025・男女の三角関係
窓から差し込む青白い月光に、愁いを帯びた未亡人さんの横顔が照らされている。
儚げで、美しい。
それを見ながら、
(ええと……つまり、旦那の元カノですか?)
と理解し、僕は少々唖然である。
哀しげに笑い、お母様は言う。
「前にも話しましたが、夫は『女好き』だったんです」
「あ、はい」
「私も若く、当時は自分が彼の恋人だと信じていました。ですが、あの人には複数の女性がいて、私はその内の1人でしかなかったんです」
「え、ええ……っ?」
おいこら、旦那ぁ!
マルティーナさんは息を吐く。
「本命は、ジューレンヌ・シャダーム。『黒の王剣』を務める王国最強の女性でした」
「…………」
「当時の夫は若くして、王国最大の『魔窟迷宮』を有するオルガランテ最強の『魔狩人』でした。そして、数々の功績を上げ、国王陛下と謁見する機会も多かったのです。その時に、王直属の騎士『黒の王剣』である彼女とも出会ったらしく」
「…………」
「彼女は夫と同じく、若くして『黒の王剣』となった英雄の1人です。それゆえか、意気投合し、そのような関係になったようで……」
「…………」
つまり、
(才能溢れる若き男女が惹かれ合い、って事か~)
でもさ?
なら、他の女性にも手を出したらいかんでしょ、旦那さん。
いや、僕も男だし、多少、気持ちはわかるけど……でも、そこは感情に流されずに抑えてなきゃ駄目でしょ~。
さすがに僕も、若干、遠い目だよ。
哀しげなマルティーナさんに、僕は何とか言う。
「その、でも、旦那さん、最後はマルティーナさんを選んだんですよね?」
「はい、ですが……」
「ですが?」
「それは、私が『妊娠』したからで」
「妊娠……」
「ジューレンヌ・シャダームは、『ダークエルフ種』の女性です。夫は『狼人種』で、基本、異種間の交配では子供が生まれません」
「え……?」
そうなの?
僕は、今日までのお母様との夜の営みを思い出してしまう。
(そう言えば、普通に中に出されてくれてたね……)
だから?
僕の表情に気づき、彼女は甘く微笑む。
「なので、エト君も何の心配もなく、これからも私に中に注ぎ込んでくださいね」
「あ、はい。ありがとうございます」
と、頭を下げ、
「でも、僕、もうマルティーナさん、レイナちゃんと一緒に生きてく覚悟は決めてるんで大丈夫です。2度目に抱いた時ぐらいから、責任、取る気満々です」
「え……」
「あと、子供できなくても平気ですから。レイナちゃんいるし、僕はマルティーナさんが好きだから一緒にいるんですし」
「……エト君」
「僕、本気ですからね?」
と、はっきり伝える。
マルティーナさんはしばし呆け、
「――はい」
やがて、紫色の瞳を潤ませ、嬉しそうにはにかんでくれた。
(…………)
何となく、プロポーズっぽくなってしまった。
でも、もしかしたら、年の離れた未亡人さんには『若い男が一時の気の迷いで言っているだけ』と思われてるかもしれない。
だけど、少なくとも『今の恋人』としては受け入れてもらえた気がする。
その先は、今後の僕次第。
(マルティーナさんに安心して、僕なら自分を幸せにできると思ってもらえるよう、がんばろう!)
と、内心で燃える。
そんな僕を優しく眺め、
「あの人も、エト君みたいに誠実な人なら良かったのですが……」
「…………」
「でも、違いました」
と、綺麗な瞳を伏せる。
そして、息を吐き、お母様は自分の白いお腹を両手で触る。
「私は同じ『狼人種』でしたので、この身にあの人との子を授かりました」
「…………」
「子供好きだったあの人も喜んでくれたんです。だから、妊娠が判明した直後に責任を取り、私と結婚してくれました。そして、他の女性との関係を絶ったのです」
「えと……じゃあ、ジューレンヌ・シャダームさんとも?」
「はい」
金色の長い髪を揺らし、彼女は頷く。
「ただ、あの人は『私』と『彼女』を比べたのではなく、単に『自分の血を引く子』を選んだだけなのでしょう」
「…………」
「良くも悪くも、そういう人なのです」
と、苦笑なさる。
でも、語る表情に悪い感情は見えない。
旦那さんは、奔放で豪快で、自分勝手で……でも、それでも魅力的な人だったんだろう。
(まさに英雄、か)
だけど、
「ただ、結婚後、あの人はまた私以外の女性に手を出していたようで……」
「…………」
「女の勘ですが、何となくその中の1人にジューレンヌ・シャダームも含まれている気がするのです。そして彼女は今も、あの人を愛しているのでは……と」
「……!」
マジか。
確証はない言い方だけれど、お母様は確信してるみたいに思う。
(男女の三角関係……か)
女の方は、片や恋人を略奪され、片や夫の浮気相手で……しかも、男の方は7年前に亡くなってしまっている。
ややこしく、そして、感情の置き所が難しい話になってしまっているんだね。
そして、明日、その女同士が再会するのだ。
(……そりゃ、お母様の様子も納得だよ)
僕も困ってしまう。
でも、お母様は、
「何だか、話せてすっきりしました」
