019・昇印と昔話
「――エト様は本日付で昇印となりました、おめでとうございます」
笑顔の受付嬢さんが『登録カード』を返してくれる。
受け取った金属プレートを見れば、表面の文字が淡い『赤』色に光っていた。
(おお、赤印級……っ!)
僕は青い目を瞠る。
一緒にいた母娘は嬉しそうに笑い、
「おめでとうございます、エト君」
「お、おめでと、お兄様!」
「うん、ありがとう、マルティーナさん、レイナちゃん!」
僕も照れ笑いで応じる。
お母様の予想通り、今回で昇印できたらしい。真新しい『登録カード』を首に提げ、しばし眺める。
やがて、ギルドの建物をあとにし、僕らは『母娘の家』に帰宅。
本日はお祝いという事で、マルティーナお母様が少し豪勢に高級肉のステーキと白蒸しパン、チーズと豆類と葉物野菜のサラダ、果物とクリームのタルトケーキを用意してくれた。
(うん、美味し~、嬉し~♪)
感動しながら美しい母娘と夕食を食べ、笑顔で楽しく談笑する。
やがて、その中で、
「それにしても登録3日で『赤印級』なんて、『昇印』って意外と簡単なんですね」
と、僕は正直な思いを口にした。
すると、母娘は驚いたように顔を見合わせる。
お母様が上品に苦笑して、
「エト君、それは違いますよ」
「え?」
「登録3日で『赤印級』なんて普通はあり得ません。今回はエト君が凄いから『昇印』できたんですよ」
「え……凄い? 僕が?」
僕は戸惑い、青い目を瞬く。
「自覚がないのですね」
「……えっと、はい」
「ふふ、エト君らしいです。今回、『森林ゴブリン』を200匹以上倒しましたが、これは普通の新人が10~20回分のクエストで成すような討伐数になります」
「へ……?」
「普通は魔物の『発見』、『討伐』にもっと時間がかかります。もし新人が1日で20匹倒せれば、誇っても良い戦果と言えるでしょう」
「……ええ?」
「特に『討伐』に関しては、エト君は全て1発で、それこそ1匹1秒で倒してしまいます。この討伐スピードは、正直、私でも無理です」
「…………」
「エト君は本当に、本当~に凄いんですよ」
と、お母様は僕を見つめ、噛み締めるようにおっしゃられる。
(そう、なの?)
いや……でも、確かに『マギ・ブラスター』の性能は破格だという自信と自覚はある。
僕ではない。
あの銀色の『魔法の銃』が凄いのだ。
それに、
「もし、僕が凄いとしたら、それはマルティーナさんが魔物を『発見』し、射撃中、僕を『守って』くれてるからですよ。それにレイナちゃんも『解体』や『荷運び』でサポートしてくれて、だから、僕も安心して討伐に集中できるんです。――もし今回の『昇印』が異例なら、それは絶対2人のおかげです」
と伝え、2人を見る。
そして、正直に言う。
「ありがとう、マルティーナさん、レイナちゃん。僕、2人が大好きです」
「エ、エト君……」
「っ、エ、エトお兄様……っ」
母娘は驚き、同じ紫色の瞳を潤ませる。
僕も少し赤面し、照れ笑いだ。
(本当、2人に会えて良かったな、僕……)
しみじみそう思うよ。
お互い気恥しくなりながら、でも、笑いながら、僕らはそのあとも楽しい夕食の時間を過ごしたんだ――。
◇◇◇◇◇◇◇
――また『秘密の夜』が訪れる。
本日は僕のお祝いという事で、お母様は自身の肉体を使い、様々な技法でご奉仕してくれた。
(お、大人の女って凄い……!)
僕は翻弄されっぱなしだったよ。
でも、気持ち良かった……。
やがて一息、お互い裸のまま、ベッドで休息を取る。
今の『女』の色を醸している美しいマルティーナさんを眺めて、ふと昼間の『母』や『魔狩人』の顔を思い出す。
同じ人なのに、雰囲気がまるで違う。
(う~ん?)
