覚えるはなし
友達ができた。一緒に笑ってくれる相手がたくさんできた。それ故に少年は、自分がこれまでどれだけ罪深く生きてきていたのかを知ってしまった。
魔のものどもは死体を残さないから殺していい? 冗談ではない。ちゃんと彼等は生きている。
あの頃だってきっと生きていた。なのに。
なのに、自分は。
「う、ううっ、はっ」
そういったことは少年の頭の中に周期的にやってきて、少年はそのたびに嘔吐した。心があらゆるものを受け付けなくなる瞬間だった。
「う、う」
きっとあの頃だって、今は友達になったあの子たちの誰かは生きていた。
なのに、なのに!
「ううう」
少年の目からはこぼしたくない液体が溢れだす。
たぶん自分は、あの頃、友達の誰かを殺めているにちがいないのだ。
それも顔も声も形も何も意識しないで! 生き物だと認識もしないで! 雑草よりも軽く!
そう思うと自分に対しての罪深さや非道さやその他のまともではない部分が、どんなものよりも醜悪で残忍だと思えてきてしまう。
苦しかった。これを終わらせる方法はどこにもなくて、いっそいま、この手足が落ちて命がなくなってしまえばと思うほどの罪悪感だった。
ずっと与えられている部屋の中で、寝台の上に座り込み、少年は背中を丸めて必死に息を吸い込んでいる。
そんな夜が、友達が出来てから襲ってくる。
では友達はいらないものか? と問われたら少年は首を横に振るって否定するだろう。
一緒に笑ってくれる相手がいることの素晴らしさは、ないよりもあったほうがいいと言い切れる価値のあるものだった。
そういった相手が前の人生ではそんなこと考えもしなかった存在だという現実こそ、少年の罪悪感が加速する要因の一つだ。
ごめんなさい。
少年は誰にも聞こえない声で謝る。謝るさきなどもはやない。自分はあの場所に居ない。
ごめんなさい、ごめんなさい
誰かと関わって、リリアに教わって、まっとうな知識が増えて、だからこそ少年は己の生きてきた時間の異常性や残虐性が理解できてしまったのだ。
この夜も、必死に自分のなかで謝り続けて、意識が落ちるまでそういう長い時間がすぎると思っていたのだ。
だが。
「どうした」
扉を叩く礼儀も持たずに、響いたのは魔の国の王の声だった。夜に似つかわしい静かな声で、少年は背中を丸めて黙った。
見せたい姿ではなかった。
こんなみっともない姿を見られたくはなかった。それだけが真実だった。
「何を泣いている。どこが痛む」
だが遠慮のない手のひらが、少年の背中をそっと撫でた。撫でてさすり、どうした、と淡々と問いかけてくる。
「ごめんって」
「ん?」
「宛先のないごめんなさいは、どこに言えばいいの」
巻き戻った時間の中で、前の人生で殺した相手へのごめんなさいは、どこへ向ければいいのだ。
そんな難しいことは、少年にはわからないことだった。
だが、信じてくれなくとも、過去を話したことのある魔の国の王へなら、情けないが問える気がしたのだ。
無論即答など望んでいない。即答できる問いかけではないことは分かった。
「そうだな」
背中を撫でる手は遠慮がないが、乱暴とは言えない。その手の温度はやさしい。
声は静かで、荒らげられていない。不愉快だと思われていない。
その手を止めることもしないで、声から不愉快さを感じさせることもなく、魔の国の王は答えた。
「祈れ」
「……いのれ?」
「お前が、巻き戻る時間の前で奪い、今は生きている命へ謝罪をしたいというのならば。今その生命が健やかであることでも、精一杯祈ればいい」
「ごめんなさいじゃないのに」
「お前が殺した死者はどこにもこの場にはおらん。それを罪だと思うならば、謝罪ではなく祈れ。前の分まで幸せであってくれと」
「幸せになってほしいって?」
「そうだ」
魔の国の王は落ち着いた声で続ける。
「謝罪よりも、幸せを願うことは時としてそれよりもごめんなさいになる」
ごめんなさいよりも、幸せになってください。
生きているのなら、幸せになってください。
とっても悪いことをしたからこそ、他者に幸せになってほしいと祈る。
それは、少年にとって、少年でも出来そうな一歩だった。
「ありがとう、ラシッドお兄さん」
息ができないほどの罪悪感が、和らいだ気がした。
その日から、少年の毎日に、お祈り、という習慣が始められた。
「幸せになってほしい相手がいるんだ」
そう言って毎日祈る少年から、もうこの時には誰も邪悪さなど感じ取ることはなかった。




