017・マーダーマンティス
ドッドッ パパァン
光弾が直撃し、真っ赤な小人が2匹、眉間に穴を空けて吹き飛ばされていく。
――レッドゴブリン。
猿に似た人型の魔物だ。
特徴は赤い肌で、額には歪な短い角が生えている。
本物の猿みたいに俊敏で、体格以上に筋力もあり、『錆びた短剣』や『骨の槍』などを揮う知恵もあって、なかなか厄介な魔物だとか。
(でも、1匹1発だね)
遠方からの不意打ちで射撃すれば、この結果であった。
母娘も感心した様子で、
「お見事です、エト君」
「お兄様、凄い……」
えへへ、どうも。
照れながら、
「マルティーナさんが先に発見してくれるおかげです。僕1人だったら、正面からの戦闘になって大変だったと思います」
先手は重要だ。
そして、お母様の優秀な索敵能力のおかげで、常に先手が打てている。
(楽なのは、お母様がいるからだよ)
勘違いしてはいけない。
そして、感謝も忘れてはいけないのだ。
僕の言葉に、マルティーナお母様は嬉しそうに微笑んでくれる。うん、この笑顔だけで僕もお礼を忘れずにいられるよ。
お互い笑って、ウィンウィンだ。
幼女も笑い、
「じ、じゃあ、解体するね」
と、解体ナイフを取り出す。
ザクッ シュパ
(う……わ)
可愛い幼女が人型の死体を切り刻む光景は、なかなかにシュール……正直、ちょっと引く。
その間、お母様は、
「レッドゴブリンは特に素材はありません」
「え?」
「たまに『魔石』が出ますが、それ以外は何も。あまり実入りの良い獲物ではないのです」
「ええ~……」
「ただ、レッドゴブリンは道具を使います。特に冒険者の遺品を所持する事があり、その武器や防具、たまに硬貨が手に入ります」
「へぇ~、そうなんですね」
「はい。なので、『当たればそれなりに儲かる』魔物ですね」
と、教えてくれた。
尚、今回の2匹からは『魔石』は取れず、装備も売れそうな品ではなかったようで。
「……残念」
と、幼女はしょんぼりする。
(あはは……)
僕は苦笑し、がんばってくれた幼女の頭を撫でてやる。
彼女は目を細め、尻尾をパタパタ揺らし、そんな僕らをマルティーナお母様も優しく眺めていた。
その後も、しばらく狩りをする。
多くが『岩石甲虫』でたまに『レッドゴブリン』を狩る感じ。
また、何匹か倒した『レッドゴブリン』の1匹から『古いネックレス』が手に入った。多分、30年以上前の貴金属で、それなりの値段が付きそうだとか。
(やったぜ)
母娘と喜び合う。
やがて、手頃な岩を椅子に、青空の下で3人で携帯食を食べたり水を飲み、休憩する。
休憩後、再び移動開始。
また何匹か獲物を狩り、
「!」
その時、突然、お母様の表情が変わった。
(ん?)
いつも穏やかな美貌が今は厳しい表情を浮かべ、足を止め、形の良い鼻を動かしながら前方を睨んでいる。
え、何?
戸惑う僕の横で、幼女も「あ……」と呟いた。
何かの臭いを嗅いだ様子で、
「レイナちゃん?」
「あ、う……」
「?」
僕は困惑し、
「――この先に、『マーダーマンティス』がいます」
と、お母様が言った。
(え?)
僕は、彼女を見る。
マルティーナさんは前方を見ながら、
「1階層で『マーダーマンティス』は、他より頭1つ、2つ抜け出た強さの魔物です」
「えと……」
「『輝石甲虫』ほどレアではありません。ですが危険度は同じか、それ以上……。1階層の冒険者が死亡する1番の原因は、『マーダーマンティスとの遭遇』です」
「…………」
(そんなに強いの?)
彼女の警告に、僕はゾクゾクしてくる。
と、マルティーナさんが僕の表情に気づく。
驚き、苦笑して、
「……狩りたいですか?」
「はい!」
僕は、全力で頷いた。
正直に言うと、『岩石甲虫』や『レッドゴブリン』は弱すぎる。安全に狩れるのは悪くないが、楽しくもない。
せっかくの『マギ・ブラスター』も宝の持ち腐れだ。
でも、
(『マーダーマンティス』……1階層最強の魔物、か)
いいじゃないか。
――その強さ、ぜひ見てみたい!