何だか、人生経験の差を感じる。
と、僕の視線に気づき、
「どうかしましたか、エト君?」
「あ、いえ」
「?」
「その、マルティーナさんって、どうして『冒険者』になったのかな~って、ふと思って」
僕は今日、昇印した。
でも、今はベテランのお母様にも同じ『新人』の時期があった訳である。
なので、昔の彼女がふと気になったのだ。
お母様は目を丸くし、すぐに笑う。
「大した理由ではありませんよ?」
「うん」
「私の両親は『行商人』だったんです。なので、私も幼い頃から各地を旅していて、けれど、12の時に魔物に襲われ、両親が亡くなってしまって」
「!」
「当時の幼い私が生きれる手段は限られていました。そして、両親が亡くなったのは『オルガランテ』近くの街道で、その迷宮都市という場所柄、私も生きるために『冒険者』となる事を選びました……それだけです」
「…………」
気軽に聞いていい話じゃなかったかも……?
(でも、そっか)
ご両親、亡くなってたのか。
そして、マルティーナさん、12歳からずっと『冒険者』で生きてきたんだね。
……槍の実力、凄い訳だ。
彼女は懐かしむように、虚空を眺める。
「レオンダークと……夫と初めて会ったのは、私が17の時でした」
「…………」
一瞬、ドキッとした。
白い裸身を見せる未亡人さんは、静かに語る。
「夫は5歳年上で、当時から『オルガランテ最高の魔狩人』として名を馳せていましたね。若い私も彼に憧れていて、そのパーティーに誘われた時は胸を高鳴らせたものです」
「…………」
「『金印級』だった彼には『戦闘技術』を教わり、やがて私も『銀印級』にまでなれました。同時に『女』としての自分も教わって……」
「…………」
どこか楽しそうに語るマルティーナさんに、僕は若干、旦那様へのジェラシーを感じてしまう。
(お、落ち着け、僕)
全部、昔の話じゃないか。
そう自分に言い聞かせ、短く息を吐く。
そして、興味本位で聞いてみる。
「その……旦那さんって、どんな人だったんですか?」
未亡人さんは僕を見る。
紅い唇が動き、
「――一言で言えば、『女好き』です」
(……………………え?)
僕、唖然。
言葉の出ない僕に、彼女は笑う。
「彼も狼の獣人で、だからなのか、常にハーレムという『群れ』を形成していました。何しろ、『王国有数の魔狩人』ですからね。モテる人でしたよ」
「…………」
「結局、私もその1人で」
「…………」
「ただ私が妊娠した事で責任を取り、結婚してくれたのだと思います。ですが、結婚後も何人かと……本人は隠しているつもりだったようですがね」
と、苦笑なさる。
(え、ええと……)
コメントし辛いよ、旦那さん!
ただ、話しているマルティーナさんの顔には『怒り』や『悲しみ』の色よりも、むしろ『諦観』や『割り切り』といった感情が強く見える。
僕は迷いつつ、
「その……変な人ですね、旦那さん」
「あら?」
「マルティーナさんみたいな素敵な人を手に入れたのに、他の人に目移りするなんて……正直、僕には理解できないです」
「ふふっ、ありがとうございます、エト君」
彼女は嬉しそうにはにかみ、
チュッ
軽くキスしてくれる。
拍子に、サラリとこぼれた長い金色の髪が僕の肌を撫で、凄く気持ちいい。
元人妻の美女は、僕の黒髪を白い指で梳く。
「確かに彼は、いい『夫』ではありませんでした」
「…………」
「ただ、生まれたレイナの事は凄く可愛がってくれて、いい『父親』であろうとはしてくれていたんです。レイナ自身は幼くて、きっと覚えていないでしょうが……」
「…………」
「破天荒で、女好きで……でも、不思議と周囲を惹き付ける人でしたね」
と、呟くように言う。
僕は一瞬、息を詰め、そして、聞く。
「今でも、好きですか?」
「もちろん」
お母様は即答した。
(――そっか)
わかっていたけど、でも、やはり胸が痛い。
だけど彼女は、
「――ですが、今の私は『エト君の女』ですよ?」
(!)
