035・自衛の練習
「……本気ですか?」
マルティーナさんは驚いたように僕を見る。
レイナちゃんも紫色の綺麗なお目目を真ん丸くして、僕を見上げていた。
僕は頷く。
「はい。少し経験を積みたくて」
「ですが、危険です」
「わかってます。だけど、今ならもしもの時でもマルティーナさんのフォローが入る。危険だけど安全です」
「…………」
「この間、マルティーナさんも言っていたじゃないですか。今後、僕やレイナちゃんも自分で身を守る場面が出てくるかもって。なら、ぶっつけ本番より練習してから、その場面に遭遇しませんか。そうじゃない方が逆に将来、危険です」
「エト君……」
「お願いします、マルティーナさん」
僕は、彼女を見つめる。
お母様は数秒、僕を見つめ返し、やがて、息を吐く。
「わかりました」
と、認めてくれた。
(やった)
「『動く樹木』は擬態が脅威で、正体に気づいてしまえば、そこまで手強い相手ではありません。ですが、充分に気をつけて」
「はい」
「私もすぐサポートに動けるように備えておきます」
「ありがとうございます、お願いします」
「……がんばって」
「はいっ!」
僕は強く頷き、前に出る。
一方、お母様は心配そうな表情のまま場所を譲ってくれ、幼女は祈るように胸の前で両手を合わせ、僕を見守っている。
(よし、やるぞ)
ドッ パァン
マギ・ブラスターを構え、1発、奴の細く短い枝の1本に当てる。
光弾が弾け、枝が折れる。
ザワッ
奴も僕の存在に気づき、4本の生えた枝を腕のように広げてみせる。根のような無数の足を触手のように動かし、ジャポジャポと地面の水を散らしながら僕の方へと近づいてくる。
あまり速くはない。
狙えば、マギ・ブラスターの連射で即、倒せてしまうだろう。
(でも、それじゃ意味がない)
僕は息を整え、覚悟を決める。
ジャポン
接近戦を挑む『戦士』のように、足元の水をかき分けながら前へと進んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(落ち着け)
僕は、自分に言い聞かせる。
相手の武器は、あの『4本の枝』だ。
その長さから間合いを推測し、その攻撃を捌いてから反撃しよう。
大事なのは距離だ。
枝が届く距離なら要警戒。それより遠いなら安全。その境界線をしっかり把握し、意識しておくんだ。
ジャポッ
目の前の『動く樹木』が根の足をうねらせ、少しずつ近づいてくる。
僕は左腕の『紅い手甲』を盾のように前に構え、右手の『マギ・ブラスター』も射撃可能な位置にしておく。
間合いに――入った!
ボヒュッ
(来たっ)
思った通り、4本の枝の内、1本が斜めに振り回される。
僕は『紅い手甲』を進路上に置き、低い姿勢で両足を踏ん張った。
ガァン
強い衝撃が弾ける。
まるで硬い木材で殴られたみたいで、
(いや、まんまか)
あの枝の1本1本が『木剣』とか『木刀』と同じなのだ。
つまり、動きは遅いけど、身長2メートルの『四刀流』の敵という事である。いや待て、さすがに4本は多いぞ。
(少し減らすっ)
僕は『マギ・ブラスター』の引き金を連続して引く。
ドドドッ ゴパァン
連射し、殴ってきた枝の1本を半ばから粉砕し、『三刀流』まで強さを落としてやる。
(よし)
と、思ったのも束の間、
ブン
奴は間髪入れず、別の枝で僕に殴りかかり、慌てて『紅い手甲』で防御する。
ドガン バシャア
(ぐあっ)
体勢が悪く、足を踏ん張り切れなくて、水の地面に吹き飛ばされてしまった。
げほっ、水、飲んだ。
慌てて立ち上がる僕の耳に、
「エト君っ、『動く樹木』に痛覚はありません! 痛みで怯んだり、動きを鈍らせる事もないのです! 注意して!」
「り、了解ですっ」
お母様からの助言に僕は頷く。
(そうか、痛覚ないのか)
また1つ勉強になった。
