運命の邂逅(ノエル視点)
画面越しに、何百時間も見つめてきた相手だ。 推しの隣に立つ人でもある。
(ヒロインは、世界の主役だ)
(モブが近づいて、無事で済むだろうか)
そんな覚悟を胸に、私は部屋へ足を踏み入れた。
……はずだった。
(うわぁー、やべー奴がいるー)
心の声が、危うく口から漏れかけた。 奥歯で噛み殺す。
リーネ・アルトは、アルベルトとライアスを見つめたまま、ふにゃふにゃに溶けていた。
口元は緩み、目は潤み、涎の一筋が顎に向かって旅を始めている。
(いやいやいや)
(初対面でしょう)
(初対面の相手を見て、ふにゃふにゃになりながら涎を垂らすって)
(この人、絶対にやばいでしょー)
私は全力で引いた。
気持ちとしては、三歩ほど後ずさっている。 体は動かさない。
表情筋だけが、必死に笑顔を保っていた。
「まずは座ろうか」
アルベルトの穏やかな声で、全員が席についた。
アルベルトが上座。 リーネと私が向かい合い、ライアスはアルベルトの後ろに立つ。
リーネは座っても、視線が定まらない。 アルベルトとライアスの間を、ずっと行き来している。
(視線が忙しい)
その時、アルベルトがそっと振り返り、ライアスに囁いた。
「いやー、不思議だなー」
「何がだ」
「こういう場面を、どこかで見た気がするんだよ」
「……」
「なあ、ライアス」
「やめろ、俺に振るな」
二人がコソコソと話している。
アルベルトの肩が、細かく震えていた。 笑っているのか、咳き込んでいるのか分からない。
(やはり、あのお二人ほどの化け物じみたイケメンだと)
(女性は、ああなってしまうのか)
(私は流石にならないけど)
心の中で、深く頷いた。
その時だった。
リーネの口から、小さな声が漏れた。
「ライ、アル、尊い……二人並ぶとか、もう存在がR指定……」
私の耳が、ぴくりと動いた。
聞き逃せない単語だけで構成されているような呟きだった。
(……ぴーん)
頭の中で、何かが鳴った。
気づいたら、口が開いていた。
「そうですね。今のお二人の距離感は、少々、供給過多ですよね」
リーネが、ハッとした顔で私を見た。
手が震えている。
長いあいだ探し続け、諦めかけたところへ、目の前にオアシスが現れた。
そんな目だった。
「ま、まさか……貴方は……」
私は答えなかった。
代わりに、静かに続ける。
「ところで、リーネ様」
「は、はい」
「お二人は、どちらが主導権を握っていると思いますか?」
リーネの目が、すっと細まった。
試されている。
そして、その挑戦を受けて立つと言うように、口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「そうですね。殿下の方が積極的に見えますけど……」
「ええ」
「でも、公爵閣下が実際は、手綱を握っているような」
「ほう」
自分の声が、低くなったのが分かった。
「つまり、見た目と中身は異なる、と?」
「ええ。ですが、私は……」
リーネが、不敵な笑みを浮かべる。
「左右は固定したい派ですの」
「ッ!!」
衝撃が、背筋を駆け抜けた。
間違いない。
これは、確定だ。
(落ち着け、ノエル)
(まだだ。最後の確認が残っている)
深く息を吸って、吐く。
静かに、リーネを見つめた。
「ちなみに」
「はい」
「……リバは?」
一瞬の沈黙。
リーネの目から、光が消えた。
「……地雷ですわ」
「!!!!!」
私は、大きく息を吸い込んだ。
リーネが、ゆっくりと席を立つ。
私も立ち上がる。
テーブルを回り込み、一歩ずつ近づいていく。
互いの目の前で、足が止まった。
「同志……!」
「……解釈一致!」
ガシィッ!!
固く、固く、手を握り合った。
目に涙が滲む。
お互いに、何度も頷いた。
「ちなみに、この二人なら私はアルライ固定です」
「まあ! 私はライアル固定ですわ!」
「…………」
「…………」
握り合った手が、止まった。
ゆっくりと、互いの顔を見つめる。
「……逆?」
「……逆ですわね」
沈黙。
先ほどまでの感動が、音を立てて崩れ落ちた。
「解釈違い……!」
「解釈違いですわ……!」
それでも、手は離さない。
「しかし、固定派であることには変わりありません」
「ええ。そこだけは譲れませんわ」
「同志……!」
「同志ですわ……!」
再び、固く手を握り合った。
(なんということだ)
(この世界で、ようやく出会えた同志)
(なのに、よりによって逆カプとは)
(神よ、なぜこのような試練を)
「……ライアス」
「何だ」
「僕は今、何かとても不愉快な想像をされている気がする」
「奇遇だな。俺もだ」
「内容は分からないのに」
「分からないのが、一番気持ち悪い」
二人は、揃って私たちから目を逸らした。
道端で見てはいけないものを見てしまったような目だった。
(……ご本人様の前で語る話では、なかったかもしれない)
そう思った。
思ったけれど、握った手は離せなかった。
私は、リーネの手を握ったまま、見なかったことにした。




