026・実力を測る
「おお、こちらにおられたのか、『黒の王剣』殿」
マリウス団長は少し驚き、そして、目の前の黒騎士に声をかけた。
どうやら『黒の王剣』という立場は、王都の騎士団長が『様』を付ける程らしい。
その褐色美女はマルティーナさんを見たまま、数秒、黙る。
(…………)
お、女同士の間で、見えない火花が散ってる気がするぅ~。
やがて、
「……ああ」
と、金色の目を伏せ、頷いた。
「この場に何のようだ?」
「いえ、実はギルドから話していた『索敵』の協力者が参ったのですが――」
と、団長は事情を説明する。
その間、お母様は硬い表情のまま何も言わず、僕はハラハラ、幼女も母の異変に「???」と困惑した様子だった。
話を聞き、黒騎士様は息を吐く。
「そうか」
「はい」
「しかし、まさか、マルティーナ殿とはな。――私がいるのに、貴殿がこの依頼を引き受けるとは思わなかったぞ」
と、彼女はお母様を見る。
キン……と、冷たく空気が張り詰めた気がする。
(ひぇ……っ)
僕は震え、マリウス団長は目を瞠りながら、2人の美女を見比べる。
「お知り合いで?」
「……昔、少しな」
短い返答。
団長さんは戸惑った様子で、当の本人たちは無言……やがて、お母様が口を開く。
「仕事ですので」
「そうか」
「はい。それにエト君と娘の将来のために、引き受ける価値があると判断したまでです」
「……エト君と娘?」
ダークエルフの美女は、初めて気づいたように僕と幼女を見る。
(あ、ども)
僕は会釈。
幼女も僕を真似、ペコッとする。
銀髪の美女はその幼女を見つめたまま、黄金色の瞳を見開いた。
「……まさか」
「…………」
「…………。あの人の子か?」
「はい」
「そうか。名は何と言う?」
「レイナです」
「レイナ……レイナ、か」
その名を繰り返し、銀髪の美女は幼女へと近づく。
ビクッ
人見知りな幼女は慌てたように僕の後ろに隠れる。そして、顔を半分だけ出して、目の前のダークエルフの美女を覗いた。
彼女は驚き、そして、優しく笑う。
幼女の前に片膝をつき、目線を合わせてから、
「レイナ?」
「う、うん」
「なるほど……どこか、あの人の面影が残っているな」
「……あの人?」
「貴殿の父だ」
「お父様? ……お知り合いだったの?」
「そうだ。王命のクエストで一緒に戦った事もある。とても強く、素晴らしい人物だったぞ」
「そ、そっか」
「…………」
「???」
「いや、何でもない」
短く言い、彼女は立ち上がった。
(…………)
今は、鉄仮面に戻っている。
でも、幼女に話しかけた時は『あんな優しい表情もできるんだ?』と思う程、柔らかな印象だった。
見れば、お母様は複雑そうな表情をしている。
と、その時、黒騎士様が僕の方を向く。
「貴殿は?」
「あ、エトです。マルティーナさんのパーティー仲間です」
「……若いな」
と、皮肉そうに言う。
(ええと……)
こういう時、どう答えたらいいんだ、僕?
と、お母様が助け舟を出す。
「エト君は、私と娘の『命の恩人』です」
「命の恩人?」
「ええ。今は私たち母娘の家に住んでもらい、少しずつその恩を返している所です」
「家に……っ?」
銀髪の美女は、驚愕に目を見開く。
そして、改めて僕を凝視する。
「はい、一緒に暮らしてます」
僕は素直に認めた。
彼女は「っ……」と整った美貌を歪める。
そこには『嫌悪』のような、『羨望』のような、複数の感情の色が混ざっていた。
ギュッ
そんな僕の服を、幼女の小さな指が握り締める。
「!」
ジューレンヌさんはハッとし、金色の目を閉じると深く息を吐く。
表情が仮面のように『無』に戻る。
そして、
「そうか」
「…………」
「再会の世間話はこれぐらいにしておこう。今は任務が優先だ。――マリウス団長、先程、この2人の実力を確かめると言っていたな」
と、黄金の瞳が団長を見る。
彼は「はっ、その通りです」と首肯した。
黒騎士の美女も頷き、
「折角だ、私も共に確認する」
(え?)
