020・2階層の大森林
「わぁ~っ!」
思わず僕の口から歓声が漏れた。
目の前には、大森林の光景が広がっている。
樹高20~30メードの木々が密集して生え、更にその100倍はありそうな、先端が空の白い雲の上まで届く巨大樹が森林の中に散見した。
また木々の中を流れる、蛇のように曲がりくねった大河も見つけられる。
そんな風景が、地平の果てまで続く。
そして、僕らの出てきた『第二の祠』は、その全てを見渡せる丘の上に建っていた。
(凄いな……これが『2階層』、か)
赤い荒野の『1階層』とは、全く違う環境である。
驚く僕に、母娘は微笑む。
「この『2階層』は森の世界です。魔物素材以外に『希少植物』なども入手できますよ」
「へ~?」
「出現する魔物は『森林ゴブリン』、『森林ホブゴブリン』、『強酸スライム』、『牙虎』、『角猿』、他『肉食系の魔物虫』など、とにかく多岐に渡ります。あの河には『龍魚』などもいますが、絶対に敵わないので不用意に水辺には近づかないように」
「あ、はい」
「『第三の祠』は真北にあります。ただ今日は『3階層』には行かず、まず、この『2階層』を学ぶ事を優先し、数日間はこの階層を狩猟場としましょう」
「うん、わかりました」
出来の良い生徒よろしく、僕は頷く。
美人のマルティーナ先生も素直さを褒めるように微笑んでくれる。
(えへへ)
先生の笑顔、好き。
その時、ふと背後の『祠』を見て、思う。
「あの、先生、1つ質問が」
「先生?」
「……あ」
し、しまった。
焦る僕に、彼女はクスッと笑い、
「ふふ、いいですよ。何ですか、生徒のエト君?」
「あはは……。え~とですね、この『祠』って魔物が通ったりしないんですか? つまり、『各階層の魔物』が『他の階層』に出現したりしないのか……と」
「いい質問ですね」
お美しいマルティーナ先生は頷く。
「結論を言うと、基本『ありません』」
「へぇ……」
「『魔窟迷宮』には不思議な法則があるらしく、魔物は階層を移動しません。原因を各国の魔学者たちが研究していますが、いまだ不明です」
「なるほど」
「ただ……例外もあります」
「例外?」
「『特殊個体』です」
と、白い人差し指を立てる。
(特殊個体?)
驚く僕の前で、お母様は美貌を引き締め、真剣な口調で言う。
「極稀に『魔窟迷宮』で生まれる突然変異の魔物です。種族ではなく個として存在し、非常に強力な力を秘めています。そして、なぜか『魔窟迷宮』の法則から外れ、階層間を自由に行き来できてしまう唯一の存在……まさに『災厄』の如き魔物です」
「…………」
「現在、オルガランテの『魔窟迷宮』で確認された『特殊個体』は3体。『黄金霊虎』、『静寂の死霊王』、『光輪の白天烏』の3体です」
ゴクッ
思わず唾を飲む。
(何だか、3体とも凄そうだね)
そう思う僕の前で、マルティーナさんの表情が哀しげに曇る。
そして、
「――私の夫、レオンダークも7年前、特殊個体『黄金霊虎』によって殺されました」
(!)
