016・相互理解
美しい母娘と赤い大地を歩いていく。
先頭はマルティーナお母様で、続いて僕、最後尾にレイナちゃんの並びである。
と、歩きながら、
「この階層に出る魔物は『岩石甲虫』、『角ウサギ』、『レッドゴブリン』、『水晶角鹿』、『マーダーマンティス』が主だったものです」
「へ~?」
「地上と通じる『祠』を基点に、東側には『岩石甲虫』が、西には『角ウサギ』、『水晶角鹿』が、南には『マーダーマンティス』が、北には『レッドゴブリン』が生息しています。もちろん生息域外でも見かける事はありますよ」
「……なるほど」
つまり僕は昨日、東地区を歩いていたらしい。
(だから、『岩石甲虫』としか遭遇しなかったんだね)
と、真実を知る。
お母様の白い指は、前方を示す。
「『祠』から真っ直ぐ北に向かうと、次の階層に通じる『第二の祠』があります」
「おお、次の階層」
「はい。ただ階段前にはギルドが『結界装置』を設置していて、『無印級』は先に入れないようになっています」
「…………」
「なので、今日はこの階層を色々巡っていきます」
「はい……」
ショボンと頷く。
と、僕の様子に気づき、彼女は苦笑なさる。
「大丈夫。ランクはすぐに上がりますよ」
「はい……」
「それよりも、今日は私たちパーティーの初陣です。お互いの能力を知り、今後に生かすための大事な時間になります」
「――あ」
「何が得意か、何が不得意か、それを知り、自分の命を預ける相手として、仲間への理解と信頼を深めましょう。今日は、そのための1日です」
「うん、わかりました、マルティーナさん」
さすが、熟練だ。
助言に頷く僕に、マルティーナお母様も微笑んでいる。
娘ちゃんも、
「き、今日はがんばろうね、お兄様」
「うん、そうだね。今日はレイナちゃんのことも色々教えてね」
「う、うん! えへへ」
と、照れ臭そうに笑う。
尻尾もパタパタ揺れて、ほんま可愛いのぉ。
僕もつい笑顔になってしまう。
そうして笑い合う僕と娘ちゃんを、お母様も優しい眼差しで見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇
3人でしばらく歩き続ける。
(多分、北東方面かな?)
太陽の位置からそう進路を予想しつつ、今は先頭のマルティーナさんについていく。
と、その時、突然、お母様の足が止まった。
「?」
僕と幼女も足を止める。
お母様は目を閉じ、かすかに整った顔を持ち上げている。
クンクン
形の良い鼻が動き、
「この先に『岩石甲虫』がいますね」
「え?」
「距離は約600メード先、数は恐らく5匹ほどでしょうか。腐肉の臭いもするので何かの死体を漁っているようです」
「わかるんですか?」
「はい、私たちは『狼人種』なので鼻が良いんです。風向き次第ですが、ある程度は判別できますよ」
「へ~、凄い!」
さすが、獣人さんだ。
感心する僕に、お母様は少し恥ずかしそうにはにかまれる。
ちなみに『異世界知識』によれば、『1メード』は『1メートル』とほぼ同じ長さらしい。
(つまり、600メートル先がわかるのか)
実に優秀な索敵・探査能力である。
もしかしたら、娘ちゃんもできるのかな? シュメ母娘の『得意項目』か……うん、仲間として覚えておこう。
そして僕らは、その方向へと進む。
やがて、赤土の大地の遠方に、本当に腐肉を漁る『岩石甲虫』の群れが見つかった。
数も5匹……さすがだ。
「いましたね」
「はい。数が多いので慎重に行きましょう。私が先行し何匹か引きつけますので、エト君は残りを狙ってください」
「え、そんな必要ないですよ?」
「え?」
槍を構えようとしていた彼女は、僕を見る。
僕は頷き、
「――この距離と数なら一瞬で終わらせられます」
と、伝えた。
お母様は「……一瞬?」と戸惑いの表情だ。
説明するより見せた方が早いか。
(来い、マギ・ブラスター)
ヒィン
僕は、右手に銀色の『魔法の銃』を亜空間から出現させる。突然の出現に、母娘は一瞬、「!」と驚いた顔をする。
構わず僕は、銃口を魔物の群れに向け、
(多重ロックオン)
赤丸の照準を5匹全部に表示。
狙いは強固な岩の外殻ではなく、頭部に細かく絞っておく。
「――撃ちます」
母娘にもわかるよう口に出し、引き金を引く。
ドッドッドッ パパパァン
銃口から魔力の『光弾』が射出され、遠い『岩石甲虫』5体の頭部に正確に命中、一瞬、光の火花を散らして貫通、あるいは頭部を丸ごと吹き飛ばしていく。
甲虫は全匹倒れ、赤土の上で動かなくなった。
数秒経過、絶命を確信し、
(よし)
僕は『リロード』し、銃口を青い空へ向けておく。
見れば、母娘は唖然とした表情だった。
「……まさか、こんな……この距離の『岩石甲虫』5匹を、一瞬で……?」
「お、お兄様、凄い……っ」
マルティーナさんは目を見開き、娘ちゃんの方も素直に感心してくれる。
(うへへ、えっへん!)
