012・地上へと戻って
(今日はここまでにするかな)
『輝石甲虫』の素材を回収したあと、僕は地上に戻る事に決めた。
理由?
ここまで長く探索してきた、その心身の疲労、そして、
ガシャッ
「ん、重い」
肩提げ鞄の中が、2種類の外皮で満杯だからだ。
重量もそこそこあるしね。
出入り口の『祠』まで歩く体力や、道中、もし戦闘が発生した場合を考えたら、余力を持って帰還し始めた方がいいだろう。
と、いう訳で、赤土の大地を来た時と逆に戻っていく。
え~と、
(こっちだったね)
来た時に見た景色から方角を確かめながら、大小の岩と低木の生える赤い地面を歩き続け、やがて『祠』が見えてきた。
太陽は傾き、空は夕焼けの時刻だった。
薄闇の中、祠の上で回転する照明の光が目立っていて、見た瞬間、とても安心する。
幸い戦闘もなく、ここまで来れた。
(あと少し)
最後まで油断なく歩き、やがて、祠に到着して中の階段を登っていく。
半球状の建物内に出る。
(うん……ここまでくれば安全かな)
ようやく緊張を解く。
そのまま外に出て……えっ?
建物の外は、夜の景色だった。
頭上の空は暗く星々と2つの月があり、地上には光の灯った街の夜景が広がっている。
(何で……?)
階段の下は、まだ夕暮れだったのに。
そう思った時、
――地上世界と『魔窟迷宮』内では、時差がある。
と、『異世界知識』が閃く。
マジかよ……。
(じゃあ、何時間、潜ってたんだ、僕?)
少なくとも勘違いしていた時差分、長く活動してた事になる。
……そりゃあ、疲れる訳だ。
呆れつつ、僕は門番の兵士さんの所で手続きを行い、敷地の外に出る。
このあと素材買取で『冒険者ギルド』に行かないといけない。
となると、
(約束したマルティーナさんの家に行くの、遅くなりそうだね……)
夜遅くの訪問は、なんかお母様に申し訳ない。
でも、だからって『今夜は母娘の家に行かない』という選択肢も有り得なかった。
――だって、『約束』あるし。
昨夜の素晴らしい感触を思い出し、思わず両手の指がモゾモゾと動いてしまう。
い、いかんいかん。
僕は強く首を振り、
(うん、できる限り急ぐぞ!)
鞄を肩にかけ直し、急ぎ足でオルガランテの夜の通りを進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
「……まさかの1万リドだよ」
僕は唖然と呟いた。
素材の売却を終え、冒険者ギルドを出た直後の夜道である。
『宝石の外皮』の買取価格は、1万リド、なんと日本円で約100万円だった。
(マジで?)
金額を提示され、僕も驚いたよ。
でも、『輝石甲虫』はレア魔物らしく、またその防御力から倒される事も滅多にないため、これぐらいの高値になるらしい。
実際、『宝石の外皮』を見て、素材買取所の人も驚いていたよ。
あ、ちなみに『岩の外皮』は、1枚5リドで9枚45リド……4500円です。
(落差が酷い……)
『輝石甲虫』に出会えなかったら、1日の収入は相当渋かったろう。
でも、これが新人冒険者の現実か。
今後、どうやって稼いでいくか、色々考えないといけないな。
(でも、ま、今日は大成功だ)
冒険者ギルドには預金口座もあって、僕は報酬の9割を預け、1割の1000リド、10万円分だけ現金で所持している。
ジャラッ
ふふっ、布の財布が重いぜ。
と、街中の時計塔が午後8時を回っているのに気づく。
(おっと、いけない)
今後の事はまたあとで考えるとして、今は約束を守るため、マルティーナさん宅へと急がなければ。
……未亡人さんとの約束。
その時間を想像し、つい頬が緩む。
(お、落ち着け)
実は、今夜はお母様への手土産も用意してある。
喜んでくれたらいいな……と思いつつ、これ以上遅くならないようにと、僕は彼女の家がある住宅街の方へと夜道を急いだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
母娘の家の前にやって来た。
周囲は暗く、こんな時間の訪問になってしまって、迷惑に思われないか少し緊張してくる。
1度、深呼吸し、
(――よし)
カンカン
扉のノッカーの金具を叩いた。
長い沈黙があり、やがて、かすかな足音が近づいてくる。
「……どちら様ですか?」
マルティーナさんの声だ。
うん、綺麗な声……などと思いながら、僕は「あ、すみません。エトです」と答える。
一瞬、扉の向こうで息を飲む気配があり、
「っ、エトお兄様っ!」
バタン
突然、扉が開いて、小さな幼女が僕のお腹に飛びついてきた。
(わっ!?)