心の内側で『前世の僕』も全力で訴えている。
獣人の幼女はお目目を真ん丸にして僕の顔を見つめ、僕とお母様は数秒、見つめ合う。
やがて、彼女は頷き、
「わかりました」
「!」
「では、狩りましょう。……私も槍を揮う機会がなくて、少し退屈でしたからね」
と、薄く微笑む。
そして、手にした槍をヒュンと回し、穂先の刃が陽光を反射して妖しく白い光を散らす。
(おお……まさに狼の顔だ)
凛々しく、美しい。
そんな狼人種の美しい女の先導で、僕らは荒野を進む。
やがて、約5分後、
(――いた)
視線の先、赤土の大地を歩いている1匹の『マーダーマンティス』と僕らは遭遇した。
◇◇◇◇◇◇◇
(想像より大きいな)
体長2・5メード程のサイズがある。
見た目は名前通り『カマキリ』に似ているけれど、頭部に触角とは別に角みたいな突起があり、大鎌の腕も4本生えていた。
その巨体が悠々と赤土の大地を歩いている。
(まだ、こっちに気づいていないね)
先手が打てる。
僕とマルティーナさんは目を合わせ、頷き合う。
ヒィン
手の中に『マギ・ブラスター』を出現させ、銃口を『マーダーマンティス』へと構えた。
赤い照準を頭部に表示させ、
(さて、どうかな?)
ドッドッドッ
まずは3連射。
他の魔物なら即死だが……おっ?
ガッ キィン チュン
巨大な複眼が動き、直後、4本の大鎌が『魔力の弾丸』を全て叩き落としてしまう。斬られた光弾は砕け、光の粒子となって散る。
(おお、マジか)
僕、歓喜。
笑いながら、更に連続で射撃する。
ガガッ チュイン キキィン
全て弾かれ、1発も当たらない。
(凄い、凄いな、マーダーマンティス! 歯応えあるじゃないか!)
よく見れば、奴の揮う4本の大鎌は淡く発光している。ふむ……多分、『魔力』的な強化がされているのかな?
と、僕の銃撃を弾きながら、奴は翅をガバッと広げた。
(! 来る!)
「来ます!」
僕が気づくのと、お母様の警告は同時だった。
直後、『マーダーマンティス』は巨大な翅を羽ばたかせ、空中を突進して僕らに襲いかかってくる。
僕は射撃を続けながら、後ろに下がる。
幼女も僕より更に後ろに下がり、逆にお母様はただ1人、前に出た。
(え? マルティーナさんっ?)
彼女は、槍を揮う。
ガキィン
激しい火花が散り、突進してきた『マーダーマンティス』の大鎌とぶつかる。
勢いを殺され、奴は着地する。
「――しっ」
鋭い呼気と共に、お母様は白い槍の刺突や斬撃を繰り出した。
ガィン キン ギギン シャイン
霞むような速さで、白い槍と4本の大鎌がぶつかり合い、連続した金属音と火花が周囲に撒き散らされていく。
(速っ!?)
マルティーナさんの槍、とんでもない速さだ。
目で追えない。
そして、相手の大鎌は4本なのに、槍1本で完全に互角にやり合っている。
よく見れば、槍の穂先も『魔力発光』で青白く輝いている。
その闘う姿は勇ましく美しく、金色の髪も長くたなびいて、まるで英雄を描く絵画みたいな光景だった。
(お母様、こんなに強かったのか)
その姿に、つい見惚れてしまう。
いや、そんな場合じゃない――1秒で思い出し、射撃を再開する。
チュン キィン
でも、『マーダーマンティス』はお母様の相手をしながら、こちらの銃弾も弾く。視野と反応速度が尋常じゃない。
(――通常射撃じゃ無理だ)
悟り、
「マルティーナさん、7秒ください! それで奴を仕留めます!」
「承知しました!」
戦いながら、彼女も応える。
(よし)
僕は即『リロード』し、『魔力充填射撃』を開始する。
充填中、マルティーナさんの戦う背中を見つめる。
あの巨大な魔物を1人で引き受け、しっかりと足止めしてくれている。なんて頼もしい。
(これが『前衛』の仲間、か)
つい、笑みがこぼれる。
やがて、
ヴォン
銃口の先に、直径30センチ程の『魔法陣』が展開された。
――第1段階、充填完了だ。
「撃ちます、離れて!」
「!」
叫んだ瞬間、彼女はタンッと横に跳び――同時に僕は引き金を引く。
カォン
魔法陣から太い光線が射出される。
『マーダーマンティス』は目の前の敵がどいた途端、現れた光線に、急ぎ4本の大鎌を交差させて防御態勢を取る。
ジュオッ
光線は、4重に重ねられた大鎌を溶かし貫通、更に奥にあった胴体を貫いていく。
青い空に抜け、光が消える。
そして、『マーダーマンティス』の巨体は上下に分かれ、ズズゥ……ンと赤い土煙を散らしながら地面に崩れ落ちた。
(よし、やった!)
