転生者同士の確認(ノエル視点)
同志、もといリーネとの運命的な邂逅を終えて、私は一つ咳払いをした。
手のひらには、まだリーネの体温が残っている。 同志の手は温かい。
振り返ると、アルベルトとライアスが、さっきの半歩の距離を保ったまま立っていた。 お互いに目を合わせようとしない。
「アルベルト殿下、ライアス様」
「……何だ」
「リーネ様と二人だけで、お話しさせていただけませんか」
返事はなかった。 代わりに、二人の顔がそろって渋くなった。 苦い薬を水なしで飲んだ人の顔だった。
「色々な意味で心配だし、嫌なんだが」
ライアスが、絞り出すように言った。
「同感だね。理由を挙げ始めたらきりがない」
アルベルトまで頷いている。
(失礼な)
「大丈夫です。女性同士でしか分かり合えない設定と、養分があるのです」
「……セッテイ」
「ヨウブン?」
「はい、養分です」
「何の養分だ」
「心の、です」
二人は顔を見合わせた。 それから、なぜか揃って少し青くなった。
(何を想像したのだろう)
(おそらく、大体当たっている)
長い沈黙の末に、ライアスが息を吐いた。
「……扉の外にいる。何かあれば、すぐに声を掛けろ」
「はい、ライアス様」
「すぐにだ」
「承知しております」
「本当に、すぐにだぞ」
「ライアス、そのへんにしておこう。過保護が過ぎる」
アルベルトに肩を叩かれ、ライアスは不承不承、部屋を出ていった。 扉が閉まる。
(尊い、過保護版)
日誌のタイトルが決まった。
足音は二人分あったはずなのに、遠ざかっていかない。 扉のすぐ向こうで止まったままだ。
(近い)
(気配が、全然動かない)
「窓際に行きましょう」
リーネが、無言で頷いた。 二人で部屋の隅まで下がり、声を落とす。
さて。 話したいことは、山ほどある。 けれど最初に確かめることは、決まっていた。
「ヴェルクラ」
リーネの肩が、びくっと跳ねた。 数秒の間があって、小さな声が返ってきた。
「……日本、東京」
息が漏れた。 私のものか、リーネのものか、分からなかった。 たぶん二人分だった。
(合言葉だ)
(スパイ映画みたいだ)
肩の力が抜けて、危うくその場に座り込みそうになった。 ここまで一人で隠してきたものが、ようやく半分になった。
「やはり、貴方も転生者、という認識で良いんですよね?」
「もちろんです。当然、貴方もですよね」
「はい」
二人で顔を見合わせて、気の抜けた笑いをこぼした。
「あの、ちなみに貴方は……」
「あ、紹介が遅れました。ノエル・ベルナード。ベルナード伯爵家の娘です」
「ベルナード……?」
「ゲームには、おそらく登場していません。完全なモブ貴族家の、モブ令嬢です。今はライアス様のお屋敷で、事務員として働いてるの」
自分でも気づかないうちに、敬語が崩れていた。 まあ、いいか。 同じ日本人だし。
「だよね、ヴェルクラでは見た覚えのない名前だもん。てか、事務員って」
「前世でも事務職でね」
「え、すご。私は居酒屋でバイトしてたぐらいだな」
「居酒屋」
「うん。酔っ払いのあしらいは、結構得意」
「それは頼もしい」
王宮の貴族たちを思い出して、本心からそう言った。
「あと、バイト先の先輩に、経理の人には逆らうなって言われてた」
「それは正しい」
即答してしまった。
「気がついたら、ライアス様のそばで働く幸運に恵まれたんだ」
「なるほど……あ、私は今更かもだけど、リーネ・アルトです。ヴェルクラの主人公?だと思います」
「うん、それは間違いなさそうだよね」
蜂蜜色の髪にエメラルドの瞳でモブだったら、制作会社が泣く。
「ところで、さっきの『ですわ』は」
「あ、あれ?テンションが上がると出るの。前世からの癖で」
「わかる」
わかってしまった。 私の場合は、語尾ではなく鼻血だけれど。
ひとしきり笑ってから、私は表情を戻した。 聞くなら、今だ。
「ヴェルクラには、逆ハールートはなかったよね」
「うん、なかった。乙女ゲーなのに珍しいって、よく言われてたよ」
「じゃあ、一つだけ確認させて」
リーネが、私の顔を見た。
「リーネは、逆ハールートを目指すつもり?」
部屋が、静かになった。 リーネの笑顔が、笑顔のまま、止まった。




