034・常雨の湿原
新装備を入手し、僕らは『魔窟迷宮』の中へと入る。
1、2階層の『赤い荒野』、『大森林』を約4時間かけて抜け、『第三の祠』へと辿り着く。
中の長い下り階段を降りていき、
(? ……何か音がしてる?)
と、気づく。
やがて音は大きくなり、階段を降り切れば、祠の外には大量の雨が降っていた。
いや、酷い土砂降り……。
広大な湿原は、大半が水面で所々、長い草木や大きな岩が水面上まで生えている。水面には波紋が絶え間なく弾け、目に見える景色は全て灰色に煙っていた。
呆ける僕に、お母様は穏やかに微笑む。
「3階層は『常雨の湿原』なんです」
「常雨……」
「はい、この雨が止む事はありません。この階層が発生した時からずっと、1日も休みなく降り続けているそうです」
「…………」
マジか。
(魔窟迷宮って、本当、異常空間だなぁ)
「この階層の魔物は、『毒蛙』、『シザーハンズ』、『水晶スネーク』、『動く樹木』、『飛翔針魚』、『朧の巨影』などです。大半は水陸両生であり、水中にいる場合は発見が難しいため、襲撃の注意が必要です」
「はい」
「特に『朧の巨影』は3階層最強の魔物です」
「えっと、どんな魔物ですか?」
「一言で言えば、『樹木の巨人』ですね。最大20メード級の巨体で、やや鈍重ですが、その攻撃の破壊力は侮れません」
「ふむ……」
「その上で、1番厄介なのは『コレ』です」
ジャポッ
彼女は、祠の外の湿原に片足を入れる。
その足は、膝下まで水中に沈む。
(あ……)
僕は気づく。
「もしかして、この階層全て、このぐらいの水深が……?」
「はい」
足を抜き、彼女は頷く。
(うわ、最悪だ)
想像して欲しい。
例えば『樹木の巨人』が鈍重な動きで殴ってきたとして、普通の地面なら簡単に避けられるとしよう。
でも、この水の中で、同じ速さで動けるか?
――無理だ。
水の抵抗で、全然、動きが遅くなる。
撤退を決め、走って逃げようとしても水が邪魔で速く走れない。
理解した僕に、お母様は言う。
「ええ。3階層で1番の難敵はこの『環境』です」
「環境……」
「雨粒で常に『視界』が悪く、『音』も遮られ、『臭い』も流れてしまいます。私の『索敵』はほぼ役に立ちません」
「あ……」
「エト君の気づいた通り、水の抵抗で『動き』も阻害されます。濡れる不快さは『集中』も乱すでしょう。また普段意識しない『体温』も多く奪われていきます。そして、水中の魔物は私たちに隠れながら接近でき、もし気づいても、こちらの剣などは『水』が邪魔をして簡単には届きません」
「……怖い場所ですね」
「ええ。1、2階層とは難易度が違います。充分な注意が必要でしょう」
と、お母様は強く頷く。
幼女も、
「……レ、レイナもこの階層、あんまり好きじゃないよ」
と、雨の景色を見ながら言う。
お母様も苦笑し、
「そうですね、お母様も同じです。――いえ、『魔狩人』で好きな者は極少数でしょう」
「ですか……」
「はい。労力に対し、手に入る『魔物素材』の価格はそこまで高くないので」
「…………」
「ただ、この特殊な環境ゆえに、この階層でしか手に入らない『希少な植物素材』は多いらしく、薬師や魔学者、錬金術師から『採取依頼』が出される事は多いです。それを専門に引き受ける『冒険者』もいますからね」
「へぇ……なるほどです」
この『常雨の湿原』ならではの需要もあるって事か。
(……王国の資源庫、か)
なるほど、そう呼ばれる理由がよくわかる。
そして、もし『魔窟迷宮』の生物説が正しいなら、本当、美味しい餌を用意して人を誘い込んでいるって感心しちゃうな。
やがて、僕らは購入したばかりの『防水ブーツ』と『防水の外套』を身に着ける。
外套のフードを頭に被り、
「今後、ここを狩場とするかはわかりませんが、下階層に行く際、必ず通過する場所です。その特異性を体験し、学んでおく事は必要でしょう」
「そうですね」
「ええ。では、エト君、レイナ、行きましょう」
「はい」
「う、うん、お母様」
僕と幼女は頷き、3人で祠を出る。
途端、外套に雨粒が当たり、軽い衝撃と雨音の騒音が弾けていく。足は膝下まで水に浸かり、重く抵抗を感じる。
(わぁ……)
想像以上だ。
集中しないと、本当にヤバそうだね。
僕は気を引き締め直し、母娘と一緒に灰色に煙る『常雨の湿原』を進み出した――。
◇◇◇◇◇◇◇
ドッ バシャン
マギ・ブラスターから発射された『光弾』は水面に飛沫を散らして、水中の巨大な蛙に命中する。でも、弾速、そして、魔力の輝きが減少したように思う。
(っ……威力減衰)
水の抵抗で、『魔力の弾丸』の殺傷力を減らされたらしい。マジか~。
ただ、『毒蛙』には致命傷を与えられたようで、紫の血液が水中に流れ出し、魔物はお腹を晒して水面にプカ……ッと浮かんでくる。
と、幼女が慌てて、
「お、お兄様、蛙、触らないで。体表の粘液、毒だから」
「え? あ、そうなの?」
「う、うん。近くの岩に上がって」
「ん、わかった」
僕は、近くの足場となりそうな岩の上に登る。
母娘も同じような岩に乗っていて、幼女はホッと息を吐き、お母様は雨で『索敵』できない分、一瞬も気を抜かずに周辺警戒を続けている。
その横顔は真剣で、
(う~ん、敵の位置がわからないって、相当やばいんだね)
今までマルティーナさんのおかげで、1度もそんな状況なかったもんな。
常に先手が取れる。
それは同時に、安全も確保できているのと同義だったのだろう。
そして、もし逆になったら、その相手の先手で、僕らは全滅しかねない訳なのだ。
幼女は、近くの枝で『毒蛙』の死骸を引っ掻ける。
水上に持ち上げ、
「……ん。解体するね」
「えっと、触って大丈夫なの?」
「て、手袋するから」
と、厚手の防水手袋を装着し、『紅い解体ナイフ』を取り出す。
サクサクッ
手際良く『毒の外皮』を剝ぎ、袋に詰める。他の部位は、ボチャッと水中に捨てる。
ナイフと手袋を水で洗い、
「き、切れ味、凄かった」
と、笑顔で僕のご報告。
(そっか。竜素材のナイフ、お気に召したみたいだね)
僕も、
「解体、上手だったよ。さすがだね、レイナちゃん」
と、褒める。
幼女は「えへへ」とはにかみ照れて、外套の下では尻尾が左右に動いているのがわかる。
と、その時、
「エト君、レイナ、気をつけて、『水晶スネーク』がいます」
「え?」
(え?)
