021・野営と探索
大樹の根元に、テントが設営された。
テントは防水の革製で、中に魔物避けの『魔法護符』が貼られているらしい。
また、金属製の三脚や吊り鎖、鍋やお玉、食器など、たくさんの『野営用の道具』が幼女のリュックから出てきて、
「重くなかった?」
「? う、うん、平気だったよ」
「そっか……」
幼女、本当に力持ちだね。
テント設営が終わった時には、もう夕暮れ時だ。
焚火をおこし、マルティーナさんが三脚と鎖に吊るされた鍋に持ってきた食材を入れ、肉と野菜のスープを作ってくれる。そして、保存用の乾燥パンと共に頂く。
(ん、美味しい……)
塩味が利き、疲れた身体に沁みるね。
僕の表情に、お母様も微笑む。
やがて、食事をしながら、
「『魔窟迷宮』では階層移動に時間がかかるので、どうしても『野営』が必須になるんです」
「そうなんですか?」
「はい。『3階層』ぐらいなら日帰りもできますが、1、2階層を抜けるのに約4時間、往復8時間はかかりますので、結局、活動時間も減ってしまいます。その先の階層ならば、もう『野営』をしない方が無理でしょう」
「なるほど」
「なので今日の『野営』は、将来のための練習と思って体験してみてくださいね」
「うん、わかりました」
僕の返事に、お母様は穏やかに微笑む。
(マルティーナさん、新人の僕のために色々経験させてくれてるんだな……)
本当、頭が上がらないや。
やがて食事を終え、気づけば、木々の間に見える空も真っ暗だ。
僕らは就寝する事にして、
「見張りは?」
「要りません。『魔法の護符』には効力を無視し接近する生命反応があれば、警報が鳴る仕組みになっていますので」
「おお、便利ですね」
「はい、便利です。ですが警報があった時のため、防具は脱がないまま、武器も手元に置いておいてくださいね」
「あ、はい。そうですね」
と、注意点を教わったあと、テントの中へ入る。
(意外と狭い……)
母娘と密着しながら、3人川の字で横になる。
幼女を真ん中にして、僕、マルティーナさんが左右に寝る位置だ。
「えへへ……」
嬉しそうなレイナちゃん。
少し照れた感じで頬が赤く、尻尾もワサワサと揺れている。
(うむ、可愛い)
殺伐とした大森林の中、本当、この子は癒しだね~。
と、幼女の頭越しに、その美しい母親と目が合う。
「…………」
「…………」
何となく『夜の時間』を思い出し、妙な気持ちになってしまう。
いやいや、ここには幼女もいるから。
でも、そういうエッ……がないのに一緒に寝るのは、凄く不思議な感じで、新鮮な感覚でもある。なんか、本当の夫婦や3人親子みたいで……。
お母様も同じ感覚なのか、お互い赤面しながら笑ってしまう。
やがて、目を閉じる。
暗闇の中、風に揺れる梢の音や虫の声、獣の遠吠えみたいなものが聞こえ、その中に、すぐ近くの母娘の息遣いも感じられる。
(……うん)
僕も深く息を吐き、そして、眠りに就いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
無事、朝が来た。
「おはようございます、エト君」
「お、おはよ、お兄様」
朝一で眺める美人母娘のご尊顔は、実に眼福です。
僕もホニャ……と笑い返し、「おはよ~ございま~す」と寝ぼけた声で返事をしたんだ。
朝食を食べたあと、焚火を消し、3人でテントを片付ける。
そして、出発。
昨日と同じくお母様を先頭に、植物の世界を歩いていく。
歩きながら、
「魔窟迷宮の『4階層』と『6階層』には、ギルド運営の拠点施設が造られています。簡易的ですが宿屋や商店などがありますよ」
「へ~、『魔窟迷宮』内に?」
「はい。過去に2度、魔物の襲撃で壊滅した事もありますが、現在は再開されています」
「わ~、皆さん、逞しいですね」
「ふふ、本当に」
なんて会話をする。
また狩りの道中、木々の向こうに大河が見えた。
陽光を反射し、水面が輝いている。
と、その水面が波立ち、巨大な影が一瞬だけ見え、また水中に潜っていくのが見えた。
(え、何、今の?)