やはり、経験しておいてよかった。
今後、僕は2度と同じ過ちは犯さないし、今ので僕はより強く成長したのだ。
(よし……今度は、僕から行くぞ)
笑い、銃を構えて引き金を引く。
ドッドッドッ
光る『魔力の弾丸』が奴に何度も命中し、木の肉体を削っていく。でも、当然、止まらない。
3本の『枝』を振るってくる。
ビュビュン ガァン
右からの2本の攻撃は間合いの外に避け、左からの攻撃は『紅い手甲』で弾く。
そして、反撃の射撃。
ゴパァン
また1本、枝を粉砕する。
ただ、攻撃を受けた際、枝に生えた無数の『葉』が僕の頬を薄く裂いていた。
葉の部分は本物の植物と同じだけど、振り回された速度で刃物のように肌を裂く威力になったみたい。
(なるほど、勉強になる)
脅威は『枝』部分、その優先度は変わらない。
防御は必須だ。
でも、防御の時は、枝に付属した『葉』はどうしても当たる。
そこまでは防げない。
ただ大した威力はないし、無視しても良いのだろう。
だけど、もし、その『葉』が目などに当たれば大惨事で、その点の注意は必要になる。
(実体験は大事だな)
強く記憶に残る分、学び易い。
その後も奴の動きを観察しながら、2本の『枝』を防御し、『マギ・ブラスター』で反撃を重ねていく。
幹の3割が削れると、動きが鈍くなる。
(……奴の限界かな?)
理解し、僕は『学習』の終了を決断する。
ジャポポッ
後ろに大きく下がり、鈍った『動く樹木』から間合いを広く取る。
そして、引き金を連射。
ドドドッ ゴガァァン
残り2本の『枝』と本体の『幹』部分を粉砕し、『動く樹木』は水の地面にバラバラになって倒れていく。
バッシャアン
大きな水飛沫が散る。
小さな枝がしばらく、ピクピク……と動いていた。
けど、それも止まる。
(よし)
絶命を確認し、僕はリロードを行う。
と、その時、背後からパシャパシャと水音がして、振り返れば、笑顔の母娘が僕の方へと駆け寄ってくるのが見えた。
「お見事です、エト君」
「エトお兄様!」
(あ……)
その姿にようやく肩の力も抜け、僕も「うん」と笑顔を返したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(う……くすぐったい)
頬の傷にマルティーナさんが軟膏を塗ってくれている。
だけど、その白い指が肌を撫でるたび、何だか気恥ずかしい気分になってしまう。
夜はもっと凄い事されてるのにな……。
と、手頃な木の下で雨宿りしながら、僕は手当てを受けていく。
その時、お母様が指を止めずに、
「それにしても、先程は見事な捌きをしていましたね、エト君」
「え?」
「芯で受けず、威力を上手く流していました。あれほど上手に防御できる技術は、やはりお爺様に習ったのですか?」
「え、あ、いえ、マルティーナさんに」
「え?」
「え?」
僕とお母様は動きを止め、しばし見つめ合ってしまう。
幼女は小首をかしげ、マルティーナさんは『私?』と不思議そうである。
(あ~、言葉足らずだ)
僕は気づき、説明する。
「いえ、ほら、僕、ずっと『前衛』のマルティーナさんの背中を見てきましたから」
「…………」
「だから、受け方とか避け方とか色々学べたんです。立ち方とか、相手との位置とか、攻撃を受け流す角度とか、反撃のタイミングとか、他にも色々」
「……まぁ」
「ただ僕は『獣人種』じゃないので、マルティーナさんみたいな反射神経、身体能力はないから同じ動きはできません。その分、相手の形態などから攻撃パターンを計算、想定して、その防御方法も何パターンか用意して、大まかな予測で対処しました」
「…………」
僕の説明に、マルティーナさんは紫色の瞳を丸くしている。
幼女も、
「……お、お兄様、凄い……」
と、感動した様子だった。
(そうかな?)