「あの人の娘とマルティーナ殿のお気に入りの少年の実力を、この『黒の王剣』にも示してもらおうではないか」
と、美しく、冷たい微笑を浮かべたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「――ん、しょっ」
小さな気合と共に、幼女は大樽を抱え上げた。
あの樽は訓練用で、中に水と砂が詰められ、重さは80キロぐらいあるらしい。
マリウス団長は「おお」と目を丸くした。
あの『黒の王剣』さんも、
「ほう……?」
と、金色の目を細め、感心したように呟く。
獣人幼女は大樽を抱えたまま、テテテッと訓練場内を走っていく。
(さすが、レイナちゃん)
マジ、怪力。
唖然とする騎士様たちに、
「あの子は、あの倍の重さでも走れます。運ぶだけなら3倍でも可能でしょう」
「それ程か」
「はい。また『嗅覚』も優れていますので、もし万が一、私に何かあっても代わりに『索敵』をしてくれるでしょう」
「なるほど。……さすが、あの人の子だな」
銀髪の美女は納得したように頷く。
そんな旦那の元恋人、そして浮気相手を、マルティーナさんは横目で見ている。
(…………)
怖い怖い。
やがて、訓練場を1週し、幼女が戻ってくる。
ドスン
大樽を置き、
「あ、あの……これでいい?」
「ああ、合格だ。見事だったぞ、レイナ」
と、褒める『黒の王剣』様。
幼女に対しては、本当に優しい笑顔である。
幼女も安心したようでホッと息を吐き、それから僕へと抱き着いてくる。
(お?)
「えへへ、レイナ、やったよ」
「うん、偉い偉い。よくがんばったね」
ワシャワシャ
僕も笑い、そのおかっぱの金髪を撫でてやる。幼女も嬉しそうに紫色の瞳を細め、その尻尾をパタパタと左右に揺らした。
お母様も優しい表情で、
(……ん?)
その時、あの銀髪の美女が、羨望と嫉妬の目で僕を睨んでいるのに気づく。
いや、そんな目されても……。
困る僕に、
「次は、貴殿の番だ」
「あ、はい」
「火力担当と聞いているが、さて、何を見せてくれるのだ?」
「あ、えっと、じゃあ、あの的を狙います」
と、僕は遠い弓の的を示す。
全員がそちらを見る。
木製の丸い的で同心円上に線が引かれていて、距離は約50メードぐらいかな。
僕は右手を構える。
2人の騎士が怪訝な顔をし、
(――来い、マギ・ブラスター)
ヒィン
僕の手に銀色の美しい『魔法の銃』が現れた。
騎士たちが「!」と驚くのを視界の隅に捉えながら、僕は赤い照準を表示し、引き金を引く。
ドッ パァン
ど真ん中に命中し、的に黒い穴が開く。
何をしたか、2人の表情に理解が浮かぶのを3秒待ち、僕は更に連射していく。
ドドドド……ッ パパァ……ン
やがて、射撃が止まる。
全弾30発撃ち込み、残弾表示は『0』だ。
銃口は蒸気を昇らせ、虹色に煌めく。
(リロード)
と、弾丸を補充する。
視線の先では、木製の的に無数の穴が開いている。やがて、重力に耐え切れなかったのか、バキン……と砕け、土の地面に落下した。
お母様は笑顔で頷き、幼女も目を輝かせている。
一方、王国の騎士たちは目を見開いたまま、砕けた的を見続けていた。
僕は振り返り、
「こんな感じです」
「……ああ」
少し間が空き、銀髪の美女は頷く。
「銃型の『グレイシスの遺産』か。なるほど、威力、精度、射程、なかなか大したものだ」
「どうも」
「だが、『赤印級』としては、だ」
(え……?)
僕は青い目を瞬く。
母娘も驚き、マリウス団長も「いや、しかし……」と何かを言おうとする。
それを手で制し、彼女は僕を見つめる。
「今回の任務の相手は『地角竜』だ。その『火力』では役に立たん」
「…………」
「で、あれば、貴殿は『索敵』、『運搬』のできるレイナよりも役立たずと言える。同行を許可する必要を感じんな」
と断じ、
チラッ
マルティーナさんの方を見る。
(……おいおい)
まさか、私的感情で言ってないよな?
団長は困惑し、幼女はオロオロと僕らを見比べ、そして、お母様は静かに息を吐く。
「――ならば、その身で試しては?」
と、低い声で一言。
(え?)
「何?」
銀髪の美女も眉をひそめる。
「エト君、『例の射撃』を体験して頂いては?」
「え……あ、まさか」
魔力充填射撃?
「いや、でも、あれ、人相手には――」
「いいえ、相手は『黒の王剣』様です。強力な『防護魔法』も使えますから、きっと大丈夫ですよ。――ねぇ?」
と、もう1人の美女に、お母様は美しく微笑む。
(……おお)
空気が氷河期だよ。
美女たちは数秒、視線をぶつけ、
「いいだろう」
と、耳の長いダークエルフの美女は頷いた。
(マジか?)