驚く僕の頭で、
――龍魚。肉食の魔物で水中はもちろん、水辺に近づく地上の生物も捕食する。
と、『異世界知識』が閃く。
マジか……。
今の、体長5メード以上あったぞ?
(うん、お母様も昨日言っていたし、迂闊に水辺に近づかないように気をつけよう)
と、心に誓う。
そうして狩りをしながら、森の中を移動していく。
その時、
(ん……?)
ふと、巨大な倒木の前に『焚火の跡』があるのに気づいた。
え、焚火……?
僕の様子で、母娘も気づき、
「他の冒険者の『野営』跡ですね」
「ああ、他の……」
「はい」
(そっか)
考えたら、僕ら以外の冒険者が『2階層』の森にいても当たり前だった。
どんな人たちだろ?
ふと、思いを馳せる。
そんな僕の様子を眺め、
「エト君、1つだけ教えます」
「?」
「『魔窟迷宮』で気をつけるのは『魔物』だけではありません。『人』にも警戒してください」
「え……?」
思わぬ警告に、僕は青い目を丸くしてしまう。
お母様は言う。
「地上と違い、魔窟迷宮内は『治外法権』です。もし殺人が起きても、誰にも気づかれません」
「…………」
「事実、『高ランクの冒険者』が『低ランクの冒険者』を襲い、被害者の集めた『素材』を強奪、売り捌く行為などは、過去に何度も起きています」
「……マジ、ですか?」
「マジです」
彼女は真剣に頷く。
僕を見る紫水晶のような瞳は、本当に美しい。
「もちろん、広い空間なので他の『冒険者』に遭遇する事は滅多にないのです。ですが、素材と共に帰還しようとする各『祠』付近で一時期、被害が多発したんです」
「うわぁ……」
つまり、待ち伏せ。
(完全に計画的犯行じゃないか)
僕、ドン引きだよ。
「王国やギルドも『警備兵』を配置しましたが人件費のコストが高く、現在は代わりに『記録機器』が設置されています」
「記録機器?」
「『祠』の照明ですね」
「え? 照明が……?」
驚く僕に、彼女は頷く。
そして、豊かな胸元に提げられた金属プレートを、魅惑の谷間から引き抜く。
僕に見せながら、
「この『登録カード』には所有者の『生体反応』を感知する機能があります。そして、特殊な信号を常に発信もしています」
「え……」
「祠の『記録機器』は周辺にある『登録カード』の信号を受信し、常に記録しています。つまり、何時に、どの冒険者が、どの場所で、どの位いたのか、また、その生死も判別されるのです。完全ではありませんが、そのおかげで被害は減ったようですね」
「ええ~、凄い機能ですね」
「はい、ギルドの秘匿技術らしいです。凄いですよね」
と笑い、凝視している僕の前で、お母様はその小さなプレートを胸元にしまい直す。
ムニュ
……み、見てないぞ。
僕は少し赤面。
それに気づいたマルティーナお母様は少し驚き、そして艶っぽく笑みを浮かべる。
白い指が僕の胸を触る。
その服の下には『登録カード』があり、
「なので、このカードは決してなくさぬように」
「は、はい」
「それと『祠』の周辺以外では信号も記録されないので、もし『祠』以外で他の『冒険者』に出会ったら警戒を忘れないでくださいね。魔窟迷宮内での犯罪は今も0ではなく、ある意味、『魔物』より『人』の方が狡猾で危険なのですから」
「…………。わかりました」
神妙に、僕は頷いた。
(世知辛いのは、異世界も同様か……)
内心、苦笑してしまう。
でも、
「――でも、マルティーナさんとレイナちゃんの事だけは、絶対に信じます」
と、伝える。
母娘は虚を突かれた顔をした。
すぐに、
「あ……はい、そ、そうですか」
