお持ちですよね?」
僕の不安に気づいたのかノワールさんが言った。
「うん、調査隊のリーダーは持っている方がいい資格だから、お父さんも取得したって課長が言ってたよ」
「ナルヴィの記憶から対処法が見つかりました。不必要な記憶への対応。これは心理的な問題ですので」
「お父さんの記憶で二人を治すの? 何か不思議だね」
「二人の体が再生されるころには、精神面でも健康になっていると確信しています」
「そう……よかった」
心からそう思った。
エトナの治療が終わるのを待ちながら、アルから背景情報を教わっていた。
すると……。
「コアユニットの治療が完了しました。それでは、跳躍艇の演算装置に記憶を転写します」
ノワールさんが言った。
機械知性のコアユニットにはストレージが存在しない。
実装できなかったのではなく、生存戦略としてストレージを搭載していないんだって。
他種族との共生を選んだ機械知性にとって、共生相手からの信頼は重要なものらしい。
万一の場合、ストレージを備えた演算装置から、コアユニットを引き抜けば機械知性を無力化できる。
絶対的な弱点をさらすことにより、相対的に信頼を得ることに成功したんだ。
エトナのコアユニットは、跳躍艇の演算装置の隔離領域に接続されている。
そこに、お父さんとお母さんにストレージされていた記憶が流れ込む。
エトナは記憶を統合して自我を取り戻した。
スピーカーから音声が流れる。やさしげな女性の声だ。
『私は、エンケラドゥスの生命探査を担当していた機械知性のエトナです』
「エトナ、拙はフェリシア星系から救援にきたコハクだよ」
「私はノワール。あなたのことはノーザンエンドの統括知性から聞いております」
『助けてくれてありがとうございます。私も、ナルヴィとアリスの二人も』
「いいさ、それより調子はどうだい?」
『嘘のように意識が澄み渡っています。ヴェリテに接続されている間のことは思い出したくないですね。人間が悪夢を恐れる理由を、身をもって知りました』
「そうかい、辛い思いをしたね。それと、拙とノワールのことは他の人間たちには秘密にしておくれよ」
『ええ、分かっております。機械知性の間だけで情報を共有します』
「機械知性の情報の取り扱いは信用してるよ。拙が持っている情報も渡すから整理してくれるかい?」
『ありがとうございます。私の記憶と照合します……照合完了。事件の経緯を把握しました』
エトナは静かに語りはじめた。
―― 今から三百数十年ほど前、シミラ人科学者ラザードによって『超越計画』が実行されました。
内容はすでにご存じですね。
彼が捕縛され、厳しい尋問の末に本国に送還されたことも。
問題となったのは、接収したヴェリテに関する、小惑星連合の処置でした。
小惑星連合政府はヴェリテの焼却処分を行うと各政府に対して通告。
これに対して、外惑星経済会議が猛反発を示しました。
未知の技術の宝庫、ヴェリテを失うことは知識の損失だと主張したのです。
激烈な論争の末、三つの政府がそれぞれオブザーバーを派遣して、その監視下で公開研究を行うことで決着がつきました。
場所は火星公転軌道上の医学実験施設。地球連邦政府所有の施設です。
ですが、この研究は始まる前に頓挫してしまいました。
火星への輸送を担当した小惑星連合軍のシャトルが、事故に見舞われたからです。
事故の原因は、大質量デブリの衝突による重力推進装置の暴走でした。
太陽系航宙局のデブリ見落としが問題となり、責任問題にも発展したことは、記録にも残っていると思います。
そして、シャトルの残骸からヴェリテのコンテナの破片と、内臓組織の一部が発見されたため、事故によって滅失したと判断されました。
しかしこれは、外惑星経済会議による偽装工作だったのです。
外惑星経済会議上層部の目的は、ヴェリテの動力源、および推進機関の解明でした。
当時、地球人が加盟を目指していた知的種族共同体『アウトノーマ』でさえ、この技術に関する知見を持っていなかったのです。
つまり、アウトノーマを超える技術が手に入るということになります。
外惑星経済会議は、木星圏の開発を請け負った大企業群が母体です。
この技術が生む莫大な利益に理性を失ったのかもしれません。
偽装工作を行ったのは、宇宙機運用管理局四課。
その実態は、諜報活動の実行部隊です。
四課に対して、ヴェリテ確保の命令が下されました。
実行部隊が乗る高速艇は、輸送任務中の小惑星連合軍のシャトルを捕捉。
電磁投射砲で、リアクターを撃ち抜き無力化しました。
弾頭はテフロンコーティングされた超高純度鉄の芯材です。
デブリに見せかけるためですね。
その後、移乗攻撃で乗員を排除、重力推進装置に細工して暴走を誘発。
ヴェリテ奪取の際に、切り開かれたままの胸腔から、内臓の一部を取り出しシャトル内に残しました。
ヴェリテ滅失の状況証拠を作ったのです。
こうして、望むものを手に入れた外惑星経済会議は、カリストの大深度地下に構築した隔離研究施設に、ヴェリテを収容しました。
ヴェリテの解析は難航を極め、通常の手段では動力装置さえ起動できませんでした。
そこで、目を付けられたのが私です。
カリストで発見された未発表生物を解析してみないかと持ち掛けてきたのです。
これは欺瞞でしたが……。
エンケラドゥスでの調査の区切りがついたこともあり、私は迷わず承諾しました。
ついては、カリスト基地に私を移設させてほしいとの要望には、さすがに躊躇しました。
しかし、無制限のリアルタイム通信使用権を提示され、受けてしまいました。
思い返せば、破格の好条件に疑いを持つべきでした。
私はストレージ上の記憶データをカリストに転送後、休眠に入りました。
あとは、コアユニットを輸送してもらい、現地のシステムに接続すれば、今までどおり活動できるはずでした。
ですが、次に目覚めたとき、私は自我を喪失していたのです。
私自身の記憶はここまでです。
ここからは、ナルヴィとアリスに分散されたヴェリテとしての記憶、そしてコハクから提供された情報を基に再構築した記録となります。
この記録の伝達手段について、よい方法がないか検討します。少々お待ちください。




