032・仇討ちの思い
「――今回はご苦労だった」
騎士団本部で、マリウス団長が僕らに労いの言葉を投げかける。
昨晩、森で野営し、そして本日の午前中、僕と騎士団は無事『オルガランテの街』への帰還を果たしていた。本部の応接室には今、団長と『黒の王剣』のジューレンヌさん、そして僕とシュメ母娘の5人がいる。
マリウス団長は1枚の『封書』をパーティー代表のお母様に渡す。
「依頼達成の証文だ」
「はい」
「今回、『索敵』以外にも多くの貢献をしてくれた旨、きちんと記してある。その分もきっと、ギルドから取り計らってもらえるだろう」
「そうですか、ありがとうございます」
マルティーナさんは長い金髪を揺らしながら、丁寧にお辞儀する。
それに倣い、後ろで僕と幼女も頭を下げた。
と、銀髪の美女が、
「本来、『戦闘不参加』の約定であったが、緊急の協力要請に応じてくれた事、深く感謝している。王国騎士団を代表し、貴殿らに礼を言う」
軍人らしい顔で生真面目に言う。
僕は笑い、
「僕も『竜』と戦えて、楽しかったです」
「……そうか」
彼女は苦笑する。
お母様も困ったように笑い、気を取り直したように言う。
「もしもの想定はしていました。それに事前にその可能性も示唆されていましたので、気になさらずに」
「そう言ってもらえると助かる」
「はい」
「だが、やはり言葉のみでは不足だろう。よって、貴殿らには別に謝礼を用意した」
「え?」
(謝礼?)
僕と母娘は目を丸くする。
ジューレンヌさんが「団長」と声をかけ、マリウス団長は「はい」と頷くと隣室へと1度退室し、すぐに大きな布袋を手に戻ってくる。
(何だ、あれ?)
長机に置かれ、褐色の手が封を開く。
ゴトッ
手のひらサイズで涙型の『赤褐色の鱗』が7つ、重い音と共に現れた。
(おお……っ)
僕は青い目を瞠る。
「『地角竜の鱗』だ」
「!」
「貴重な素材だが、回収した一部を渡す。武具や防具に加工すれば、今後の『魔狩人』としての活動にも役立つだろう」
マジで?
お母様も驚いた様子で、
「よろしいのですか?」
「構わん」
「…………」
「今回の任務、『負傷者』は出たが『死者』は出ていない。その要因は、逃走した雌竜を短時間で仕留められ、雄竜戦への加勢が早かった事だろう。――その礼だ」
と、金色の瞳は僕を見る。
ドキッ
褐色肌のダークエルフ美女の真っ直ぐな視線に、一瞬、胸が高鳴る。
そんな僕らの様子に、マルティーナお母様は少し落ち着かない表情になっている。
「……では、遠慮なく」
「ああ」
お母様は布袋を受け取る。
竜素材、か。
(これで新しい武器や防具、作れるのかな?)
少しワクワクする。
布袋は、幼女の背負うリュックの中に収める。
ズシ……ッ
相当重量があるだろうに、彼女は相変わらず平気な顔である。
そうして用事も済み、僕らも退室してギルドに報告に戻る事にする。2名の騎士様に一礼し、扉へと向かい、
「――マルティーナ殿」
その時、ジューレンヌさんが突然、お母様を呼び止めた。
(?)
僕と母娘は足を止め、振り返る。
銀髪の美女は金色の目でマルティーナさんを見つめ、口を開く。
「今回、『竜の痕跡』が発見されたため一時的に中断されたが、これで我らの本来の任務『大霊峰の崩落』の調査は再開されるだろう。そして私もしばらくの間、この『オルガランテの街』に滞在する事になる」
「そうですか」
「……確認するが、貴殿らは今後も『魔窟迷宮』に挑むのだな?」
「ええ、そのつもりですが」
「ならば、『頼み』がある」
「頼み……?」
「王都アヴィタでも『情報』を集めていたが、やはり距離がある。そして、現場の生の声や感覚には敵わない」
「…………」
「だからこそ、現役の『魔狩人』である貴殿らに頼みたいのだ」
「……何をですか?」
形の良い眉を寄せ、マルティーナさんは怪訝な表情で目の前の美女を見つめる。
銀髪のダークエルフ美女は、数秒、沈黙する。
やがて、桜色の唇を開き、
「――『黄金霊虎』の情報だ。何かあれば、すぐに私に教えて欲しい」
◇◇◇◇◇◇◇
騎士団本部をあとにした僕らは、約3日ぶりに『母娘の家』へと帰ってきた。
(やっぱ、我が家が1番だね)
自分の家ではないけれど、今の気分はそんな感じ。
尚、帰路の道中、マルティーナさんの馴染みの『武具・防具店』に立ち寄り、『地角竜の鱗』を素材とした新装備も注文してきた。完成が待ち遠しいな。
それと、もちろん『冒険者ギルド』にも行っている。
例の『封書』を提示し、予定より多くの報酬を頂き、また加算される『貢献度』も1・5倍になったらしい。やったね!