僕は、青い目を見開く。
美しい未亡人さんは紫色の瞳を伏せ、数秒沈黙する。
母の様子に気づき、
「……お母様」
「大丈夫ですよ、レイナ」
心配する娘に、マルティーナさんは淡く微笑む。優しく娘の髪を撫で、そして、彼女は僕の方を向き直る。
「出会ったなら、即、逃げて」
「…………」
「『金印級』だった夫が、多くの凄腕の『魔狩人』たちが命を落としました『特殊個体』とは決して戦ってはなりません。ただ全ての思考を『逃走』に定め、生き延びるために全力を尽くしてください」
「…………」
「お願いします、エト君」
キュッ
彼女の白い両手が僕の手を握る。
その握る力の強さと少し震えた指先に、彼女の心の痛みを感じてしまう。
(……マルティーナさん)
僕は頷き、
「わかりました、約束します」
と、答えた。
それにお母様も安心したように微笑み、頷く。
やがて、気を取り直したように、
「では、今日の狩猟を開始しましょう。エト君には新しい環境ですので慎重に行きますね」
「あ、はい」
「ふふ……さぁ、ついて来てください」
と、先頭で草原の丘を下り出す。
僕とレイナちゃんは一瞬、顔を見合わせ、そして、お母様の背中を追っていく。
先を歩く、長い金髪の流れる背中を見ながら、
(特殊個体、か)
語られた危険な存在を意識する。
まぁ、冒険に『危険』は付き物だ。
でも、広大な『魔窟迷宮』内で、そのたった3体に遭遇するのも相当な低確率だろう。
存在は覚えておく。
でも、必要以上に気にしない――そんな心構えでいよう。
(ん、よし)
僕は顔を上げる。
そして、緑の植物たちが生い茂る未知なる『2階層の大森林』へと足を踏み入れたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ドッドッ パパァン
銀色の『マギ・ブラスター』から射出された『光弾』が緑肌の魔物の頭部を貫く。
(――命中)
魔物たちは、草と土の地面に倒れる。
大量の紫の血が流れ、その身体はピクリとも動かない――絶命している。周囲に、他に動く影も見当たらない。
「全滅です」
と、お母様が宣言する。
僕は頷き、息を吐く。
(リロード)
と、残弾を補充しておく。
幼女はすぐに、魔物の死体を『解体』し始める。
僕も死体を眺める。
敵は10体ぐらいの『森林ゴブリン』、『森林ホブゴブリン』の群れだった。
『森林ゴブリン』は、昨日、散々倒した小人の魔物である。そして『森林ホブゴブリン』は体長1・8メード以上の大人の『森林ゴブリン』って感じで、群れのリーダーっぽかった。
両者とも『木製の武器防具』を身に着け、特に『森林ホブゴブリン』の方は、1度、『木の盾』で『魔力の弾丸』を防がれた場面もあったんだ。
(まぁ、2発目で盾が壊れたんだけど……)
でも多分、『人間種』より筋力、反射、体力などは上に思う。
そこそこ強い。
でも、まだ『マギ・ブラスター』の敵じゃないって感じ。
大体、『森林ゴブリン』の方は昨日と同じ敵で、
「もしかして、今日に備えて予行練習のつもりでクエストを選んでくれたんですか?」
「ふふっ」
僕の問いに、お母様は上品に微笑むのみ。
(あ~、うん、当たりですね)
お美しいお母様は、本当に色々と僕のことを考えてくださる。
その献身がマジ染みます。
やがて、幼女が『魔石』を3つ、肌に生えた植物から『薬草』を5本、回収してくれた。
尚、『薬草』は『回復薬』の原料だと、『異世界知識』が教えてくれる。
「では、次の獲物を探します」
「あ、はい」
「う、うん、お母様」
と、僕ら3人は移動する。
周囲は本当に草木ばかりだ。
木々の背も高く、『地上』の森と比べて密度も高く、長い草の茂みや低木、蔦や苔、たまに灰色の岩などがあり、視界はかなり悪い。
で、緑肌の魔物は、マジで見分けがつかない。
だけど、
「前方50メード2時方向に『森林ゴブリン』の群れが5匹程いますね。前方100メード11時方向には『牙虎』が、同じく10時方向には『強酸スライム』が1体ずついます。――どちらに向かいますか?」
と、獣人のお母様が言う。
……本当、凄い索敵能力である。
正直、脱帽で、
(もし僕1人だったら、魔物の奇襲を受けまくって大変だったかもしれないな)
と、思う次第である。
結局、僕は『牙虎』と『強酸スライム』を頼み、どちらも『マギ・ブラスター』の通常射撃1~2発で無事に倒せた。
ちなみに『牙虎』はたてがみのある白黒の虎っぽい魔物で、長い牙が魔力発光していた。素早く、木々を盾にする知恵もあり、けれど、同じぐらい速く動くマルティーナさんが槍で牽制、足止めしてくれて、僕も『ロックオン』を利用し、2発で仕留める事に成功した。
あと『長い牙』が素材。
もちろん、レイナちゃんがちゃんと解体、回収してくれた。
また『強酸スライム』に関しては、最初、臭いの地点に行っても居場所がわからなかった。
(どこだ……?)
