027・同乗と痕跡
本日は20時までユーザー機能の使用を控えるよう運営様よりのお知らせがありましたので、急遽19時台ではなく20時台の更新となりました。
突然の変更で申し訳ありません。
それでは、本日の更新、第27話になります。
よろしくお願いします。
許可は得た。
そして、僕らは『地角竜』討伐のため、痕跡の発見地点である『アルカナ大霊峰の麓の森』まで行く事になったんだ。
だけど、そこで問題が発生。
「馬?」
「乗れますか?」
「……乗れません」
「まぁ」
困った顔のお母様。
実は移動は徒歩ではなく、馬だったのだ。
(そりゃ、『騎士』団だもんね)
尚、街道以外の整備されていない場所、森や山の中にも入る予定なので、馬車などは使えないとの事である。マジか~。
ちなみに、
「レ、レイナも乗れないよ?」
「そ、そっか」
ま、幼女だしね。
でも、今の発言も幼女なりの優しさで、その気遣いが心に沁みる。
(いい子やね~)
僕は、その頭を撫でてしまう。
嬉しそうな幼女は一旦さて置き、実際の所、どうしたらいいのだろう?
お母様も一緒に考え、
「レイナは私と同乗させるとして……」
「3人乗りは無理、ですよね?」
「はい、さすがに馬の方が持たないでしょう。あとはエト君だけ、騎士のどなたかに同乗させて頂くしか方法はないかと」
「ですか~」
となり、マリウス団長に相談する。
すると、団長さんも『馬に乗れない冒険者』は想定済みの事態らしく、即、提案を了承、同乗の許可を出してくれた。
で、誰と同乗するか、となったんだけど、
「私で構わん」
(え?)
名乗り出たのは、なんと『黒の王剣』様その人だった。
驚く僕ら。
団長さんもさすがにこれは想定外だったらしく慌てていたけど、上官の言葉に逆らえず、最終的には承諾してしまう。
(え、マジで?)
銀髪の美女は、金色の目で僕を流し見る。
「嫌かね?」
「え~と、いえ、大丈夫です。乗ります」
「当然だ」
彼女は、鷹揚に頷く。
いや、まぁ、別に誰でもいいしね。
ここで断るのも角が立つし、団長さんだって困るだろうし、折角の提案なんだから受け入れるとしよう。
でも、
「エト君……」
と、マルティーナさんは哀しげな顔である。
(うっ……た、他意はないから!)
だけど、心が痛い~。
お母様も大人なので、複雑な感情があってもそれ以上は何も言わない。
幼女は母の様子に「……?」と不思議そうに小首をかしげている。
僕は気を取り直し、ジューレンヌさんに向き直る。
ちゃんと頭を下げ、
「道中、よろしくお願いします」
「ああ」
銀髪のダークエルフの美女は薄く笑い、僕を見つめて頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
騎士団と共に、早朝の『オルガランテ』を出発した。
『王都騎士』がマリウス団長含め30名、そして、『黒の王剣』であるジューレンヌ・シャダームさんが別枠で1名、更に僕と母娘の3人で計34名、32頭の騎馬での出陣である。
現在は街を離れた森の中の街道である。
出発時は街の人が結構、見学に通りまで出ていた。
でも、その時の僕にはそうした人々の視線を気にする余裕もなかった。
なぜかって?
だってさ、
(馬、視点高っ!? そして、めっちゃ揺れる!)
のである。
落馬の恐怖で、もう必死だったのだ。
尚、お母様はとても上手に乗馬され、その前に座る幼女も体幹が強いのか安定している。
必死なのは、僕1人だ。
そして、同乗する銀髪の美女は、
「落ち着け」
「は、はい」
「全身に力を入れ過ぎだ。足で自分と馬体を固定し、上半身はリラックスしてバランスを取るだけにしろ」
「や、やってます~」
「…………」
彼女は呆れたように嘆息する。
(本当だよ。でも、落ちそうで力抜けないんだよ~)
僕、泣きそう。
「わかった。私の腰に掴まれ」
「え?」
「抱き着いていい。密着し、身体を安定させろ。このままでは馬の方が消耗してしまう」
「え、でも――」
「早くしろ!」
「は、はい!」
ギュッ
反射的にしがみつく。
……お?
何か、身体が安定した。人の形をした柱を支えにしてる感じ?
ようやく息ができる。
「ふぅ」
「世話のかかる奴だな」
「あ、ありがとうございます、ジューレンヌさん」
「ふん、構わん」
銀髪の美女は素っ気なく応じる。
(…………)
意外と悪い人ではないのかも……?
事前に、マルティーナさんとの因縁を聞いていたから身構えてたけど、案外、それを抜けば『良い人』の気がする。
同行を拒否した時も他意はなく、ただ厳格に判断しただけなのかもしれない。実際、明確な理由も言ってたしさ。
(…………)
落ち着くと、何だかいい匂いがする。
柑橘系の香り……ジューレンヌさん自身の匂いかな?