驚く僕に、
「レオの事は忘れません。けれど、この先、彼への想いが積み重なる事もないでしょう」
「…………」
「ですが、エト君とは」
「マルティーナさん……」
「ふふ、駄目ですね。こんなおばさんが、こんな若くて素敵な男の子に夢中になってしまうなんて……あの人の『女好き』を責められません」
「…………」
「でも、私はエト君が……」
その美しい未亡人さんは、ジッと僕を見つめる。
潤んだ瞳。
どこか不安そうで、泣きそうな、だからこそ魅力的な表情で――僕は、その美貌から目が離せなくなってしまう。
僕は、その頬に触れる。
「僕にとっては、マルティーナさんは世界で1番魅力的で、素敵で、大好きな女の人です」
「……ああっ」
伝えると、彼女は感極まったような声を漏らした。
泣き笑いの表情で。
その唇に、僕は自分の唇を押し当てる。マルティーナさんも目を閉じ、受け入れてくれる。
そのまま、ベッドに2人で倒れる。
「今の私の全ては……もう、エト君のモノですよ」
「!」
「さぁ、もう1度、好きにして……」
「マルティーナさん……っ」
甘い誘いに僕は我慢できず、その熟れた女体に襲いかかった。
彼女も『女』の笑顔で受け入れてくれる。
全てを上書きし、何かを染め直すように……その夜も僕らは夢中になって、お互いを愛し合ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
本日も『魔窟迷宮』にやって来た。
(赤印級、初だ)
昨日までと少し気分も違う。
建物前の兵士と代表のマルティーナさんが手続きをし、『登録カード』を提示する。
ん……?
それを見た兵士が驚き、僕とカードを見比べた。
(あ……そか)
新人の初ダンジョンから4日目、その記録が残っていたのだろう。なのに今、登録カードは『赤印級』である。
ふふ、早いだろ~?
内心、得意になりながら、軽く会釈。
兵士さんも感心した顔で、やがて、無事に中へ通してくれる。
お母様も、
「エト君の昇印の早さに、門番兵も驚いていましたね」
と、小声で言い、おかしそうに笑う。
僕もつい笑顔になり、頷く。
やがて、建物に入り、中の階段を下って赤土の荒野に出る。そのまま北上し、『2階層』への階段を目指す。
道中、遭遇したレッドゴブリンは即、『マギ・ブラスター』で駆除、あるいは追い払う。時間を惜しみ『解体』も行わない。
やがて、2時間後、
(お……あれだ)
例の『祠』が見えた。
『地上』に行くのと全く同じ構造。でも、入口の部分に透明な青い光の『幕』がある。
「あれが『結界』です」
「結界……」
「はい。『無印級』だとあれ以上先に入れません。仕組みは不明ですが、ギルドが設置したものですよ」
「へ~?」
不明なのは、多分、無効化対策かな?
(無理矢理『2階層』に行こうとする人、きっと絶対いるもんな)
幼女は笑い、
「い、今のお兄様なら平気だね」
「うん、そうだね」
僕も笑顔で頷く。
うむ、僕は今、『赤印級』なのだ。胸を張り、堂々とこの『結界』の先に行けるのである。
笑い合う僕と娘に、マルティーナお母様も紫色の綺麗な瞳を細めている。
「では、エト君、レイナ、『2階層』に行きましょう」
「あ、はい」
「うん、お母様!」
僕らは頷き、『祠』に入る。
青い光に触れ、
ヒィン
一瞬、『登録カード』の文字が光る。
同時に薄い『何か』を通り抜けた感触がして、僕の身体は無事『祠』の内側にいた。
(よし)
内心、安堵とガッツポーズ。
薄暗い『祠』内には、長い下り階段がある。
数秒見つめ、そして僕はその段差へと足裏を降ろし、未知の『2階層』へと向かったんだ。




