間違っていたはなし
「おじょうちゃん、本当にごめんなさい!」
「リリアさん悪いことしたの」
「したに決まっているじゃないか! 私があの時レイミアの方を優先しないで、疲れているって言ったおじょうちゃんを先に部屋に連れて行ってさえいれば! おじょうちゃんが暴力に抵抗して、あんな呪いを王様にかけられる罰を受けることにもならなかったじゃないか!」
少年は王の手で部屋に戻された。魔の王が直々に抱えあげて部屋に連れて行ったのだ。
そして寝台の上に戻された少年が、そう言えばまだリリアが戻ってきていないなと思い出した矢先に、彼女が魔の国の王様その人がいるにもかかわらう、部屋に駆け込んできて平謝りを始めたのだ。
「あんな外道の呪い! ここまで来る間に聞いた騒ぎが本当だったとしても! 先におじょうちゃんみたいな弱々しい子に剣を向けてきた訓練者たちの方が明らかに悪いじゃないか! なのに! なんで王様はあんな外道の呪いを」
「リリア。誰の前でそれを言う」
「お、王様!!」
平謝りをして、手を握り、泣きださんばかりの顔のリリアがまくしたてるような勢いで喋るのに少年が圧倒されていると、咳払いをして魔の国の王が口を開いた。
「おれの処罰に異論があるのか」
「治癒者としてありますとも!」
王の前であり、王が下した処罰だと言うのに、リリアははっきりとした声で言い返した。
「王様、この度の騒ぎのこと、城中の治癒者が聞いております。あの騒ぎで担ぎ込まれた訓練者たちのこともそうですが、王様が下したこの子に対しての処罰に関してもです! この子はこんなに弱っているのに、刃物を向けられて、抵抗できなければ嬲り殺される運命だったではありませんか! なのに、そんな子に、戦えば手足がとれる呪いをおかけになるなんて!」
リリアは善良な性格をしているのだろう、とその発言の時点ではっきりと明らかだった。そして自分の担当する患者に対して心から寄り添うことのできる優秀な専門職だということもこれではっきりとしただろう。
あの騒ぎを聞いて、それでもできる限り平等に物事を見ようと判断しているのだ。
「リリア。これがどれだけの傷をあの者たちに与えたのかを正確に理解しているか」
「一撃だけではありませんか」
「一撃、そうだ。一撃。だがそれはそれだけで相手が死にかけるものだった」
「えっ、こんな子が?」
訓練者たちの傷の詳細は第三者には伏せられたのかもしれない。それは、あまりにも訓練者たちにとって恥じるべきことだったからかもしれない。
一ヶ月もふせってばかりだった人間のか細い子供に、一撃で死に至るような怪我を負わされかけた、というのは、戦闘訓練を受けているような者たちにとってとても現実に起きたことと思いたくないものである。
それも、自分たちが暴力を浴びせようとした、うまく行けば殺そうと考えていた相手からの一撃だ。
同じ魔のもの同士だったら、間違いなく訓練者たちに絶対の非があるとされただろう。
少年が処罰を受けたのは人間という違う種だったからなのだ。
ゆえにリリアは憤っているのでもある。
しかし、傷の中身を聞いたリリアは絶句して、ありえないと言わんばかりに少年を見やり、言う。
「こんな、砂漠の暑さで寝込んでいる子が、そんなことができるわけが」
「だがしてしまったのだ。証言者を探そうと思えばいくらでも探せるほどの場所で。これで人間に何も咎めがないというのは今の情勢では難しいことを、お前もわかるだろう」
リリアは決して愚かな魔のものではない。ゆえに魔の王の言いたいことを察してうめいた。
この状況で、人間であるこの少年に何も咎めがないというのは、ありえない。
少年をある種守るためにも、何かの処罰は必要だった。咎めを受けなかったことを逆恨みし、少年を本気で害そうとするものが現れる前に。
そして一見してその罰が、厳しい方が効果的だ。
「処罰は的確だった。異を唱えるか」
「手足がもげる呪いではなくとも」
「これを城に置き続けるためには必要な処罰だ。あの騒ぎでこれが自在に戦えるままだということが、どれだけ危険かわからぬわけではあるまい」