兜から覗く銀色のショートヘアの毛先が、僕の目の前で馬の揺れに合わせて踊っている。
密着しているのは鎧越しだけど、その内側のしなやかな筋肉や大人の女性らしい肉体の曲線はわかり、その重さも伝わってくる。
ドキドキ
少し心臓の鼓動が速くなる。
マルティーナさん以外で、こんなに密着した大人の女の人は初めてだ。
しかも、お母様に負けない美人さん。
と、その時、彼女が前を見たまま口を開く。
「確か『エト』と言ったな」
「え? あ、はい」
「……お前はやはり、マルティーナ殿の新しい『男』なのか?」
「あ、そうです」
僕は即答。
と、彼女は驚いたように身体を固くした――密着した身体からそれが伝わる。
数秒、間があり、
「あっさり認めたな」
「隠す理由がないですから」
「…………」
「もしかして、昔の旦那様に操を立ててないとか言いますか?」
「…………。……いや、7年も経っているからな」
長い沈黙のあと、彼女は答える。
息を吐き、
「7年、か」
と、重く、切ない声で呟いた。
大切な人を亡くした人たちにとっては、きっと長くも短くも感じる期間なのだろう。
(……うん)
僕からは何も言えない。
と、彼女は、
「しかし、その相手が、こんな少年か」
皮肉そうに言う。
(む?)
「まさか、マルティーナ殿がこんな若い男に手を出す女だったとは……。正直、驚いたな」
「……あの、それ、僕にも失礼ですよ?」
「怒ったか?」
「……多少」
「そうか。だがな、彼女の夫だった男に比べ、お前は遥かに見劣りしているのが事実だ。いや、お前だけでなく、この世のほぼ全ての男がそうだろう」
彼女は虚空を見て、
「――あの人は、レオンダーク・シュメは本物の『英雄』だったのだ」
その声には、信仰に近い熱意があった。
その様子に、
「今でも、好きなんですか?」
と、僕は聞いた。
彼女の声と動きが止まる。
かすかに振り返り、兜のスリットから覗く金色の瞳が眼光鋭く僕へと向けられた。
「私たちの事、聞いたのか?」
「はい」
「…………。そうか」
「でも、それに関して、僕から言う事は何もないです。きっと当事者にしかわからない事もあるでしょうから」
「…………」
金色の目を見開き、彼女は意外そうに僕を見る。
やがて、息を吐き、前を向く。
「なるほどな」
「……?」
「マルティーナ殿がお前を選んだ理由、少しわかった気がする」
と、弱い声で呟く。
(何それ?)
むしろ、僕がわからんのですが。
けど、それ以上、『黒の王剣』様が何か語る事はなく、僕もその背に抱き着いたままでいた。
でも、1つだけ思う。
女同士、思う事はありそうで、
(だけど2人とも、レオンダークさんの事を悪く言わないんだよなぁ)
結婚前だけでなく結婚した後でも、彼は自分以外の何人もの女性と関係していて、2人ともそれを知っているのに、悲しんだり呆れたりしても、彼自身を恨んだ様子がない。
むしろ、今でも彼を好いている。
(……ふ~む)
マルティーナさんも、ジューレンヌさんも素敵な女性で、それ以外のたくさんの女性からも愛される『英雄』と呼ばれる人物……か。
まるで異世界転生のハーレム主人公だよな。本当、どんな人だったんだろう?
ふと青い空を見上げ、
「……僕も1度、会ってみたかったな」
と、正直な気持ちを口にする。
一瞬、腕の中の美女が何かを言いかけ、けど、何も言わずに口を閉じる。
そんな馬上の一幕もありながら、僕らは街道を進んでいく。
やがて日が暮れ、一夜の野営を挟み、明けて翌日、僕と騎士団は『地角竜』の痕跡の発見場所に到着した。
◇◇◇◇◇◇◇
森の中に川が流れている。
対岸まで10メードぐらい、川辺は砂利になっている。砂利には大小の岩があって、奥には森の木々が連なっていた。
(ここが痕跡の発見地点か)
と、その時、
「全員、降馬!」
マリウス団長が指示を出し、全員、馬を降りる。
僕もジューレンヌさんの手を借りて降り、母娘の方も無事、地面に足を着けていた。
ふと、お母様と目が合う。
ニコッ
優しく、上品に微笑みかけられた。
(えへへ……)
心が温かい。
でも、昨夜の野営の時は、少し大変だった。
野営で各自のテントに入った時、
「……あの女の匂いがします」
「え?」
「ずいぶん長く抱き着いていましたね。それに、会話も弾んでいたようで……」
「え、いや、あの」
上目遣いに睨まれ、僕は焦る。
言い訳……じゃない、説明したかったけど、多分、お母様が欲しいのは理屈じゃない。なので、何も言えない。
(ええと……)
「エト君」
「は、はい」
「エト君は、私のモノです」
ギュッ
(わっ?)