僕には足りない部分が多い。
その分、頭を使い、工夫で何とかするしかないのは当然だろう。
あと、やはり『マギ・ブラスター』という強力な武器があるのも精神的に助かっている。
当たれば、ほぼ勝ち確の威力があるから。
加えて、1度でも威力を見せれば、相手はそれを警戒し、僕としても次の行動を『誘導』し易くなるからね。
その分、予測も防御も楽になる。
(うん、やっぱ、マギ・ブラスター様々だなぁ)
そんな僕を見つめ、
「……エト君はきっと、天性の『狩人』なのですね」
と、お母様はしみじみとした表情で頷いた。
……何のこっちゃ?
僕の反応に、マルティーナさんは困ったように笑い、「いえ、何でもありません」と首を振る。
やがて、軟膏を荷物にしまい、
「では、また獲物を探しましょう」
「あ、はい」
「う、うん、お母様」
彼女の言葉に、僕と幼女は頷く。
そして、僕らは獲物を求め、再び『常雨の湿原』を歩いていく。
その後、何回か戦闘があり、『単独の魔物』の時は『僕1人』で相手をさせてもらい、経験を積んでいく。
ゴキッ ドッ パァン
結果、受け流しながらの射撃も会得する。
(よしっ、これはいい!)
攻防一体、頭の中のイメージといい感じに重なった。
熟練の『魔狩人』であるお母様も「今の動きは素晴らしかったですね」と感心したように褒めてくれた。えへへ、嬉しいね。
そして、そんな僕に触発され、
「レ、レイナもやる」
(え?)
幼女の宣言に、僕、びっくり。
でも、お母様は娘の珍しい積極的な発言に「いいでしょう」と頷かれた。
(え、いいの?)
いつも後方で隠れてる幼女を『前衛』に出すんだよ?
でも、マルティーナさんは意外と娘に厳しくて、盾の構え方を指導し、そして実際に泳ぐ『飛翔針魚』の前に押し出したんだ。
水中を凄い速さで魚影が近づく。
バシュッ
直後、水面が弾けたかと思うと、先端の尖った魚が『弾丸』のように金髪の幼女目がけて空中を突っ込んできた。
「んっ!」
ガイィイン
凄まじい衝突音が響き、雨の中でも火花が散る。
幼女は『紅い盾』で『飛翔針魚』を叩き落とし、その先端の針のような口が砕け、圧力で内臓が爆ぜた魚の魔物の死体が水面にプカリと浮かんだ。
(うわ、凄っ……)
僕、目が点だ。
確かに幼女は力持ちだ。
普段、自分の倍以上の荷物を背負い、歩き回っている。
その怪力と『獣人種』特有の動体視力、反射神経、運動能力が、あの弾丸の如き『飛翔針魚』を正確に捉え、1発で叩き潰したのだ。
(ああ、うん……強いわ)
年齢と外見で侮りがちだけど、彼女、多分、素なら僕より断然強い。
さすが、マルティーナさんの娘。
そして、王国最高の『魔狩人』と言われた父親――レオンダーク・シュメの血を引くだけあるって訳だね。
自身の戦果に、幼女も紫色の目を輝かせる。
僕らを振り返り、お母様は満足げに頷く。
僕も笑顔で、
「うん、お見事、レイナちゃん!」
「あ……えへへっ」
親指をビッと立てると、幼女は照れたようにはにかむ。
でも、尻尾パタパタ。
(うん、可愛えの~)
僕、ほっこりである。
僕と幼女も意外と自分たちで身を守れる事がわかり、お母様もどこか安心と納得の表情をしている。
その後も、時々危ない時にお母様のサポートを受けながら、僕とレイナちゃんは『練習』と『狩猟』を続けた。
やがて、雨中の空も夕焼けに。
お母様は外套のフードを軽く持ち上げ、その空を見上げながら美しい紫の瞳を細める。
そして、僕らを見て、
「今日はここまで。あとは明日のため、野営の準備を始めるとしましょう」
と、宣言した。




