010・魔窟迷宮に挑む
(へぇ、ここか)
目の前に、半球状の建物があった。
オルガランテの中心部にあり、周囲には普通に人通りもある街中だった。
そして、この石造りの頑丈そうな建物内に『魔窟迷宮』の入り口があるらしい。
(マジで……?)
あまりに日常の風景に溶け込んでいて、さすがに驚く。
建物前には、警備らしい兵士が4人常駐している。
そして、冒険者らしい人々が兵士に『登録カード』を提示しながら、灰色の建物に出入りしていた。
周囲を見回す。
やはり需要があるのか、武器、防具、道具や薬などを販売する店舗が通りに並んでいる。
(ふむ、僕も買ってくか)
と、お店へ向かう。
色々考え、消費した保存食、暗闇で必要なランタン、解体用のナイフを購入する。
あと高価な『万能薬』はなかったけれど、『回復薬』と『治療薬』の丸薬も買っておいた。『回復薬』は怪我を治す薬で、『治療薬』は毒や病気を治す薬らしい。
値段が安いので、あまり重篤な怪我や病気には効かないらしいけど、
(ま、保険にね)
と、諸々、肩提げ鞄にしまっておく。
あと、武器の品揃えを見て気づいた。
――『銃』がない。
剣や斧、ハンマー、棍棒、弓、などなどあれど、『マギ・ブラスター』のような銃はどの店舗にも置いてない。
なぜ? と思い、ふと『異世界知識』が頭に閃く。
(あ……なるほど)
理由は簡単、『コストが高い』のだ。
実は『銃』は存在する。
ただ、この異世界は魔法科学文明で、弾丸を飛ばすのは『火薬』ではなく『魔力』による爆発らしいのだ。
使い捨ての弾丸に1発ずつ『魔力』を込め、定期的に整備が必要で、構造が難しく製造も困難な銃本体で発射する。そんな手間と費用をかけるなら、同じ魔力で『炎矢』や『水弾』、『風刃』など『魔法』を撃つ方が楽だし、圧倒的に安価で済むのだ。
(要は、金持ちの娯楽品って感じなんだね)
考えたら、今まで見た冒険者の1人も『銃』なんて持ってなかったように思う。
僕だけ……か。
(でも、異端なのも悪くないさ)
だいたい、世界管理神霊様の創った僕の『マギ・ブラスター』とこの世界の人々が作った『銃』では性能が大きく違うだろう。
(ふふっ……なんか、自分だけが特別って気分いいね)
そう思いながら、店舗を出る。
そして、改めて、『魔窟迷宮』の入り口に向かった。
建物前には手続き待ちで10人ぐらい並んでいて、その最後尾に着く。
前にいるのは皆、屈強そうな男女で、『戦士』や『魔法使い』らしい装備を身に着けている。
そこには人間以外にも、エルフやドワーフ、獣人らしい姿もあった。
(う~ん、異世界だ)
その光景に、ワクワクする。
と、その時、
(お……?)
逆に、建物から出てくる冒険者が何人かいて、僕らの横を通り抜ける。
その背には、巨大な亀の甲羅や牛の生首、キラキラ輝く宝石類や不思議な形状の植物などが荷物として負われていた。
(おお~っ!)
彼らは意気揚々と去っていく。
その背を見送り、
(うん、僕もやるぞ! あんな風にいっぱい稼いでやる!)
と、やる気ゲージも満タンだ。
やがて、列が進み、僕の番が来る。
兵士に『登録カード』を提示。
「む、新人の単独か」
「あ、はい。そうです」
「魔窟迷宮は初めてか? ならば、最初は驚くかもしれんな」
「驚く……?」
「まぁ、野暮は言わん。だが、この出入り口の場所だけは見失わぬように行動しておくのだぞ」
「はい、わかりました」
「よし、通れ」
兵士さんは、書類に時刻と僕のカード情報を記入し許可を出してくれた。
その前を抜け、僕は歩き出す。
半球状の石の建物内へと入っていく。
中は暗く、2本の照明塔の青い光が、床にある地下への『階段』を照らしていた。
ゴクッ
1度、唾を飲む。
かすかな不安と大きな期待が胸に満ちている。
僕は笑い、
(――よし、行くぞ!)
その階段へと足を踏み出した。
◇◇◇◇◇◇◇
「……何、これ?」
思わず、声が出た。
階段を降りた先にあったのは、赤土の荒野だった。
大小の岩が転がり、緑の低木が散見し、乾燥した風の流れる真っ赤な大地が見える範囲の果てまで広がっていた。
頭上を見た。
(空がある……)
青く、太陽もあり、白い雲が流れている。
背後を見れば、石の祠みたいな建物があり、そこに階段の出口があった。
中を覗けば、建物の外観より遥か上まで続く階段が見えている。
(……空間が歪んでる?)