その表情が気持ち良い。
どうですか、僕の専用武器『マギ・ブラスター』の性能は……なかなか優秀でしょう?
もう鼻高々である。
やがて僕らは、魔物5匹の死骸に近づく。
お母様がしゃがみ、1匹ずつ確かめ、
「本当に死んでいます」
「うん、ですね」
「エト君の火力、射程、精度がこれ程とは……。先日の『森林狼』の時に知ったつもりでしたが、私の認識が甘かったようです」
「…………」
「その若さで、エト君は本当に凄い実力者なのですね」
「えへへ……」
美しいお母様からの熱い眼差しに、少し照れてしまう。
幼女もキラキラお目目で、「さすが、お兄様……」と僕を尊敬したように見てくれる。
あはは、参ったな~。
(いや、まぁ、実際、凄いのは『マギ・ブラスター』なんだけどね?)
うん、わかってる。慢心は禁物だ。
そして、僕らは戦利品の『岩の外皮』の回収を始める。
解体ナイフを取り出して、
「レ、レイナ、やるよ」
「え?」
驚く僕の前で、幼女もナイフを抜く。
魔物の前にしゃがみ、
サククッ シュ~ッ パキィン
手慣れた様子で、手早く、けれど丁寧に『岩の外皮』を魔物本体から取り外していく。
(え、早っ)
僕、唖然。
僕の昨日の解体に比べ、何倍も早い作業だ。魔物の構造の把握、ナイフへの力加減、単純な腕力など、全ての解体技術が僕より上に思う。
お母様は微笑み、
「昔からさせていたので、『解体』はレイナの得意分野なのです」
「へぇ~?」
そうなのか。
(小さいのに偉いなぁ、レイナちゃん)
僕の視線に気づき、
「え、えへへ……」
幼女は照れたように笑う。
ただ、その頬に魔物の返り血が点々と紫色に付いているのは、ご愛敬……。
と、その時、
「あ、魔石」
「あら、ありましたか」
(え?)
幼女の手に、紫色の宝石がある。
直径は1センチぐらい、透明で歪な形をし、魔物の体液で汚れているけれど、レイナちゃんが布で拭き取ると綺麗な光沢が現れた。
(何これ?)
と、見つめ、
――魔石。魔力の結晶塊。たまに魔物の体内から見つかり、そこそこの値段になる。
そう頭の中で『異世界知識』が教えてくれる。
(へ~、そんなモノがあるのか)
面白いなぁ。
そして、ありがたい臨時収入だ。
僕は、幼女に笑いかけ、
「やったね、レイナちゃん」
「う、うん」
照れたように、彼女も笑う。
マルティーナお母様も微笑み、取り出したタオルと水筒の水で、娘の汚れた手と頬を綺麗に拭いてやる。
「ご苦労様。荷物もお願いしますね」
「うん、お母様」
頷く娘の頭を優しく撫でる。
やがてレイナちゃんは『岩の外皮』10枚と『魔石』1個を大型リュックにしまい、
「ん……しょ」
ギシシッ
肩ベルトを軋ませ、立ち上がる。
(おお……凄い力だね)
昨日、僕は『岩の外皮』9枚と『宝石の外皮』1枚の重さで限界になったのに、彼女は同じ重量を背負っても平然とした様子で立っている。
僕の視線に、獣人の幼女は「?」とした顔だ。
(なるほど、『得意項目』……か)
例え幼くとも、やはり『青印級』の冒険者は伊達ではないんだね。
美人母娘が僕を見て、
「では、エト君、次の獲物を探してみましょう」
「行こ、お兄様」
「あ、はい。行きましょう」
僕が頷くと、2人も微笑む。
こうして相互理解を深めながら、僕らは更なる赤い荒野の奥へと進んでいったんだ。




