機械狼アルの決意
ジーンが混乱している。俺が今まで何も説明しなかったせいだ。
だが、俺も事態の展開にうろたえていた。
ポイント・ズールーに来てから、自分が落ち着きを失っているのは自覚している。
セレスの惨劇……九年前の事件をこれほど引きずっているとは思わなかった。
ここは、ジーンを発見した場所。
そしてナルヴィとアリスに初めて出会った場所でもあるのだ。
―― 傭兵だった俺は、機械知性の甘言に乗せられて『ノーザンエンド大規模セツルメント』へと向かっていた。
『ノーザンエンドで猫の自然繁殖を試みるそうですよ。というわけで里親募集が告知されました。公的身分が高いコメンデッド・ソルジャーのあなたが立候補すれば、選ばれる可能性が高いです』
それを聞いてその場で応募。(猫との)面接があるので現地へと向かう。
慌てて出発したので、日程計画がずさんだった。
このまま行けば、ノーザンエンド到着は深夜になることが確定した。
猫に気に入られるのが最優先だが、選考するのは人間だ。
深夜に押し掛けるような非常識な手合いが選ばれるだろうか……。
あとで機械知性に聞かされて知ったが、どこのシェルターやセツルメントも、二四時間受け入れ態勢を整えているとのこと。いつ外来者が到着しても歓迎される。それだけ外部との交流に飢えているそうだ。
新兵時代に叩き込まれた礼儀作法を忠実に守っていたが、軍人と民間人ではかくも違うものか……。
幸いにも、ノーザンエンドへの道程にはポイント・ズールーがあった。
そこで仮眠を取り、翌早朝に出立すれば丁度よい時間にノーザンエンドに到着だ。
氷原上で仮眠など取れば、ハブ・ジャッカーの恰好の餌になる。
見つからないようにカモフラージュでもしようものなら、ハブ・ジャッカーと誤認されて警備隊に狩られることもあり得る。この時代の常識だ。
とりとめもない思考に沈みながら、夕暮れの中ひた走るうちに、ポイント・ズールーに到着。
入口で認証データを送ると管制システムに歓迎された。三番格納庫への案内が表示される。
傭兵はどこでも歓迎される。それが無人の中継拠点でさえも。
管制システムからの情報で先客がいることを知った。早速あいさつに行こう。
三番格納庫に氷上装甲車を置いて、システムに先客の現在地を確認。
案内に従い到着したのはラウンジだった。
そこにいたのは、ひょろりと背が高く、肉付きの薄い身体に、淡い灰髪の男。若いな。
「やあ、お邪魔するよ」
手を挙げてあいさつする。
「こんにちは。いや、もうこんばんはかな? 僕はナルヴィ・タキザワ。歓迎するよ」
気さくな男だ。
「キース・エヴァレットだ。よろしく頼む」
その時、洗面室のドアが開き、目の覚めるような鮮やかな金髪の女性が現れた。若い女性だ。
小柄ながら蠱惑的な肢体。男たちが放っておくまい。
「聞いてよ、ナルヴィ。ここって温水と冷水のレバーが逆なのよ。ひどい目にあっちゃった」と言いながらこちらに近づく。目が合った。
「やあ、お邪魔しているよ。俺はキース・エヴァレットだ」
再び手を挙げてあいさつする。
「こんにちは。あ、こんばんはかしら。アリス・タキザワよ」
ナルヴィと同じあいさつに思わず笑みがこぼれる。
「同じタキザワってことは夫婦かい?」
絶対に夫婦だ。あいさつを聞いて分かった。
「そうだよ。夫婦でノーザンエンドの調査課に所属している。まだ下っ端だけどね」
「そうそう、調査員を目指してがんばってるところ」
「目標があるのはいいことだ。俺は傭兵をやっている。子猫の里親に応募して、ノーザンエンドに向かっているところだ」
「ああ、すんごい競争率になってるあれね。って傭兵? あ、CSのことね!」
「CSの人は自分のことを傭兵って言うよね。何でかな?」
ふだんなら軽く受け流すところだが、二人の雰囲気に流されてつい真相を語ってしまった。
「そう……。それがあなたたちのけじめなのね」
「そんなことを思ってたなんて知らなかったよ。僕たちにとってはハブ・ジャッカーを退治してくれる正義の味方ってイメージだし」
「俺の場合、部隊に配属されて間もなく軍が解体されたからな。ハブ・ジャッカーの中に、かつての上官を見つけて思わず敬礼しそうになった」
ナルヴィとアリスの笑顔が曇った。
「CSジョークだ。笑ってくれ」
深刻な雰囲気になりかけたのでフォローしておく。
「CSジョーク…」
ナルヴィの肩が震える。
「CSジョーク…」
アリスの肩も震えている。
そのあとラウンジは爆笑に包まれた。
そうか、子猫の里親に選ばれたら傭兵として世界を回ることはできなくなるな。もういい年齢だ。ノーザンエンドに骨を埋めるのも悪くない。
愉快な仲間もできそうだ。 ――
並列思考で思い出をかみしめながら、目の前のコハクを見た。
今までの自分の行動と向き合うときが来たのだと。
九年におよぶ長い猶予を与えられながら、ジーンに本当のことを話せなかった。
セレスにいた怪物、アリスとナルヴィに起きたこと、ノワールの正体、そして、ジーンの本当の両親。
記憶喪失を装ったのはノワールとの約束。俺は多くのことを知り過ぎた。
知識は場合によっては毒にもなる。超越種族に連なるノワールの懸念も理解できる。
それでも、ジーンに話すことはできたはずだ。
秘匿情報をぼかし、話すべきことを話す。なぜかそれができなかった……。
ジーンが健やかに育つ姿を見ていたかったから。ジーンが苦しむ姿を見たくなかったから。
昨日、人を殺したことに悩み苦しんでいるジーンを見て自分の思いを確信した。
だが、ついに援軍が来た。過去と対峙するときは今なのかもしれない。
待ち焦がれた援軍が、この太った猫なのは意外だったが。
ジーンと一緒に二人を取り戻そう。




