031・背中に座る少年(※ジューレンヌ視点)
討伐任務を終え、私たちは帰路に着く。
オルガランテの街で報告後、我ら騎士団は態勢を整え、再び『大霊峰の崩落』の調査に出向く予定であった。
だが今は、街を目指し森を進んでいく。
私の背には、同じ鞍に黒髪の少年が座っている。
ギュッ
乗馬に慣れていないのか、私の腰にしがみついている。
(……こんな子供がな)
今回の討伐任務において最も重要な『地角竜の討伐』の1伐を成してしまったのは、さすがに予想外だったと言えるだろう。
見た目は、朴訥なただの少年だ。
言っても、誰も信じまい。
私自身、実際にこの目で見なければ信じられなかったろう。
だが、真実だ。
(――恐るべきは『グレイシスの遺産』、か)
『魔銃』型の遺産、そして、その射撃は恐ろしい威力を秘めていた。
訓練場で受けた時も私の『防護魔法』を上回り、今回は竜種の堅牢な鱗さえ貫通してみせたのだ。
多くの『遺産』を見てきたが、これ程、『小型で高威力』の『遺産』は初めてだった。
そして、もう1つ。
(よく冷静に撃てたものだな)
この少年の胆力にも、驚嘆を禁じ得ない。
どんな強力な武器があろうと、相手は『竜種』である。
正面から相対し殺意を受ければ、若い騎士の中には恐怖にパニックを起こし、戦場から逃走してしまう者もいる。
その竜種を前に、彼は正確に射撃を当てたのだ。
(大したものだ)
そこは素直に賞賛しておこう。
ギュッ
……そんな少年が落馬を恐れ、私にしがみつく。
(…………)
内心、吐息をこぼす。
何ともチグハグな少年だ。
純真な目をし、けれど、竜種を恐れぬ心胆を見せ、なのに些細な事に臆病で……。
そして、
――マルティーナ・シュメの新しい『男』である。
…………。
こんな……若い少年が、だ。
失礼ながら、マルティーナ殿とは大きく年齢が離れている。なのに……。
(…………。ふふっ)
つい自嘲の笑みが漏れる。
マルティーナ殿と私の関係は、少々複雑なモノだ。
彼女の夫が、私の元恋人だった。
彼の名は、レオンダーク・シュメといい『金印級の魔狩人』であった。
私より2歳年上の男である。
13年前、私は王家直属の騎士『黒の王剣』に選ばれ、その任を拝命する事になった。
若い頃から、剣と魔法の腕には自信がある。
事実、私に勝てる騎士は1人もいなかった。
――王国最強の騎士。
それは確かな『誇り』であるが、同時に頂にいるが故の『孤独』も内包している。
そして当時、王国最強の『魔狩人』の1人であった彼は、私と同じ孤独を知り、そして、同じ『高み』にいる数少ない存在だったのだ。
だからだろう……若い私たちは惹かれ合い、男女の関係となった。
彼が、他の女にも手を出しているのは知っていた。
だが、彼を心から理解し、その生涯を共に歩めるのは自分だけだという自負があり、自信もあった。故に咎める事もなく……。
なのに、
――私は、捨てられた。
同族の女に『子』が宿り、あの人はその女と結婚して、私を含めた他の女性全てを捨てたのだ。
子供好きなのは知っていた。
だが、まさかこんな簡単に、自分が切り捨てられるとは思ってもいなかった。
(私も若かったな……)
当時の感情は、今も覚えている。
驚き、呆れ、悲しみ、諦め、そして……虚無に染まっていく。
空虚な心。
思考が鈍り、感情が麻痺していたように思う。
そして、結婚してもあの人の性根は変わらず、やがて、私は肉体だけの関係を求められ、空虚な心は望まれるままに応じてしまう。
ああ、やはり、彼に必要なのは私なのだ、と。
愚かな幻想に縋って……。
その罰が当たったのか、私の最愛の人は、2年後、『魔窟迷宮』で命を落としてしまった。
本物の英雄だった。
私も心から愛していた。
例え、彼からの気持ちが偽りであったとしても……。
(…………)
視線を向ければ、そんな彼の妻だった女が、その娘と共に馬に乗っている。
娘……そう、あの人の子だ。
愛情が湧き、悲しみが薄れる。
私の子ではない、けれど、あの人の存在が今もこの世に残されていると感じられる。
その娘は母を見上げ、笑う。
マルティーナ殿も『母』の顔で娘に微笑んでいた。
(……母親、か)
若い時分の彼女を知っている。
美しく、けれど、どこか自信のなさを感じた。
あの人の言葉に従うだけの『美しい人形』――そんな印象を抱いたのを覚えている。
だが今は、意思を感じる。
きっと『母』として、強くなったのだろう。
と、その時、彼女の視線がこちらに向いた。
私ではない。
その眼差しは、私の後ろに座る『黒髪の少年』を見ていた。
(…………)
それは『女』の眼差しだった。
ああ、そうか。
彼女はあの人への思いに区切りをつけ、次の人生へと歩み出したのだろう。
この若い少年との未来に。
年齢差を思えば浅ましいとも思えるが、けれど、あの人が選んだように今もマルティーナ殿は美しく、この少年も彼女に魅了されている。
アーヴィン王国の事を考え、私は少年を『騎士団』、あるいは『魔法師団』へと誘った。
あの『遺産』の所持者だ。
充分、女王陛下の役に立つ。
彼自身の将来にも、悪い選択ではなかったろう。
だが、
「――マルティーナさんと一緒にいられないじゃないですか」
と、あっさり断られた。
呆気に取られ、正直、『若い男』にそこまで愛されるマルティーナ殿を妬ましく思った。
同時に、あの人に続き、また私はフラれたのか、と。
(全く……情けない事だな、ジューレンヌ)
私は内心、苦笑する。
自分の容姿が優れている事は自覚している。あの人にも愛されたのだ、それが慢心ではなく、客観的な事実だとはわかっている。
現に今も多くの男性に言い寄られる事もあるのだから。
だが、マルティーナ殿ような清純、清楚な美しさはない。
そして、若い頃と違い、今のマルティーナ殿には『母』としての包容力と『女』としての色香が匂い立っている。
あの少年も、その清楚な魔性の美に魅入られたのだろう。
ただ、今は、
グラッ
馬の蹄が地面の段差を越え、馬体が揺れる。
ギュッ
(っ……)
若い男の手が私の腰に回され、強く抱き締められる。
他の女に魅了された少年が今、私の身体にしがみつき必死になっている――その事実に暗い悦びが胸の奥で芽生えた。
マルティーナ殿の眼差しに、静かな嫉妬が宿っているのもその感情を増幅させる。
(ふ……ふふふ……っ)
私は声に出さず、笑みをこぼす。
自身の浅ましさ、愚かさはとっくに知っている。
あの人の『代わり』にマルティーナ殿が選んだ『若い男』を、今度は私が奪ったなら、この空虚な心は満たされるだろうか?
……なんて、な。
だが、
(……案外、年下の男も悪くないのかもしれんな)
と、遠い空を見る。
森の木々の上空は、夕焼けの茜色に染まっていた。
その燃えるような赤い輝きと背中に感じる少年の温もりに、私は金色の瞳をソッと細めるのだった――。