急に抱き締められ、豊満なお胸様に顔を挟まれてしまった。両手で頭と背中も押さえられ、動く事もできない。
「あの女の匂いではなく、私の匂いをつけてあげます」
「あ、はい。お願いします」
「…………。ふふっ、もう、エト君は……本当に素直な子ですね?」
「え……?」
「私が勝手に嫉妬しているんです。少しは怒っていいんですよ?」
「怒る理由、ないですし……」
「そうですか?」
「はい。むしろ嬉しいですから」
「……っ」
彼女は息を飲み、悩ましげな顔になる。
潤んだ瞳で、
「意地悪ですね」
「え?」
「こんな気持ちにさせて。他に人がいなければ、襲えたのに……」
「あ、あはは」
「ふふっ」
艶めかしい『女』の貌で笑われる。
(やば~い)
僕も気持ちが昂って、我慢するのが大変だよ。
と、その時、同じテントにいた幼女が、僕と母親の様子をジ~ッと見ているのに気づいた。
(はっ?)
あかん、忘れてた。
焦る僕に、
「お母様、お兄様、何してるの?」
「え、え~と」
「ふふ、匂い付けです。これで、お兄様と私たちが『仲良し』だと周りに示しているんですよ」
「そうなんだ? じゃ、レイナもやる!」
ムギュッ
(おわっ?)
幼女に、背中から抱き着かれた。
美人母娘にサンドイッチの具のように挟まれて、僕は身動きが取れなくなっている。
(2人とも、体温高いなぁ)
なんか、ポカポカだ。
「お兄様、いい匂い……」
「そう? 2人もいい匂いだよ」
「あら……ふふっ、ありがとうございます」
僕とお母様はお互い赤面し、幼女は嬉しそうに笑う。
結局、その状態のまま僕らは眠りに就き、森での一夜を明かしたんだ――。
なんて事を思い出す。
ま、閑話休題。意識を『今』に戻そう。
マリウス団長が、
「この岩を見てくれ」
と、僕と母娘に言う。
巨大な岩だ。
高さ3メートルぐらいの巨岩で、表面に斜めに白い傷が2本、長く走っている。
「『地角竜』の痕跡だ」
(へ?)
「まぁ……これが」
「恐らく『頭部の角』が当たったのだろう。傷の位置から考え、すでに『成竜』だと思われる」
位置って、
(僕の頭より上だぞ?)
え……その『地角竜』、マジででかくない?
と、団長が森を示し、
「森の中でも『足跡』が見つかっている。竜が通った際、折れた木々の枝の痕跡もな」
「そうですか」
「ただ、この地点で痕跡が途切れた」
「…………」
「どうやら川に潜り、水中を泳いで移動したらしい。上流、下流を捜索したが、範囲3リードで痕跡は発見できなかった」
「なるほど」
僕らは流れる川を見る。
尚、『リード』は『1000メード』、つまり『キロメートル』と同じぐらいの距離である――と、『異世界知識』が頭の中で教えてくれた。
その時、『黒の王剣』様が近づいて、口を開く。
「『索敵』できるか?」
「……まぁ、やってみましょう。まずは『臭い』を覚えます」
お母様は答え、巨岩に近づく。
岩に両手を添え、背伸びをするように白い美貌を表面の『2本傷』に近づける。
臭いに集中するためか、その紫水晶のような瞳は伏せ気味で、まるでキスするみたいな表情で何だか艶めかしく感じてしまう。
(い、いかんいかん)
昨夜の名残りかな?
変な考えが浮かぶ自分の頭を、心の中で殴っておく。
クンクン
彼女が臭いを確かめるのを、僕らは黙って見守る。
と、その時、
「……え?」
獣人のお母様は突然、紫色の目を見開き、驚いた顔をした。
(何? どうしたの?)
僕らは怪訝な顔で、彼女を見る。
マルティーナさんは真剣な表情で、何度か確かめるように『傷の臭い』を嗅ぐ。
やがて、岩から離れる。
僕らを振り返った美貌は、渋い表情だ。
「どうした?」
代表し、『黒の王剣』様が問う。
マルティーナさんはしばしその顔を見つめ返し、やがて、深く嘆息する。
「『臭い』が2つあります」
と言った。
(2つ……?)
僕らは困惑し、
「それはどういう意味だ?」
と、ダークエルフの美女が再び問う。
獣人の美女は、その顔を軽く睨み、
「――つまり、『地角竜』は2頭、存在したという事です」