「何をする気か知らぬが、やってみるが良い。だが、私を納得させられなければ『同行不可』を決定とする。その覚悟はしておけ」
と、凄絶に笑う。
(怖ぁ……)
女性同士の意地と確執って奴かしら? なんか余計な感情、色々と混じってる感じだよ~。
でも、お互い後には引かない。
そして、僕は『マルティーナさんの味方』である。
それに僕自身、『同行したい』と思っているし、
(はぁ、仕方ない)
正直、『魔力充填射撃』を人に撃つのは抵抗あるけれど、相手は『王国最強の騎士』なんだし、きっと大丈夫でしょ……と、自分に言い聞かす。
(――よし)
僕も覚悟を決めた。
訓練場の真ん中で、僕は『黒の王剣』と呼ばれる美女と向かい合う。
銀色の銃を構え、
「7秒後に撃ちます」
「好きにしろ」
と、『黒の王剣』様は余裕の表情でいる。
(じゃ、遠慮なく――魔力充填、開始)
と、念じる。
魔力が集まる感覚が生まれる。
直後、銀髪の美女の美貌に、一瞬、怪訝そうな色が宿る。そして、段々と、その美貌に強張った笑みが浮かんでいく。
「おい、待て……貴様……っ!?」
少し焦った声。
と同時に、7秒が経過、
ヴォン
銃口の先に、輝く魔法陣が展開する。
「――撃ちます」
合図を告げて、僕は引き金を引く。
カォン
魔法陣から光線が射出され、『黒の王剣』と呼ばれる美女は「くっ」と両手を正面に突き出す。
両手が虹色に光り、
バキィイン
そこに直撃した光線は、無数の細い光線に砕け、周囲へと飛散した。
訓練場の地面をチュインと長く線を残して焼き、騎士団本部の建物の屋根を貫通して一部を瓦解させ、また遠くの樹木の幹を抉り、無数の葉を散らして倒壊させる。
その他の細い光線は青空に抜け、浮かんだ白い雲を貫き、複数の穴を開けて消えていく。
そして、
(うわ、無事だ)
目の前には、両手を突き出した『黒の王剣』の美女の姿があった。
マジか……。
多くの強敵を倒してきた『魔力充填射撃』を防がれ、内心の驚愕を禁じ得ない。やはり『王国最強の騎士』の称号は伊達ではないらしい。
(そっかぁ)
僕は慢心を自覚し、恥じる。
ただ彼女の褐色の両手は、焼け爛れていた。
「く、『黒の王剣』様!?」
マリウス団長が焦る。
でも、銀髪の美女は「騒ぐな」と告げ、両手をギュッと握る。
パアッ
同時に淡い清浄な光を発し、その手が見る見る治っていく。
(え、何々?)
と、驚き、
――『回復魔法』。肉体の損傷を修復する癒しの力で、自他共に使用可能である。
と、『異世界知識』が閃く。
(おお、あれが……)
僕は思わず凝視し、そして、綺麗に治った褐色の両手に少し安心する。
と、お母様が、
「いかがでしたか?」
「…………」
「言っておきますが、彼は更に『2段階』、今の射撃の威力を上げられるそうですよ」
「!」
銀髪の美女は、黄金色の目を瞠る。
そして、僕を見る。
ドキッ
僕は、思わず姿勢を正す。
数秒、ダークエルフの美女は沈黙したまま僕の顔を見つめ、やがて、桜色の唇を開く。
「いいだろう」
「え?」
「同行を許可する」
「あ……」
僕は息を飲み、
「ありがとうございます、ジューレンヌさんっ!」
と、笑顔で頭を下げた。
そんな僕に、彼女は金色の目を丸くする。
何だか居心地悪そうな表情になり、そして、その美貌を横に向け、僕から視線を逸らす。
(……?)
何、今の反応……?
ま、いいか。
と、母娘が僕の方へ来て、
「ふふ、よかったですね、エト君」
「や、やったね、お兄様」
「うん、マルティーナさん、レイナちゃん。これで僕も一緒に行けますねっ」
と、今回の結果を、3人で素直に喜んだんだ。
ご覧頂き、ありがとうございました。
サイトの一時停止措置など色々とありまして、改めて、こういう小説を公開し、また読める場がある事のありがたさを感じました……。
なろう運営様、お疲れ様でした。いつもありがとうございます!
そして、読んで下さる皆さんも、本当にありがとうございます!
月ノ宮マクラ