「……そうですか?」
「ええ。それに今の私、このマルティーナ・シュメは『エト君の女』です。その事を胸に刻んでおけば、明日もきっと心強くあれます」
「マルティーナさん……」
「ふふっ、ありがとう、エト君。……本当に、大好きですよ」
チュッ
美しい未亡人さんにキスされ、再びベッドに押し倒される。
色々話せて気持ちが整理できたのか、お母様はさっきまでより献身的で、情熱的で、そして、僕らはまた深く愛し合う。
――やがて、夜が明け、僕らは『指名依頼』当日の朝を迎えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
母娘と早朝の通りを歩き、街の『騎士団本部』を訪れた。
(へ~、ここか)
石造りの立派な建物だ。
軍施設らしい無骨さで、鉄柵に覆われた敷地内には宿舎、訓練場などがある様子だった。
尚、ここは『オルガランテ騎士団』の本部。
アルカナ大霊峰を調べに来たのは『王都の騎士団』で所属が違い、僕らの依頼主はこの『王都の騎士団』で、現在、この本部に滞在しているのだとか。……う~ん、ややこしいね。
ともあれ、門衛の詰め所に向かい、
「おはようございます。ギルドの指名依頼を受け、派遣された『魔狩人』のマルティーナ・シュメと言います」
と、お母様が説明する。
話は届いていたのか、門兵さんは『登録カード』を全員分、確認し、入館管理の書類に記入したら、すぐ中に通してくれた。
案内の兵士に続き、建物の中へ。
廊下を歩いていると、厳つい体格の人たちと何回もすれ違う。
(おお、いい筋肉~)
軍人っぽくて格好いいね。
窓の外では、素振りしている集団も見える。
やがて、1つの部屋に通される。
中には、赤い鎧を着た壮年の男性が1人、奥の机に座っていた。
案内の兵士が事情を説明し、
「おお、お前たちがギルドが用意した『索敵』の協力者か」
と、席を立った。
「私は王都騎士団団長マリウス・アンダルトンだ。今回の『地角竜討伐』任務の責任者でもある。よろしく頼む」
と、名乗り、お母様に握手を求める。
それにお母様も応じながら、、
「『白印級』のマルティーナ・シュメです。こちらは仲間の『赤印級』エト・アルモラン、そして、娘で『青印級』のレイナです」
「エトです」
「レ、レイナです」
と、僕と幼女も挨拶する。
マリウス団長は、僕ら2人をマジマジと見る。
尚、団長は40代ぐらいで背も高く、年齢の割に鍛えられた肉体美のおじ様である。
「ふむ、若いな」
「…………」
「『索敵』ができるのはマルティーナ殿と聞いたが、この2人も同行させるのか?」
と、難しい表情で聞く。
(おや、嫌そう?)
ま、見た目、僕は少年だし、もう1人は9歳の幼女だもんな。
気持ちはわかる。
でも、お母様は平然と、
「そのつもりです」
「ふむ……」
「今回、私たちに戦闘参加はないと聞いています。ですが、万が一に備え、エト君の火力、娘の運搬能力は必要かと」
「火力と運搬能力?」
「エト君は『グレイシスの遺産』を所持していて、パーティーの火力担当です。そして娘も『獣人種』なので『人間種』の成人男性より力があり、負傷した者の運搬などが可能です」
「ほう……?」
彼の見る目が少し変わる。
僕はニコッと笑顔を返す。
一方、娘ちゃんは視線が怖かったのか、僕の背に隠れる。
(おやおや、幼女?)
母親は苦笑し、怖がられたマリウス団長は、少しショックを受けた顔である。
やがて、ゴホンと咳払い。
「理由は理解した」
「では?」
「だが、未成年者の同行だ。お前の話だけで許可は出せん。まずこの目で、実際にその実力を確認し、その上で同行の可否を私が判断する」
「確認、ですか?」
「ああ、奥に訓練場がある。ついて来い」
と、歩き出す。
(え、決定なの?)
さすが偉い人、下々の返事を聞く前に行動開始じゃないか。
僕らも慌ててついていく。
やがて、建物の外に出る。
すると、目の前には土の広い空間があり、訓練用の木人や弓の的などが設置されていた。
(へ~、これが訓練場?)
と、僕は青い目で眺め、
「……!」
(ん?)
その時、隣のお母様が硬直し、足を止めた。
マルティーナさん?
その顔を見ると、お母様は紫色の瞳をかすかに見開き、真っ直ぐ正面を向いていた。
僕も見て、
(あ、黒騎士)
奥の木人を相手に、木剣を揮う黒い鎧の女の人がいた。
褐色の肌に、銀色の短髪。
揮う剣は速く、美しく、けれど、当たった木人は大きく軋み、相当な威力だと伝えてくる。
光る珠の汗が、空中に散る。
初めて見た時は兜に覆われ、顔も性別もわからなかった。
でも、今は兜がなくて、
(うわ、美人……)
そのエキゾチックな美貌に驚く。
そしてエルフ種らしく、その耳は笹のように長い。
と、向こうも僕らに気づく。
木剣が止まり、少し驚いたように僕らを――いや、マルティーナさんを見ている。
(わ~、どうしよ?)
焦る僕の横で、
「ジューレンヌ・シャダーム……」
その因縁の名前を、お母様がポツリと口にした。




