流れた年月のはなし
十年の歳月が流れた。少年が魔の国の王に買い上げられてからもうそんなにも時間が経過したのだ。
世界はその十年の間にかなり変わっていた。
人間の国々の実りなどが十年前と比べてずいぶんと豊かになり、長年魔の国を狙い疲弊していた人間の国々は、そもそも軍隊を差し向けるのにはあまり向いていない乾いた大地にある魔の国よりも、ずっと攻め入りやすい同じような環境の、人間の国同士で領土を争い水面下で火花を散らすようになっていた。
それはあくまでも水面下での話で、それの理由は単純だ。長く魔の国と争い国力がかなり低下していた人間の国々は、大々的に争い合うほどあらゆるものの余剰がなかったのだ。
魔の国に攻め入ることを目的として、各国は各々の国の中でもとびきりなにかに優れた兵士を、術師を向かわせていたわけで、人間同士で争うとなると、その数は国という母数の分だけ減った。
減った分戦力は著しく低下した。そして低下しきった状態で争い合うほど、人間の国の権力者たちは馬鹿ぞろいではなかった。
それだけの話だ。
そしてこの十年の間に、人間の国々では、豊穣の女神の加護を持つ少女が数名も乱立するほど現れていた。
人間たちは、女神が苦しむ人々に救いの手を差し伸べているから、これだけ多くの加護を持つ少女が現れたのだ、女神の加護が花開く少女が現れたのだとありがたがっている。
だが、その彼女たちがまだ人々の飢えが満たされきっていないのに、贅を尽くした豪奢な環境で生活をすることに関しては、否定的な視線を向けていた。
女神の加護をもつ彼女たちはありがたい。でもあんなに贅沢をする必要はないはずだ。自分たちはこんなにも税収で苦しんでいるんだから。
そんな考えが、人間の考えの底に流れてしまうのは仕方のないことで、苦しい時に羨ましい生活を送る相手を、誰しも妬むものであり、その生活に疑問を抱くのもまた、当然の思考の流れなのであった。
そんな風に、国の中に熾火のような火種を抱くようになった人間の国とはやや異なり、魔の国はそれほどの火種を抱えては居ない。
そもそも人間たちが攻め入ろうとしなければ、魔のものどもは人間と争おうとは思わない種なのだ。
それは自分たちの方がかなり長命で、身体的な力も圧倒的に高く、本能的に喧嘩をすればどんな弱い魔のものでも人間の屈強な相手に勝てると感じるからだ。
魔のものどもは弱いものいじめを無意識のうちに嫌うものの総数のほうが多い。
ならば何故人間と争っていたのかというと、人間の方が仕掛けてきた争いだからである。そして人間は残酷な方法を使い、魔の国を奪おうとしてきた歴史も長かった。
主体的に争う気はなくとも、自分たちの平和な生活を奪おうとし、愛するものたちを殺そうとしてくる相手に対しては、弱いものいじめなどしたがらない魔のものどもでも、容赦をする、手加減をする、という意識がないのだ。
魔のものどもは愛するものを守ることに関しては、人間よりも無茶なことをする種でもあった。
たまに残虐な魔のものもいるが、大多数はそうではない。
それが魔のものどもの共通した意識である。そのため、人間は残忍だ、残虐だ、という意識を持つ魔のものも、それなりにいるのはどうしようもないことだ。
彼奴等は頭の中身の作りが違う、それも揶揄などでもなんでもなく、魔のものたちが感想として抱く人間に対しての意識の一つでもあった。
それは、同じ種でありながら、ああも争い合う国々を見ると一層思うことで、弱いものから徹底的に搾取する話を聞くことからも抱く感想だ。
だが。
「そんな人間同士でもめている間は、うちの国にちょっかいを出してこないだろうから放っておこう」
魔のものたちの中でも、市井で暮らすものたちは、次第にそう思うようになり、交易で利益を得ようとやってくる物好きな商人たちを敵対視せず話を聞くようになり、国同士で争いあいきな臭い人間の国々の間よりも、こちらで商売をしたほうが安全だと、鼻の効く商人がじわじわと魔の国に移住をするようになり、魔の国でも、たまに人間の姿を目にするようになっていた。
そんな人間の中でも、魔の国の王が十年前に拾ってきた、女の子は魔のものどもにとって特別だ。
可哀想な生まれと育ちだという話で、ただその子はとても見る目があった。魔の国の王に声をかけたのだから。
そしてその見る目を気に入ったからこそ、魔の国の王は女の子を国に連れ帰った。
可哀想なとばっちりを受けて、その子は王から呪いをかけられたけれども、その子はこころがまともに育ったから、呪いはその子を蝕まない。
その子に魔のものどもが何かをしようとすれば、呪いが逆に牙を向く。その呪いは、それ以外がその子を害することを許さないほど苛烈だ。
だからその子は戦わない。戦わせてもらえない。
でも、いい子だ。
魔の国の誰ももっていない、きらきらした綺麗な銀色の髪をして、砂漠の誰もが好きな水と同じ青色の瞳をしていて、そばかすの浮いた顔で笑って、皆の幸せをお祈りする。
そういう子だから、魔の国の王のお気に入りで、手元に置かれていて、その子がたとえ人間でも、幸せそうに笑っているのを見て、羨ましいと思わない。
あんないい子だから、魔の国の王のそばで幸せになったっていいじゃないかと、思わせる善良さがある。
戦えなくてとびきり弱くて、でもとてもいい子。
魔の国の王の、とびっきりのお気に入り。
種が決定的に違うという根底の常識があるからか、魔のものどもはその子を妬むことがない。違いすぎたら、妬めない。そんな考えを、持つという考えすらない。
種が違うというのは本来そういうことだった。
人間の方が、種を飛び越えて、驚くばかりに強欲ということだった。