自分の胸元を見れば、
チャラッ
青く文字の光る『登録カード』が揺れている。
見れば、幼女も同じように自分の『緑印級』となった金属プレートを眺めている。
と、ふと僕と目が合い、
「え、えへへ」
「あははっ」
と、一緒に笑ってしまった。
そんな僕らに、マルティーナお母様も優しい表情である。
そうして旅の荷物を片付け、お風呂に入り、やがて、夕食を食べる。
母娘との団欒の時間。
(ん~、幸せ)
命の危険もない、安全で楽しい一時だ。
今回の旅の話や竜の迫力、お兄様の凄さ(幼女・談)で盛り上がり、やがて、就寝の時間がやって来る。
幼い彼女は、先にお眠りに……。
そして、僕とお母様は『秘密の夜』の時間を開始する。
旅の疲れもあるはずなのに、少年の肉体の若さには勝てず、お母様も大人の包容力で僕の欲情を受け止めてくれた。
「ふ……っ、ああんっ」
(マ、マルティーナさん……っ)
愛しい美女との最高の夜を堪能する。
やがて、お互い裸のまま、ベッドの上で倒れたまま息を整える。
気怠げな時間。
僕の腕を腕枕にする彼女の、綺麗な金色の髪を指で優しく梳いてしまう。
心地好さそうにマルティーナさんも紫色の目を伏せている。
…………。
しばらくの間、穏やかな沈黙に浸っていた。
その時、ふと、
「……彼女はまだ、あの人を愛しているのですね」
と、お母様の唇が言葉を紡ぐ。
(え?)
その美しい横顔を見る。
その瞳は、どこか遠くを見ながら、
「ジューレンヌです」
「あ……」
「彼女は今も、あの人を殺した『黄金霊虎』の情報を集めている。きっと仇を討つために……」
「…………」
「彼女の中では、まだ終わっていないのです」
「……はい」
僕は頷いた。
頷くしかない。
(7年前の事……でも、当事者にはつい昨日の事と同じなのだろう)
時間の単位は、意味がない。
少なくとも、あの時のジューレンヌさんの表情を見ていれば、そう思い知らされる。
僕は言う。
「あの、マルティーナさんも仇を討ちたいんですか?」
「…………」
「…………」
「思いはあります。ですが、現実的ではありません」
「現実……」
「私の腕では、相対した瞬間に殺されて終わりでしょう。……幼い娘を残して、必ず死ぬ戦場に立つ気はありません」
僕は驚く。
(瞬殺……? このマルティーナさんが?)
その意味が染み、背筋が凍る。
「そんなに強いんですか?」
「はい」
「昨日の『地角竜』より?」
「魔窟迷宮の下層には『地角竜』と同格、あるいは格上の魔物が普通に生息しています。そんな魔窟迷宮の頂点の位置する『特殊個体』の1体が『黄金霊虎』です」
「…………」
何それ……?
(え、どんだけ強いの?)
僕は恐怖と好奇心で聞く。
「ソイツ、どんな魔物なんですか?」
「私も直接、目にしたことはありません。ただ、有名な存在なので情報はよく聞いています」
「…………」
「まず、『物理攻撃』が無効です」
「へ……?」
「名の通り、金色の虎の『霊体』なのです。ゆえに『魔法』か『魔力の宿った武具』でしかダメージを与えられません」
「…………」
「同時に魔力のない盾や鎧など、『通常の防具』も無効化されます。霊体だからこそ、攻撃もすり抜けてくるのです。更に壁や天井など、『障害物』も透過して襲ってきます」
「…………」
「奴の放つ『黄金の雷撃』は、広範囲に降り注ぐ殲滅魔法です。回避は無理でしょう。それらの能力に加え、パワー、スピードなどの基礎能力は『竜種』を上回り、人語は話しませんが理解できるだけの知能もあり、こちらの作戦や罠も当たり前に見抜いてきます」
「う、わぁ……」
「……これが『黄金霊虎』です」
語る『魔狩人』の彼女の目には、確かな畏怖が宿っている。
(マジ、チートボスだね)
正直、あまりの理不尽さに呆れてしまう。
だけど、『マギ・ブラスター』は霊体にも効く武器だし、もしも最大威力の『魔力充填射撃』が命中したら……?
胸の奥で、少しだけ感情が湧き立つ。
それを抑え、僕は聞く。
「彼女なら……『黒の王剣』なら勝てますか?」
「…………」
「…………」
「単独なら勝率は1割もないでしょう。優秀な仲間を連れても、3割あるかどうか……」
(ひ、低ぅ……)
だって、ジューレンヌさん、『地角竜』の首を一刀両断したんだよ?
あの強さで1~3割って。
(仲間……うん、優秀な仲間ね)
例えば、僕とか?
いや、さすがに自信過剰か。
今の僕は、単独ならきっと『地角竜』にも負けてしまう。だって『前衛なし』なら14秒も耐え切れないと思うから。
(せめて、それぐらい強くならないとな)
……あれ?
僕、すでに『黄金霊虎』と戦う事、考えてる?
やだなぁ、あはは……。
はは……。
…………。
そんな僕の事を、気づけば、隣のお母様が心配そうに見つめていた……おっとっと。
僕は誤魔化すように笑う。
「彼女の事はともかく、僕らの方の目標は、魔窟迷宮の『3階層』への挑戦ですね」
「あ、はい、そうですね」
「うん、今はそっちが楽しみです」
「…………」
そう伝え、でも彼女はジッと、僕の心の内を覗くように僕を見つめる。
あ、熱い視線だね。
ドキドキ
やがて、お母様は迷うように口を開き、
「エト君は……」
「はい?」
「…………。いえ、何でもありません」
言葉の続きを飲み込み、彼女は長い金色の髪を柔らかく揺らして、白い首を左右に振る。
その髪の素敵な感触が、僕の肌を撫でていく。
(……う、ん)
僕は身を起こし、
「大丈夫、僕はずっとマルティーナさんと一緒にいますから」
「あ……」
「ん」
と、僕から口付けする。
彼女の舌も応えるように、僕の舌に絡んでくる。
おお、大人のキスぅ~。
「はい、エト君」
やがて、彼女も安心したように笑い、『女』の表情で僕の事を再び迎えてくれたんだ。