と警戒してたら、
「! 上です!」
「え?」
バフッ
突然、お母様に横から飛びつかれ、2人で密着し地面を転がる。
おお、お胸様の感触が……。
長い金色の髪も鼻先を掠め、甘い香りがする。
なんて思う僕の直前までいた場所に、木の枝から巨大な粘液の塊がベチャリと落ちてきた。
(ひょわ……っ)
思ったよりでっかい。
1人用の浴槽分ぐらいの粘液だ。
そして『強酸』の名の通り、粘液の触れた草がジュウウ……と溶け、地面も黒く焼けていく。
ブルルンと揺れながら、粘液が動く。
その半透明の緑色の粘液の中には、石みたいな真っ赤な『核』があった。
――あれが、弱点。
頭の中で『異世界知識』が閃く。
僕は、美しいお母様と密着して倒れたまま、すぐ様『マギ・ブラスター』の銃口を向け、引き金を引く。
ドッ パン ジュワアア……
光弾が貫通し、『核』が砕けると大量の粘液が崩れだす。
酸性も失ったのか、やがて、水みたいに地面に吸い込まれ、嘘みたいに消えてしまう。
(ふぅ……)
僕は息を吐く。
僕の上に覆い被さるお母様が、
「怪我はないですか?」
「あ、はい。ありがとうございます、マルティーナさ……ん」
「あ……」
密着していたことを思い出し、お互い慌てて離れる。
2人とも赤面だ。
離れる時も綺麗な金色の髪が僕の肌を撫で、甘い香りが漂い、何だか夜の時間を思い出してしまう。
(落ち着け、落ち着け)
と、深呼吸。
ふと見れば、黒い土の上には割れた『核』だけが残っていた。
幼女が回収し、
「い、一応、『砕けた核』も売れるんだよ」
「へ~、そうなの?」
「う、うん。2リドぐらいだけどね」
「…………。安ぅ」
正直な僕の感想に、母娘は苦笑していたけど。
…………。
それからも、僕らは森の中を探索する。
広大な植物の世界には、大きさが1メードもある蝶やトンボ、バッタみたいな魔物虫が存在し、また体長3メードもある角の生えた大猿――『角猿』にも遭遇し、戦闘が発生した。
特に『角猿』は『2階層』最強の魔物らしくて、
(っ……速い!)
木々の枝を使って立体的に移動しながら、投石、爪、噛みつき、棍棒などで襲ってきたんだ。
通常射撃も木の陰や棍棒で防がれ、簡単には当たらない。
かなり僕に肉薄されたけど、
「――しぃっ」
ガッ ギギィン バキィン
鋭い呼気と共に、こちらも『風槍の狼』と呼ばれるお母様が前衛の盾となり、しっかり足止め、そして、僕を守ってくれる。
おかげで、
(――魔力充填射撃)
簡単に7秒を手に入れ、即、射撃。
隠れた木の幹と盾にした棍棒に穴を開け、奴の心臓を『魔力の光線』が貫いたんだ。
戦闘後、お母様は笑い、
「本当にエト君は頼りになりますね」
「こちらこそ、ありがとうございます。マルティーナさんが守ってくれるので、僕も安心して撃てました」
「ふふっ、そうですか」
僕のお礼に、彼女も嬉しそうにしてくれる。
やがて幼女が『角猿』を解体し、『歪な角』と『曲がり爪』を回収する。
気づけば『2階層』の主だった魔物とは一通り戦い、僕もまた『魔狩人』としての経験を積めたと思う。
そして、ふと木々の間の空を見れば、
(ん~……)
まだ青いけれど、太陽の位置はだいぶ西に傾いていた。
そろそろ帰らないとまずいかな?
時差もあるし、移動時間を考えたら『地上』に着くのは真夜中になるかもしれない。
と、お母様も空を眺め、
「そろそろ、いい時間ですね。では、今日の『野営』に適した場所を探しましょうか」
「……え?」
野営って、『魔窟迷宮』に1泊するの?
ご覧頂き、ありがとうございました。
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明日、明後日(17日、18日)の更新は21時~22時の間になります。
突然の時間変更となりますが、どうかご了承下さい。
また、いつも読んで下さる皆さん、本当にありがとうございます!
ブクマ、評価などもして頂いているようで、とても嬉しいです♪
もしまだブクマや評価をしていない方がいらっしゃいましたら、よかったらこの機会にしてみて下さいね。ぜひぜひ、よろしくお願いします。
それでは皆さん、よかったら、また明日も読みに来てやって下さいね。
月ノ宮マクラ