リリアがうめいた。泣きださんばかりの顔だ。
それは、衰弱しきっていた少年が、自分が目を離すような真似をしたばかりに、いらぬ疑いを向けられ、残酷な罰を受けたことにたいしての罪悪感からだ。
リリアが弱者に公平で、弱っている相手に対しても平等な心の正しい専門職だからこその後悔だ。
「リリアさん、大丈夫だよ」
そこまでの話がよくわからないななどと思いながらも、少年はリリアに話しかけた。
「えっ」
「ラシッドお兄さんが、ぼくがもう戦わなくていいって言ったんだ。戦っちゃいけない理由をくれたんだ。こんなうれしいこと他にある?」
「そんな、おじょうちゃん」
「腕がもげたら困るから、戦えないよね。足がなくなっちゃったらもっと困るから、戦えないよね。もう、誰もぼくに殺せって命令しないんだ」
この呪いがある限り、この国ではきっと、自分から戦う理由を探し出さなくていい。もっというなら、何者も殺さなくていい。
ひとごろしに疲れ果てた少年にとっては、呪いは神からの祝福に匹敵するすばらしいものという認識だったのだ。
「リリアさん」
少年は心底嬉しそうにいう。
「殺さなくて、いいんだよ!」
これにリリアがついに泣き崩れた。それは少年の言葉の裏にある過去の生活が、それだけ凄惨だと感じ取れたからだ。
魔の国の王が彼女に伝えた少年の実力と踏まえて、この少年がそれを心底嬉しそうに言うだけのものがあると、気付いてしまったからこそ、そう言わせてしまったことに、リリアは泣いたのだ。
だが、魔の国の王は寝台に転がる少年を見やってこういった。
「そんなに嬉しがるのか」
「うれしいよ。したくないこと、もうしなくていいって!」
「しあいは良かったのか」
「すごくいやだった。でも刃のついた剣を使わされて、取り囲まれて逃げられなくて、死にたくない時、ほかにどうすればいいの」
「確かに一理ある反論だな」
「でも」
少年の声が落ちる。
「しあいがころしあいって意味じゃないの、すごくびっくりした。どこでもそうだって聞いたから頭の中ぐちゃぐちゃする」
「リリア。これはこの言葉通り、人間の国で異常に偏った、もしくは間違った知識しか与えられずに育ってきている。お前はそもそも幼児教育の方が得意だと聞いているが、これの教育も頼めるか」
「はい!」
魔の国の王が急ぎ命じるのももっともだった。少年は自覚などほとんどないが、あまりにも何もかもを正しく知らなさすぎるのだ。
特に倫理的な部分において、この少年は非常に欠如したまま生きている。
リリアが涙を拭き立ち上がり、これから魔の国において安全に生活するために必要なことをきちんと教える方法を考え出した時だ。
少年がそれに異を唱えた。
「ラシッドお兄さん、ぼく、そんなに世間知らずじゃないよ」
「この一件ですでに異常な世間知らずもしくは無知だと証明している。それ以上の誤った知識の植え付けがされていることもな」
「そんなことは」
「ある」
きっぱりと言い切られてしまい、少年は自分の身の上に今日起きたことを考え、しあいがころしあいじゃなかったという真実も考え、そうなのかもしれないと思い直した。
己は何を知らないまま生きてきてしまっていたのだろう。
わからない状態でいくら考えても答えなどでない。
今までの人生だったら、たとえ問いかけても答えなど誰からも返ってこなかっただろう。
だが。
「ラシッドお兄さん、違ったら違うって言ってくれる?」
「当たり前だ」
「リリアさん、本当のこと教えてくれる?」
「もちろんだよ、おじょうちゃんが悪い子じゃないのは、私だってわかるんだからね」
「ありがとう」
もう、無視などしないで、教えてくれる相手がいる。
それがどれだけ価値のあることなのかを、少年はすでに知っていた。そのために素直にお礼をいうと、リリアがまた涙を浮かべた。
「こんな素直ないい子に、人間たちはどれだけひどいことばかり吹き込んだんだ」
少年はそれに答えられなかった。どれがひどいのか、わからなかったから。