慌てて、その勢いを受け止める。
見れば、幼女の尻尾はブンブンとはち切れんばかりに左右に暴れていた。
「お、おかえりなさい、お兄様」
と、僕を潤んだ瞳で見つめる。
なんか、大歓迎だ。
「うん、ただいま」
僕は笑い、おかっぱの金髪を撫でてやる。
獣人の幼女も紫色の瞳を細め、「え、えへへ」と嬉しそうにはにかんでいた。
視線を動かす。
玄関では、そんな僕らを見つめるマルティーナお母様がいらっしゃった。
室内灯に、金色の長い髪がキラキラと輝いている。
(……本当に綺麗な人だな)
しばし、僕らは見つめ合う。
やがて、
「こんばんは、エト君」
と、彼女が口を開いた。
穏やかな声が耳と心に沁みる。
「こんばんは、マルティーナさん。……その、こんなに遅くなってしまって、すみません」
挨拶と共に、僕は謝罪する。
マルティーナお母様の紫の瞳はしばし僕を見つめ、やがて、真っ直ぐな長い金色の髪を揺らして、首を左右に振る。
淡く微笑み、
「いいえ、構いません」
「…………」
「正直、何かあったのかと心配しましたが……こうして無事に戻ってくれたのなら充分です。おかえりなさい、エト君」
「あ……」
「約束、守ってくれて嬉しいです」
「!」
彼女の頬が、かすかに赤く染まる。
その熱が移ったように、僕も少し顔が熱くなってしまう。
お母様は、
「今日は疲れたでしょう? さぁ、中へどうぞ」
と、僕を家に招く。
レイナちゃんも「お兄様」と笑い、グイグイ僕を引っ張ってくる。
(あ、うん)
「お邪魔します」
僕はドキドキしながら、暗い外から明るい室内へ。
パタン
背後で美しい未亡人さんの扉を閉める音が、妙に大きく僕の耳に響いて聞こえた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕のために、お母様はお風呂を沸かし、夕食も用意してくれた。
(わ~)
「色々すみません」
「いいんですよ、私が好きでしている事ですから」
と、お母様は笑う。
その厚意に甘え、湯船で汗を流し、リビングで夕食を頂く。ちなみに2人はもう食事を終えているので、食べるのは僕1人である。
パクパク モグモグ
「うん、美味しいっ」
「ふふ、お口に合って良かったです」
夢中で食べる僕に、母娘も優しく笑っている。
ちなみにメニューは、白い麦パンと野菜とお肉の煮込みスープだ。
と、その食事中、
クイクイ
(ん?)
隣の幼女に袖を引かれる。
彼女は小声で、
「あのね? お母様、夕方にお兄様の分も料理作って、ずっと待ってたんだよ」
「え……」
「こら、レイナ」
聞こえていたのか、慌てるマルティーナさん。
少し恥ずかしそうだ。
でも、レイナちゃんは言う。
「今日、何度も窓から外見てたし、何回か、玄関の外にも出てたんだから」
「…………」
「…………」
「レイナもね、お兄様の帰り、待ってたの」
「そ、そっか。ありがとね」
と、おかっぱの髪を撫でてやる。
幼女は嬉しそうに「えへへ……」と笑い、尻尾をパタパタ揺らした。
一方、娘に暴露されたお母様は、顔を赤くしながら僕の視線から目を逸らし、誤魔化すように手で長い髪を耳の上にかき上げている。
(でも、その耳も真っ赤だよ)
やばい、嬉しいな。
年上の大人の女の人だけど、その恥ずかしがる様子はとても可愛かった。
そんな母娘と、その後も談笑する。
話題はやはり、僕の今日の冒険譚で。
「まぁ、『輝石甲虫』を!?」
と、レア魔物との遭遇と討伐の成功を、先輩冒険者のマルティーナさんも酷く驚かれた。
彼女曰く、
「あれは、赤印級のパーティーでも倒せぬ事が普通の魔物なんです。無印級の単独で討伐なんて……」
「へ~、そんなにです?」
「はい、エト君が成したのは凄い戦果ですよ」
と、長い髪を揺らして強く頷く。
金髪幼女も「お、お兄様、凄い……」とお目目キラキラである。
(う~ん、美人母娘からの尊敬の視線は気持ちいいね)
僕、鼻高々だ。
「そもそも『魔窟迷宮』初挑戦なら『岩石甲虫』を1匹倒す事も困難で、亡くなってしまう新人冒険者も大勢いるんです」
「…………」
「なのに『輝石甲虫』まで……エト君は本当に凄いですね」
と、しみじみおっしゃる。
あ、あれ……?
