輪の中に入るはなし
魔のものどもの子供は、成長がやや人よりも早い。少し早くて、大人びてくると成長がおだやかになり、成年期になると老化などが人間よりも遥かに遅くなり、長命となる。
そのため、少年が年齢的には自分より小さいのだろう魔のものどもの子供達の中に、それっと言わんばかりに放り込まれたのは、精神年齢が本来ならばかなり近かったからだ。
少年は前の人生での、あまり比べても意味のない歳だけ重ねた過去が実はあるが、ほぼ役に立たない過去だ。
この少年が、同年代の相手とあまりにも接しないで生きてきたと見抜いたリリアは、魔のものの子供達の群れの中に、少年を放り込んだのだ。
というのも、魔のものは本能的に、弱い魔のものに対して、暴力を振るわないのだ。弱者に対して無駄な暴力を振るわないのは、お互いに力の差がはっきりと感じられるからとも言える。真に賢いものたちは、無益に暴力など振るわないものなのだ。
そして小さい子供の方が、その判断が早いとされるのは、武器を持ったり魔術を使ったり、自分の力を底上げする突出したなにかに目覚める前だからである。そのためリリアは、誰がどう見ても弱い、一番弱い、少年を子どもの群れの中に放ったのだ。
「ちっこいの、あんた誰」
「ちっこいの、どこからきたの」
「耳が丸い! ニンゲンだ! でも平気そう」
重ねて言おう。魔のものどもの子供は体の成長こそ人よりやや早い。
だが好奇心は有り余っている。
そのため突如現れた、面白そうな相手に対しての敵意はないが、興味はたっぷりとあったのだ。
まして、仲間のうちの誰よりも、弱っちいのである。
「緑がいっぱいの人間の国。名前は」
忘れちゃったと少年が答える前に、子供たちは少年を、ニンゲン、とだけ認識した。名前の興味はない。ニンゲンである。見たことのないニンゲンである。
ちっこくて細くてとっても弱い!
子供にとってそれだけで十分なのである。
「ニンゲン、鬼ごっこしよう」
「ニンゲン、鬼ごっこ知ってる?」
「し、しらない」
「へー」
少年はそれがきっとありふれた子供の遊びだとは想像がついた。だが、物心ついたら暴言をはかれながら休みなどないように働かされていたため、鬼ごっこすら知らなかった。
少年はそこで、愕然とした。自分が、子供たちが遊ぶようなことすら満足に知らないという現実に。
だがそんな内心など気づかないで、子供たちが手を引っ張ってくる。
「遊ぼう、ニンゲン!」
「あいつ足速いんだぜ」
「あいつ隠れんの上手なの」
「遊ぼう!」
この場で一番弱いと判断された少年は、警戒心など持たれずに、子供たちに誘われるままに、人生で生まれて初めて誰かと遊んだのだった。
「いきなり荒療治に等しいことを」
「子供は子供の社会の中であれこれを学びます。あの子はきっとそれもなかったでしょう。あの子に必要なのは普通の生活です」
「普通か」
「普通がわからないと異常もわかりません。異常がわからないと行く先はただの孤独です」
「なるほどな」
魔の国の王は報告書を片手に頷いた。報告書の中で、彼の呪いを受けた少年は疲れて三回は倒れている。そのため一層、子供達はニンゲンとは弱っちいと学んだらしい。
弱っちい体だけれども、武器を持ったり術を使ったりすると自分たちに並ぶものも現れる。
そういう、実地でなければ体感できないことを学びだしたそうだ。
それくらい本来、人間と魔のものどもは肉体的には違うのだ。
だが、武器と聖術と呼ばれる、人間の使う術がそれを変える。それらがあれば、人間の中には魔のものどもに並ぶ実力者が現れるのだ。
人間は魔のものどもと比べて絶対数が非常に多いため、その実力者の数がそれなりにいるからこそ、いまだ魔の国と人間たちの国は火花を散らすわけである。
「あれに問題はないか」
「目が回っていそうですよ」
「違いない。あれの知らない世界だ」
魔の国の王は頷き、そして問いかける。
「あの鑑定の結果はまだか」
「はい。鑑定をするものたちも手こずっております」
「できる限り急げ。それが必要になる」
「御意に」
リリアとは別の報告者はそう言って執務室から退室する。魔の国の王は少しばかり意識を集中させた。
「ニンゲン頑張れ!」
「がんばれー!」
「まってよ!」
少年が、明るく笑ってはしゃぎまわる声が拾えたことに、魔の王は満足した。
あれは今の生活を喜びとともに受け入れている、と。




