本人のはなし
「あ、ラシッドお兄さんだ」
食事の後にまた寝てなさいと女性に言われた後、少年は大人しく寝台の上に寝転がっていた。暇をつぶすための音があまりないが、時折吹く強い風の音を数えるという地味な暇つぶしは見つけたので、それで暇をつぶしていたのだ。
そんな矢先に、扉を開けて入ってきたのは、まだこの場所では見覚えのある魔の国の王だった。
見覚えのある相手がいることにほっとして笑いたくなる。笑いたくなると、口角が上がる気がした。
そんな動きもずいぶんと久しぶりだ。口角が上がるほど感情が揺れるなんていつぶりだろう。
それも思い出せなかった。
魔の国の王は寝台の脇の椅子に座り、口を開いた。
「具合はどうだ」
「寝ていなさいだって」
少年の声に不満の色が乗ったのだろう。それに対して魔の国の王が呆れたようにこう告げた。
「意識を取り戻す気配もなく、何日も熱を出してうめいていたのだから当たり前だろう」
「そんなの色々覚えてない。ここはどこ、お兄さんは何? お兄さんに抱っこされてから覚えてないこと教えてよ」
「その前にお前はどこで今まででどういう生活を過ごしてきていたのだ?」
「お兄さんが魔の国の王様なのは知ってるけど……」
実は少年はあまり自分の頭が良くないという自覚があった。考えが足りないことが多いことも知っていた。
だからうっかり口が滑って、この子供の姿ではとても言えないであろう中身を喋っていた。
魔の国の王の目が鋭くなる。
気配が、変わる。変わった気配はいつかに感じた、敵と相対する時のそれだ。
懐かしい。
「お前はおれの素性がわかっていたというのか?」
「うん」
懐かしさを思い出しながら、少年は頷いた。もうこうなったら出たところ勝負だ。そして少年はあまり、嘘を上手につける方ではなかった。いいや、とてつもなく、それはもう壊滅的に嘘が下手だった。
そのため自分が取り繕ったとしても非常に不信感を煽る結果になることはもう、長い魔王討伐の旅の中でさすがに学習していたことだった。
「何故知っていた?」
端的な問いかけだ、わかりやすくて素晴らしい。遠回りの言い方は理解が出来なくて答えるのに困るのだ。
それゆえ素直にこう返した。
「死ぬ前にお兄さんのこと殺したから」
「は……?」
この少年の言った言葉はあまりにも想定外だったのだろう。それはそうだ。死んだ身の上だの殺すだのといきなり言われて、理解が追いつく頭の相手はそうそう居ない。
「お前は暗殺者なのか?」
「ううん、勇者さま」
「……高熱が続いて、もう言を言うのが治まらないのか。まだ熱冷ましが必要か」
「信じてくれないんだ」
「お前のような暗殺者は広い大陸を見回してもそうそう居ない。少なくともその骨と皮ばかりの衰弱しきった体で、隠し武器を何一つ持たない姿で、毒物を仕込んでいるわけでもない生き物が、自分は暗殺者ですとのたまわって信じるほど、おれは暇ではない」
だというのにそれより珍しいであろう、人間の勇者などと聞いて、信じられるわけもなかろうと魔の国の王は現実的な言葉を続けた。
「じゃあそれでいいや、聞いてよお兄さん」
「もう言を聞けと」
声が呆れている。構うものかと少年は続けた。
「それをぼくが本当のことだって思っているから聞いてよ。いままでのぼくの、とってもつまんない人生の話」
少年はこれはちょうどいいと判断したのだ。相手は自分が言う死ぬまでの話を妄想だと思っている。
はっきり言うと少年は嘘を上手につける方ではない。
不信感ならすでにあるかもしれないが、弱りきったぼろぼろの子供が変な妄想を自分の過去だと強く信じてしまうのは、実はありがちな話だ。
そういう子供のように思われれば、自分の過去を素直に喋っても話半分だと思われるだろう。
思われても良かった。本当の話を、したかった。
すでに変な発言はいっぱいしているのだから。
「ぼくはね……」
少年が口を動かすのを止める気配がないのを知ったか、聞いてやろうという慈悲の心が働いたのか。それとも聞く程度の暇はあったのだろうか。どれだろう。わからない。
それでも魔の国の王が椅子に座り直す。少年は寝転んだまま、できる限り正確に、自分のひとごろしの人生を喋り始めたのだった。
おとうさんとおかあさんはね、小ちゃい頃に隣の国との小競り合いで村が焼かれて死んじゃった。
目の前でさ、逃げろって燃える家に潰されたおとうさんが言ったから、おかあさんに手を引かれて逃げたけど、おかあさんはぼくを庇って矢を受けて死んじゃった。だから死に物狂いで逃げて隣の村の親戚の家まで逃げた。
だから親戚に引き取られたけれど、お前のせいでおとうさんとおかあさんが死んだ疫病神なんだから、自分の食い扶持は自分で稼げっていつも言われて、ずーっと働いていた。ご飯はあんまりもらえなかったからきっと役立たずだったと思う。
寝る時間もあんまりなかったけど、寝るとぶたれたから寝ないようにいっぱい頑張って仕事してた。重たいものもいっぱい運んだ。実は重たくもなかったのかも。でもしょっちゅう転んで笑われたし、商品を汚すなって蹴飛ばされたっけな。
覚えてる限りの間は麦の実りがいいからって、親戚はどんどんお金持ちになってた。天候が良いんだなって言ってたからよくわかんない。