「お、お兄様……っ」
と、2人揃って、そのよく似た顔を赤くしている。
(――うん)
もし誰を信じていいかわからなくなっても、僕はこの2人を信じるし、何があっても疑わないぞ。
幼女の方は照れ照れし、お母様はどこか恨みがましそうに僕を見る。
「エト君は、本当に……もう……っ」
「……?」
「わかりました。ともかく『人』との遭遇も警戒しつつ、このまま狩りを続けましょう」
「あ、はい」
僕は頷いた。
そして、僕ら3人は『焚火の跡』を通り過ぎて、緑の深い森の奥へと進んでいったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ドッドッ パパァン
僕の射撃で、巨大な蜘蛛の魔物が紫色の体液を散らし、長い足を折って地面に崩れ落ちる。
(キ、キモい~)
内心、涙目だ。
事前に『虫型の魔物』が多いと聞かされていたけれど、蜘蛛はマジやばい。
でも、『解体幼女』は、
「あ、魔石!」
「まぁ、やりましたね」
巨大蜘蛛を分解し、体内から『魔石』を取り出す娘に、お母様も優しい笑顔だった。
(……うん、まぁ、文化の違いですね)
僕は、若干、遠い目である。
その後も2日目の狩りは続く。
僕だけでなく、マルティーナさんの槍も『牙虎』や『森林ホブゴブリン』を何匹も狩っている。お母様もやはり強い。
幼女の大型リュックも回収した『素材』でほぼ満載だ。
やがて、昼頃、
「では、今回の探索はここまでにして、1度、『地上』に帰りますか」
「あ、はい。そうですね」
「うん、お母様」
移動時間と時差を考えれば、地上に出るのは夕方ぐらいだろう。
僕と母娘は帰路に着く。
と、森の移動中、
(ん……?)
ふと、綺麗な花を見つけた。
水色で透明な、水晶みたいな硬い花弁の不思議な花だ。多分、異世界の固有種だろう。
見ていると、
――水晶花。好事家に高値で取引される希少な花。2階層に生えるレア素材。
と、『異世界知識』君。
(え、高値? レア?)
驚く僕に、母娘も気づく。
「エト君?」
「ど、どうかしたの、お兄様?」
「あ、はい、えっと――」
と、2人にも『水晶花』の説明をする。
彼女たちは驚き、
「まぁ、そんな花が……」
「た、高く売れるの?」
「うん、好事家が高値で買ってくれるみたいだよ」
「そうでしたか。私たちは『魔狩人』ですので『植物素材』にはあまり興味も知識もなくて。エト君は物知りなのですね」
「お、お兄様、やっぱり凄い……」
「あはは、たまたま知ってただけですよ」
と、謙遜しておく。
(いや、実際、僕ではなく『異世界知識』のおかげだしね)
でも、美人母娘の尊敬の眼差しは気持ちいいね……うん、癖になりそう~。
僕は解体ナイフを抜き、しゃがんで、
サクッ
茎を切り、丁寧に『水晶花』を採取する。
透明な花弁の表面に僕ら3人の顔が反射し、本当に綺麗だ。
その『水晶花』を保存用の布にくるみ、肩提げ鞄の上の方に潰さないように入れておく。
(ん、よし)
臨時ボーナス、ゲットだぜ。
僕は母娘を振り返る。
マルティーナさん、レイナちゃんも頷いて、僕らは一緒に笑い合った。
すると、その時、
「――何だぁ、お前ら? ずいぶん、いい素材、手に入れたみてぇじゃねえか?」
と、背後から粗野な声が聞こえた。
(お? 何だ何だ?)
ご覧頂き、ありがとうございました。
明日の更新時間なのですが、昨日お知らせした予定より少し早く、20~21時の間になりそうです。度々の変更で申し訳ありません。
どうぞ、よろしくお願いします。