(あの虫たち、そんな危険だったの?)
今更だけど、初戦で7匹と同時に戦ったのは、意外と無謀な行為だったのかな。
実際、先手で不意打ちし、大ダメージ与えられたから良かったけど、もし真っ当な戦闘なら接近戦に弱い僕は、かなり危なかったのかもしれない。
(う~ん、今のままじゃ駄目か)
成功は自信になる。
だけど、運が良かっただけの成功は、間違った自信を生んでしまう。
謙虚に考えれば、
(やはり、前衛が必要か)
僕は、玄人であるマルティーナさんに今の接近戦に弱い自分の悩み、その対処法として仲間を募る考えを相談してみた。
お母様は驚き、やがて、冷静に吟味してくれる。
「なるほど……つまりエト君は、自分が後衛として戦うために、前衛の仲間を求めているのですね?」
「はい」
「ええ、良い考えだと思います」
と、認めてくれた。
(おお、お母様の太鼓判だ)
僕は喜び、
「ただ、すぐ、その募集に応じる人はいないかもしれません」
「え?」
「エト君の火力、実力は認めます。ですが、実際問題、それを知らない人には『無印級』の募集ですから」
「あ……」
「同じ『無印級』ならあるいは……ですが、実力的に前衛の盾となれる人材がいるかどうか」
「…………」
そ、そっか。
(仲間を募るのも簡単じゃないらしい)
参ったな。
こうなると、当面は1人でがんばり、実績を積んでから募集するしかないのかな。
僕は少し遠い目だ。
と、その時、
「お、お母様」
「何です、レイナ?」
「レイナとお母様が、お兄様の仲間になろうよ」
「え?」
(え?)
僕とお母様は、同時に驚く。
幼女は酷くやる気みたいで、鼻息荒く、小さな両手を胸の前でギュッと握っている。
(この母娘とパーティーを組む?)
僕は、お母様を見る。
彼女も真剣な表情で考え、
「なるほど」
「…………」
「エト君の『グレイシスの遺産』の火力はもちろん、レイナを助けた時の射撃の精度も見事なものでしたね。何よりレイナも懐き、その人柄も信じられます」
「…………」
「ならば……ええ、いっそ私たちが……」
「あ、あの……?」
恐る恐る声をかける。
途端、彼女は振り返り、その紫の瞳が僕を見る。
ドキッ
未亡人さんの美貌が真っ直ぐ僕を向き、澄んだ眼差しがぶつかる。
「エト君」
「は、はい」
「もしエト君が良ければ、私たちとパーティーを組みませんか?」
「!」
僕は息を飲む。
頭の中を、色々な考えが走り抜ける。
正直、助かる。
でも、2人は上の冒険者ランクで、だから無理をしているのではないか、とか。
(でも、それでも……)
短い葛藤の果て、僕は聞く。
「いいんですか?」
「はい。私も、1人で娘を守りながら魔物を狩っている現状に限界を感じていたんです。ただ娘は人見知りですので……」
「…………」
「ですが、そんなレイナが自分から言い出したんです」
「あ……」
「エト君の人柄は、私も知っています。そして、何より私自身も、エト君の力になれたのなら嬉しく思うのです」
「……!」
「だから、エト君。私たちとパーティーを組んでみませんか?」
と、豊かな胸に白い手を添え、僕を見つめる。
(~~~~)
「お願いします!」
僕は、バッと右手を出した。
お母様は一瞬、驚き、そして嬉しそうに微笑む。
「はい、こちらこそ」
キュッ
その白い指と手で丁寧に、差し出した僕の右手を握ってくれたんだ。
ご覧頂き、ありがとうございました。
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おかげ様で、ブクマ、評価をして下さる方もいてとても嬉しく思っています。して下さった皆さん、本当にありがとうございます!
まだの方は、もしよかったらこの機会にぜひ♪ 執筆の力となりますので、どうかよろしくお願いします。
毎日更新ももう少し続けられそうです。
これからも皆さんに楽しんで頂けるよう精一杯頑張ります。今後ともエトの冒険生活をどうかお楽しみ下さい♪
月ノ宮マクラ