荷物持ちで街に連れて行かれる時に、お腹へりすぎて倒れて捨てられて、奴隷商人に拾われて、あんまり売り物にならなさそうだってことでまた捨てられて、街の近くで放り出されて、
「なんかに呼ばれてる気がしたんだ」
「呼ばれている気がした?」
ここで沈黙していた魔の国の王が問いかけてきたから、少年は頷いた。
「懐かしい感じのなにかに。その音を辿って、探したら、聖域の聖剣の前に居た」
「……」
「それでね。もう飽きた?」
「いいや。わかった、続けろ」
「ありがとう」
聖剣を抜いたんだ。ぱーって光が空に登って、沢山の人がやってきて、とってもありえないけど今代の勇者はこいつだってなって、戦う練習をいっぱいした。魔法とか、剣術とか、体術とか。二年くらいだったかな。それだけしかしなかった。文字? 読めないよ。いらないって言われた。
二年経ったら、国の王子様が勇者だっていう式典をして、ぼくは勇者のお供として魔王討伐の旅に出た。
いっぱいころした。魔のものどもは死体が残らないから魔の国の王の力で出来上がっているからいいんだって言われて、いっぱいいっぱい。
大きいのも小さいのも強いのも弱いのもいっぱい殺した。
死体が残らないから生き物じゃないんだって言い聞かせた。
それで、何年の旅だったかな。季節は四回巡ったかな。それ以上だったかもしれない。聖剣の力を強めるためにっていう巫女の言葉で世界をいっぱい巡ったからうまく思い出せないけど。
それでようやく、魔の国の王を倒すに値するだけの力が聖剣に宿ったって言われて、魔の国の城に入った。
勇者ってことになってた王子様とか、巫女さんとかは城に入らなかった。お前だけでいいって言われた。
一緒だとうるさくて気が散るからちょうどよかった。
それでお城の中に入って、下働きのふりをして、ちょっと時間がたって、魔の国の王にあえた。
「いい男だなあって思った」
「……は?」
「いっぱい男は見てきたけど、その中で抜群にいい男だなあって思った。これ欲しいって思った。ほしいって思うの初めてだった」
「それがおれと同じ姿だったのか」
「だって魔の国の王だもん」
勇者だから魔王を討伐させてもらうって言ったら、民の餓えと渇きを満たしたいだけだ、我々は侵略などしていない、我々の土地にある力を他の国が欲しがっているゆえの”きべん”だって言われた。
でも、魔王を倒せば平和な国になるってずっと聞いてたから、魔の国の王の言う事よくわかんなかった。
だからそこで、戦いになった。
お城は吹き飛んじゃった。色んなものが吹っ飛んだ。燃えたし焼けたし凍ったし壊れた。
それで最後に、ぼくは魔の国の王の心臓を貫いた。あと一歩ためらってたら無理だった。ほとんど相打ちみたいなもんだった。
「ここにね、魔の国の王の剣が刺さった痕があったはずなんだけど。……あ、あった」
少年が言いながら腹部を指で探ると、引き攣れた皮膚の感触があった。貫頭衣のような服をまくると、傷がそこに確かにあったことに、魔の国の王がかすかに目を開く。
欲しかったけど殺しちゃった。そうしなきゃだめだって言われてたから。
それで魔の国の王を倒して、外で待機していた王子様とか巫女さんに回収されて、世界が平和になると思ったらならなかった。
人間同士での殺し合いが始まった。理由は知らない。聞いていないし教えてもらってないから。
勇者のやること終わったと思ったら、地下牢に放り込まれて、仕事の時だけ外に出される生活になった。
仕事は、ひとごろしだった。
魔のものどもとの戦いで強くなった力を、ひとにぶつける仕事だった。
死にたくないって、それだけしか思わなかったから言うことを聞いた。食べさせてもらえなかったら死ぬから。外に出して貰える方法がそれしかなかったから。
「勇者ならば抵抗ができたのではないか」
「そういうの考えつかなかった」
「……その額の奴隷の印と関係があるのかもしれないな」
「そうなんだ」
それでいっぱい殺して、殺して殺して、きっと神様の罰で体が壊れてって、死んだと思ったら、時間が巻き戻って聖剣の前に居て。
「もういっぱい殺すの嫌だなあって思って、知らん顔してそこから出て、ふらふらしてたらラシッドお兄さんにぶつかって、夢が叶うんだと思ってああ言った」
「ほかには」
「これでおしまい。つまんないでしょ」
少年はそう言って欠伸をした。たくさん喋ったからなのか、眠い。
それでも、魔の国の王がここを去るまでの間は、起きていたいなと思った。この姿が生きているのを見るのを、まだ見ていたい。
そんなことを思ったのだ。
「お前が、そういう妄想をしてしまうほど、お前の人生はその歳で過酷なものだったのだな」
「信じないならそれでいいや、ちゃんとぼくはおはなししたからね」
少年の意識がとろけだしていく。まだ起きていたいのに。
「寝たくないなあ」
「安心しろ。もうこの場所には、お前にそういうものを強いるものはいない」
「もっと、お兄さんのこと、見てたい……」
「また来てやる」
ああ、またがある。そう言ってくれた。その言葉を信じたっていいんだ。信じたいものを信じればいいんだ。
少年はふっと気が楽になって、目を閉じた。
額を、優しい何かが撫でてくれた気がした。