僕は銃口を向けたまま、油断なく『リロード』する。
一方、お母様は驚いたように、焼け焦げた穴の開いた『マーダーマンティス』の死体を見つめ、幼女もあんぐりお口を開けたまま、尻尾をボワッと太くさせていた。
そして、お母様が僕を見る。
僕は頷き、
「やりましたね」
と、笑う。
マルティーナお母様は数秒、そんな僕を見つめる。
やがて、上品に苦笑して、「はい」と美しい金髪を揺らしながら頷いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「『マーダーマンティス』は足から狙いましょう」
幼女の解体中、お母様に指摘された。
(ああ……)
言われ、僕も気づく。
奴には大鎌以外に、4本の足が生えていた。
「先に足でしたか」
「はい。大鎌の届かない部位、そして、足を破壊し機動力を奪う。その上で仕留めるのが、本来の『マーダーマンティスの討伐方法』です」
「確かに……」
言われてみればその通りだ。
(なぜ、先に頭部を狙ってしまったのか……反省だ)
僕の表情に、彼女は微笑む。
「エト君は、今まで1人でしたからね。接近されるのを嫌い、短時間で仕留めるために急所を狙う――その癖があるのだと思います」
「…………」
「でも、今は私たちがいます」
ギュッ
お母様は、僕の手を握る。
(あ……)
「私がエト君を守る『盾』になります。だから安心して、確実な方法を選んでいきましょう」
「――はい」
僕は頷いた。
彼女も柔らかな笑顔で頷いてくれる。
(これが、仲間……か)
胸の奥が温かく、何だかくすぐったい気持ちだよ。
やがて、レイナちゃんの『解体』も終わる。
手やナイフを紫の血に汚した幼女は、少し残念そうな顔で、
「……いい部位、採れなかったの」
(あら?)
「1番高く売れる『大鎌』は4つとも溶けたから無理で、体内に『魔石』もなくて、だから、お金になりそうな素材は『魔力器官』だけになりそう……」
「…………」
ぼ、僕のせいか~。
(あの『大鎌』、売れる素材だったのか)
なるほど……そりゃあ、お母様から『倒し方』の指導が入る訳ですよ。
僕は母娘に謝る。
「あの、僕のせいでごめんなさい」
「え、ううんっ」
「いいんですよ。今回は『素材集め』ではなく、『パーティーとしての初陣』が目的ですから。そういう意味ではきちんと成功しています」
幼女は首を振り、お母様は優しく微笑む。
2人とも優しい……。
(……うん、この失敗も次の糧にする。反省して、これからに活かしていくぞ)
と、自分を鼓舞する。
そして、本日の『魔窟迷宮』はここまで。
青い空はまだ『午後3時ぐらい』の感じだけど、地上とは時差がある。多分、『地上』はもう『夕方ぐらい』だろう。
来た方向を3人で戻る。
歩きながら、
「え? 更に2段階、威力が上がるのですか?」
「はい。充填に7秒×3段階で、最大21秒かかりますが、小さな山ぐらい貫通しますよ」
「まぁ……」
その説明に、お母様、絶句。
娘ちゃんも「お兄様、やっぱり凄い……」と尊敬の目だった。
(えへへ)
そして、お母様は、
「では、私は21秒、最大で耐えれば良いのですね。何と楽な『前衛』の役割でしょうか……」
と、呟かれる。
(いや、21秒って長いと思うけどな)
仮に無呼吸で、全力で動いてとか考えたらさ。
でも実戦では、もっと長い継戦が普通にあるのかもしれない。
(……ま、実際には『第1段階』で通用してるし、今の所、7秒で充分みたいだけどね)
そんな会話をしながら、赤い荒野を歩く。
やがて『祠』に到着、長い階段を登り『地上』へと辿り着いた。
外も赤い。
うん、夕焼けの空だ。
3人で見上げ、そして、
「マルティーナさん、レイナちゃん、今日はお疲れ様でした」
「はい、エト君も」
「う、うん、お兄様」
と、母娘と笑い合う。
そして、美しいお母様が言う。
「――また明日、一緒にがんばりましょうね」
明日も、一緒に。
その言葉が、意味が……胸に沁みる。
僕も笑顔で「はい!」と元気に答えた。
マルティーナさんも優しく笑い、幼女も嬉しそうに頷く。2人の尻尾もパタパタと揺れる。
(――うん)
本日の冒険もこれにて終了。
やがて僕は、美しいシュメ母娘と共に夕焼けの赤い家路を辿っていった――。