突然の警告に、僕と幼女は驚く。
お母様は岩の上から槍の先を水中に向け、その穂先の延長上には、レイナちゃんの捨てた『毒蛙』の残骸が沈んでいた。
次の瞬間、それが消える。
(へ……?)
え、何?
目を凝らし……あ、いるわ。
水中の中に、透明な長い生き物が動いているのがわかった。多分、体表が鏡みたいに反射しているのかもしれない。
その『水』に擬態する蛇――『水晶スネーク』が『毒蛙の残骸』を丸呑みにしたのだ。
(うわ、意外とでっかいぞ)
多分、体長7メードぐらいある。
それが今も目の前にいるはずなのに、時々、位置がわからなくなるような透明感で水中を移動していくのである。
(こりゃ、本当にわからないわ)
と、感心しながら、銀色の『マギ・ブラスター』を構える。
――ロックオン。
赤い照準を表示し、狙いを固定。
(おや……? 一瞬、見失っても照準は消えないのか)
つまり、位置がわかる。
おっと、こりゃ、便利だ。次から見つけた瞬間、『ロックオン』は必須だな。
僕は笑い、
ドドドッ パパァン
水面に無数の飛沫を散らし、『水晶スネーク』を射殺した。
◇◇◇◇◇◇◇
約2時間、雨の中で『狩猟』を行った。
臭いでの『索敵』はできなくても、マルティーナお母様の経験と洞察力は、やはり魔物を先に見つけてくれる。さすが、ベテラン『魔狩人』だ。
尚、『シザーハンズ』は巨大な鋏を持った蟹と海老に似た生物で、硬い外殻は『通常射撃』を弾き、『魔力充填射撃・第1段階』で倒した。
幼女曰く、
「み、身を茹でると美味しいんだよ」
との事である。
食べてみたかったけど、時間の関係で今回は断念。後日、試してみたいな。
また『飛翔針魚』は、名前の通り、トビウオみたいに空中を飛ぶ魚だ。口が針みたいに尖り、水中から射出される『針の弾丸』みたいな感じで襲ってくる。しかも、群れで動きも速い。
だけど、
ガッ ギィン
『風槍の狼』の鋭い槍捌きが飛んでくる魚を全て弾き、水中に叩き落とす。
その時には、すでに『ロックオン』済み。
『赤い照準』が水中を素早く動き回るけど、引き金を引けば、水に大量の鮮血が混じって『飛翔針魚』たちの死骸が浮き上がったんだ。
「まぁ……あの速さに1発で当てられるなんて……。さすがエト君ですね」
「お、お兄様、凄い!」
と、母娘に感心される。
(いやぁ、えへへ……)
と、僕も上機嫌にさせて頂く。
正直、激しい雨の中、活動し続けるのは大変だけど、母娘と一緒のおかげで集中力の消耗はそこまでではない。
先輩魔狩人の母娘の方も、まだ余裕が見える。
なので、更に『狩猟』は続行だ。
湿原の中を、膝まで水に浸しながら歩いていく。
と、その時、
(ん……あの木、動いたような?)
若干、枝が動いてる。
でも、雨粒が当たって、葉が揺れているだけにも思える……う~ん?
「あの、マルティーナさん」
「はい」
「あの木、動いてます?」
「え? あ……あれは『動く樹木』ですね」
との返答。
(え、やっぱり魔物?)
「樹木に擬態し、近づく獲物を枝で殴って殺傷、その体液を吸収します。根のような足を動かし、移動もできます」
「ええ~……」
「動かない間は、本物の樹木とほぼ見分けがつかないのですが……よく見つけましたね、エト君」
と、褒められる。
いやぁ、偶然です。
その『動く樹木』は高さ2メートルぐらいで、葉の茂った枝が何本か生えている。その枝の内、腕のように長いのは4本ぐらいかな?
よし、『マギ・ブラスター』で……と、右手に銃を出現させて、
(……待てよ?)
ふと、思いつく。
左手を見れば、新装備の『紅い手甲』がある。
でも、今まで1度も出番がない。
(……ふむ)
少し考え、お母様を見る。
「あの、すみません。1回だけ、僕1人でコイツと戦ってみてもいいですか?」




