閑話 ~課長の秘密 1~
ジーンに、本当の両親のことを話すという約束をようやく果たした。
少し気が抜けたせいだろうか。
また食事ができるようになる。そのことが頭から離れず、少し心が浮ついていた。
まずはスシだ。これは外せない。
調査課の課長に頼んで握ってもらうか。
あの課長、みんなには秘密にしているが、ドナルド爺さんの弟だ。
ドナルド・ササキの歳の離れた実弟、その名はマック・ササキという。
若く見えるが、彼は俺よりも年上だ。
彼の若々しさは、サーチュイン遺伝子の異常活性化によるものだ。
軽薄そうな態度とは裏腹に、彼は常に飢餓感に苛まれている。
老けにくい体質の代償とも言える、過去の宇宙対応遺伝子改変の負の遺産の一つだ。
彼の食へのこだわりはそこから来ているのだ。
ササキ兄弟の父親は、大のハンバーガー好きだった。
二人の名前は、世界的に有名なファストフードチェーンから取ったものだ。
その大企業は『大脱出』が始まると、真っ先にフェリシアへと移転した。
フェリシアでもチェーン展開を始めたようだ。
そんな三百年近くも昔の企業など、誰も知らないだろうと甘く見ていた父親は、息子たちが学校でからかわれているのを知って愕然とした。
話の出どころは、応用学校の授業だった。
世界史を教える教員が、世界的ファストフードチェーンの先駆者として、その企業を紹介したのだ。
いじる対象を見つけた子供たちは即座に反応した。
ふだんは見向きもしない歴史資料を調べ、おもちゃ付きの子供向けメニュー、ハッピーセットにたどり着くのは速かった。
応用学校に通うドナルドに比べて、マックの被害は大きかった。
「よう、ハッピーセットの弟! 今日のおもちゃは何だ?」
基礎学校の生徒にからかわれる。
「Hey Mac!」は、古い古い呼びかけだ。大昔のギャング映画などでよく使われていたそうだ。
「おい、そこのお前!」くらいのニュアンスだ。
どこかの、古い映画が好きな家族が、子供にそのことを教えたのだろう。
基礎学校の悪ガキたちは、毎日のようにマックをからかった。
「Hey Mac! 今日のおもちゃは何だ?」と。
この男臭い呼びかけは学校以外でも流行を始める。
拡張工事も大詰めを迎えたノーザンエンド大規模セツルメントでは、肉体労働に従事する者も多い。
建設作業員たちの間で、「Hey Mac!」が普段のあいさつになってしまったのだ。
マックに対するからかいから始まったとはつゆ知らず。
この状況に心底うんざりしたアンハッピーなマックは、ノーザンエンドを出ることを決意。
まだ、シェルター軍の新兵を募集していたシガ・シェルターへと逃れた。
ドナルドと離れたマックは、名前を揶揄されることもなく平和に軍隊生活を送った。
訓練は厳しいが、余暇も多く、休日には広大なシガ・シェルターを散策することが趣味になっていた。
シガ・シェルターは旧琵琶湖の地下に建設されたシェルターだ。
シェルター建設時に、琵琶湖の水を引き込み、天然の生態系を丸ごと取り込んだ。
名産は水産物で、世界各地のシェルターに輸出されている。
地球最大規模のシェルターではあるが、縮小された琵琶湖を内部に抱えているため、居住可能な空間はそれほど大きくない。
人口が大規模セツルメントの要件を満たさないシガ・シェルターだが、かつての日本自治区を代表する地下居住施設だ。
―― ある日マックは、比良水庵という名の店に出会った。
シェルター湖の畔にぽつりと建つその店は、シガ・シェルター建設当時から続く老舗の名店だった。
暖簾をくぐり、引き戸を開き、一歩店内に踏み込むと美しい庭園が現れる。
まるで全球凍結前の風景写真のような庭に見とれていると……。
「枯山水。日本庭園の古い様式です」
初老の男性に声をかけられた。店主だろうか?
「枯山水……。まるで昔の風景写真のようです」
「石や砂を使って、山や川、木々などの風景を表現する技法ですね」
男が答える。
「素晴らしいです。こんな庭園は初めて見ました」
「店主の比良岡宗次郎と申します。枯山水は見る方向があるのです。お席にどうぞ」
奥に案内される。
そこは座敷席。正面に枯山水が見渡せる。前にある低いテーブルは視線を邪魔しない。
ここから見た景色が一番美しい。
手前に広がるのが琵琶湖。湖越しにそそり立つのは、峻厳なる比良山系。
店主自ら解説してくれる。
「料理は何がおすすめですか?」
枯山水に見とれて料理の注文を忘れていた。
「はい。一番のおすすめは比良本膳でございます。琵琶湖産の鰻が存分に楽しめます」
鰻! ノーザンエンドにも輸入されていた。超がつく高級食材だ。
「お、お値段はいかほどで?」
恐る恐る聞いてみると、金額を教えてくれた。
確かに高いが十分払える。五日分の食費程度だ。
「輸送費がかかりませんので、この価格で提供させていただいております」
その後供された、三汁七菜の本膳は絶品だった。
今まで食べたものの中で、一番美味しかったと断言できる。 ――
それが、比良水庵店主、比良岡宗次郎との出会いだった。