僕は唖然。
同時に『異世界知識』が閃く。
――『魔窟迷宮』内は、異空間である。
(へぇ……?)
更に詳しく知識を探る。
どうやら『魔窟迷宮』は現実空間とは隔絶しており、内部には荒野、森林、遺跡、洞窟などの不可思議な空間が、複数の階層状に広がっているらしい。
また『魔窟迷宮』は成長するらしく、年月が長いほど巨大になる。
オルガランテの『魔窟迷宮』は150年も存在するウェド大陸でも有数の巨大さで、アーヴィン王国で1番の資源庫なんだってさ。
尚、迷宮都市オルガランテは先に『魔窟迷宮』が存在し、資源採取のために多くの人々が集まった結果、自然と形成された街らしいよ。
(面白い成り立ちだね)
ちなみに、学者の説には『魔窟迷宮は生命体である』という考えもあるとか。
希少素材で人々を体内に誘い、寄生する魔物に殺させて、人々の死体を栄養としながら更に巨大に成長していく生き物なんだってさ。
(本当かね?)
でも、そういうのも異世界らしくて面白いな。
僕は1人、つい笑ってしまう。
周囲を見ると……お? 先行した冒険者らしい2~3人の影が遠く見えている。
後ろの階段からも、やがて後続が来るだろう。
(僕も移動するか)
今は、右も左もわからない。
ただ、せっかくの初ダンジョンなら、他の人のいない方へ行ってみたいと思う。
なので、人影の見えた方とは逆の方へ。
「よし、出発だ」
赤土の大地を踏みしめ、僕は歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇
しばらく歩き、ふと振り返る。
赤土の大地に長く足跡が残っていて、遥か遠くに出入り口の『石の祠』が見えた。
(ん……光ってる?)
その祠の屋根で、灯った丸い照明が回っていた。
まるで灯台だ。
ああ、なるほど。
(出口を見失わないために、か)
広大な空間だ。
門番の兵士さんも言っていたけど、もし見失ったら大変な事になる。
特に夜になったら、照明の光がなければ、あの『石の祠』の場所の判別は相当困難になってしまうだろう。
だからこそ、回転照明が設置されているのだ。
……魔窟迷宮に、本当に昼夜があるのか知らないけれど。
(ま、何にしてもありがたいや)
おかげで大体の方角さえ覚えておけば、出口を見失うこともないだろう。
先人の知恵と備えには、本当に感謝だ。
僕は安心して前を向き、再び赤い荒野を歩いていった。
…………。
1時間ぐらい歩いた時だ。
(ん……?)
ふと妙な臭いがした。
何か腐敗したような臭いを鼻に感じる。
周囲を見るも、景色は変わらず、赤土の地面と大小の奇岩、緑の低木が散見される乾燥した世界が広がっている。
でも、その1つの岩の近くに、何かが倒れていた。
(……鹿、かな?)
ヘラジカのような大きな角を持つ鹿っぽい外見の生き物だ。
だけど、地面に倒れ、動かない。
多分、死んでる。
その死骸の上には、複数のボーリング球ぐらいの岩が転がっていた。
(落石が当たって死んだのかな?)
最初、そう思った。
でも、違った。
死骸の上にある岩が、かすかに動いている。
(! 虫だっ)
岩のような外皮の甲虫がその死骸に群がり、小さな牙で死肉を貪っていたのだ。
ギチチ グチュ
皮膚が破かれ、内臓が引き出される。
赤い血液を流す肉が、群がる虫によって噛み千切られていく。
(…………)
その凄惨な光景に、一瞬、立ち竦む。
――岩石甲虫。
僕の中の『異世界知識』が、その魔物の名前を教える。
体長50センチぐらいの肉食昆虫で、固い岩のような外皮で強烈な体当たりを行い、獲物を殺して、その死肉を食らう生き物らしい。
強固な岩の外皮は、一応、素材として買取してもらえるみたいだ。
(……なるほど)
情報を手に入れ、僕は笑う。
素材……売れるのか……。
「――来い、マギ・ブラスター」
ヒィン
右手に、銀色の『魔法の銃』を召喚する。
岩石甲虫の数は、1、2、3……7匹だ。
全匹、死肉を食らうのに夢中で、僕の存在には気づいていない。
マギ・ブラスターを構える。
陽光に銀色の銃口が輝き、一瞬、神々しい光を散らす。
――さぁ、冒険者エト・アルモランとしての初めての獲物だ。
(多重ロックオン)
視界内で、赤い丸の照準が7匹の岩石甲虫に重なり、表示される。
僕は青い目を細め、短く息を吐く。
そして、
「――射撃開始」
右手の人差し指が『マギ・ブラスター』の引き金を引いた。




