宇宙へ
「ジーン、二万八千光年も離れたフェリシアから、どうやってコハクがここに来たのか気になっているんだな」
太陽系『エッジ』が閉じた今、『ストラクチャ』航法は使えない。
『ストラクチャ』とは、宇宙全体を支える不可視の骨組みだ。
ストラクチャには恒星というノードが存在する。ノードが星系内に分岐したものがエッジだ。
『星間ゲート』に入った宇宙機はストラクチャを経由してエッジから現れる。ストラクチャで結ばれた超光速回廊だ。
俺はそんな風に理解している。
「プロキシマ・ケンタウリを経由してやってきたのさ」
コハクが答える。プロキシマ・ケンタウリのエッジは機能している。
「え、四光年以上離れているよ!?」
その答えが意外だったのかジーンが驚きの声をあげた。
「そうさ。あそこのエッジから五年もかけて飛んできたのさ」
「五年……。そりゃおかしいよ。どんな宇宙機か知らないけど光速に近い速度で飛んだことになるよ」
「そりゃそうだ。〇・九九cが『跳躍艇』の最高速度だ。防御膜の限界ってやつさ」
「ねえ、アル。これって聞いていいやつ?」
「いや、知らない方がいいに決まっている。だが、知ったからには誰にも話すな」
「うん、そうする……」
「こんなところで立ち話もなんだね。跳躍艇に招待するよ。こっちにおいで」
コハクがすたすたと格納庫から出ていく。四足歩行だ。
「ジーン、行くぞ」
そう言ってコハクを追うと、慌ててジーンがついてきた。
いつの間にか、通路に暖房が入っている。猫は寒いところが苦手だからな。
コハクが向かったのは地下貯蔵庫だった。迷いなく制御室に入っていく。
コンソールに取りつきタッチパネルをぽちぽちと叩きだした。
「おい、壊すなよ」
「誰に向かって言ってるんだい……」
『コハク、何かご用でしょうか?』
ディスプレイに表示された文字は太陽系標準言語だった。
「おい、スタンダードが表示されているぞ」
「いろいろ仕掛けがあるのさ。ズールー、跳躍艇を出しとくれ」
『了解しました。格納庫を開きます』
制御室の窓から覗くと、貯蔵庫の床の中央に輝線が走り、巨大なハッチが現れた。カメラレンズの絞り羽根のような形状だ。
ハッチが音も立てずに開き、暗い穴を覗かせる。
そして、そこから白く輝く何かがせりあがってくる。
見た目は長楕円体、最近復活の兆しを見せているラグビーに使うボールのような形だ。
全長は二五メートルくらいか。
「跳躍艇だよ」
コハクが素っ気なく言う。
「これが光速の九九パーセントで飛ぶ宇宙機?」
ジーンが聞く。
「そのとおりだよ。これに乗って来たんだから」
コハクが制御室から出ていく。扉の前で振り向くと、ちょいちょいと手(?)で招いて、ついて来いと合図する。
ジーンがこっちを見てきたので、肩をすくめてコハクのあとを追い跳躍艇とやらに向かった。
跳躍艇を近くで見ると、継ぎ目が一切無いつるつるとした表面をしているのが分かる。
どこから入るのかと思っていたら、突然表面に直径二メートルほどの穴が開いて、そこから白い触手のようなものが伸びてくる。
思わず後ずさるが、目の前で停止して先端が平たく変形した。
「これに乗りな」コハクはそう言うと触手の上に乗った。
コハクの指示に、俺はうなずき触手に飛び移った。
ジーンもおそるおそるといった感じで俺の横に乗ってきた。
こんなに薄いのに、全員の体重にびくともせずに触手が持ち上がり、艇体に開いた穴に俺たちを引き込む。
「ようこそ、地球に住まう者たち。跳躍艇を案内しようじゃないか」
先頭に立ってコハクが中に進む。俺たちはきょろきょろと辺りを見回しながら後に続く。
乗り込むときに気づいたが、跳躍艇の外殻は非常に薄い。厚みは五ミリも無さそうだ。
すでに宇宙を飛んで来たのだから問題はないのだろうが、心情的には少し不安を感じる。
内部は通路で仕切られておらず、部屋から部屋に直接つながっているように見える。
最後に高級ホテルのような一室に案内された。
そぐわないのは、部屋の隅にあるキッチン。料理店の厨房のような設備が整っている。
「この部屋は汎太陽系ライブラリから再現したんだよ。キッチンのことは気にするんじゃないよ」
キッチンを注視しているのに気づいたのか、コハクが言葉を付け加える。
ソファに落ち着くと、床からテーブルが現れる。
テーブルの上には湯気を立てる飲み物、紅茶のようだ。
「紅茶だ。遠慮はいらないよ。飲みな」
ジーンが紅茶に口をつける。
「宇宙に行くの?」
ジーンが口を開く。
「ああ、セレスに行くんだよ」
ジーンに答えながらコハクも一人掛けのソファにどっかりと腰掛ける。
猫を飼いだして知ったのだが、スコ座りというやつだ。数百年もの伝統がある呼び方だ。
「貯蔵庫からどうやって出るんだ?」
「跳躍艇、発進準備だ」
『承知しました』室内に新しい声が響く。
壁面がディスプレイになった。外殻を透過するように貯蔵庫が見渡せる。
正面の貯蔵庫の壁に大きな穴が開き、その先にトンネル状の通路が見える。
「やれやれ、ポイント・ズールーはまるでびっくり箱だな」
ここには何度も来たことがあるが、知らないことだらけだ。
「ノワールが百年くらいかけて改造したんだよ。跳躍艇、発進しな」
『跳躍艇、発進します』
跳躍艇は壁の穴に飛び込み、氷のトンネルを猛烈な速度でくぐり始めた。
ジーンは後ろを振り返り、驚きの声を上げる。
「アル、噴射してないよこれ!」
「してないな」
ジーンの視線を追いぼんやりと相槌を打つ。
「すごい!」
「跳躍艇の推進機構は、ストラクチャと現実空間の物質を相互作用させているのさ」
コハクが解説を入れる。
「エッジが閉じてるから重力推進が使えないって聞いたけど、これもすごいね!」
重力推進にはエッジの存在が欠かせない。現在の太陽系では重力推進さえ使えないのだ。
跳躍艇が空に飛び出した。地形を見るにロッキー山脈のどこかに出口があったのだろう。
そして、すぐに空が闇に染まった。宇宙空間に出たのだ。
ジーンはディスプレイから目が離せないようだ。
「セレスまでどれくらいかかる?」
「二時間といったところだね」
「そうか、丁度いい。ジーン、俺の話を聞いてくれ」
「うん、何の話?」
「お前の両親とセレスに行ったときの話だ」
ジーンがごくりと唾を飲み込んだ。




