答えのすり合わせ(ノエル視点)
「ノエル……」
リーネの声は、静かだった。
さっきまでのテンションが、嘘のように引いている。
「はい……」
なぜか背筋が伸びた。
「それってさ、つまり」
「うん」
「ゲームには無かった逆ハールートを、現実になったこの世界なら実現できるんじゃないか。それを知りたいんだよね?」
図星だった。
大きな声では言いにくいが、図星だった。
「う……はい、そうです」
リーネは一つ息を吐いてから、にこっと笑った。
さっきの止まった笑顔とは違う、ちゃんと動く笑顔だった。
「なら安心して。私、逆ハーなんて望んでないし、そもそも逆ハーなんて、滅びの道だと思うから」
私は大きく息を吐いた。
吐ききったら、少し背が縮んだ気がする。
「良かったー。前世でよくあったでしょ。転生ヒロインがゲームの知識で、逆ハー美味しいです、って始める話。あれだったらどうしようって、ずっと心配で」
「ないない。逆ハーなんて、小説なら明らかな死亡フラグだよ」
「だよね」
「大体、逆ハー目指す転生ヒロインって、もう完全に悪役側じゃん」
ぐうの音も出ない正論だった。
「それにさ」リーネが腕を組む。「ヴェルクラって、逆ハーが無いのがいいんじゃん。一人を選んで、その人と最後まで走る。あの硬派さが好きなの」
「分かる」
「でしょ」
私たちは、固く頷き合った。
「じゃあ、先に確認させて。リーネは、ゲームのエンディングまでのストーリーは知ってる?」
「もちのろんよ」
「もちのろん」
「無課金でできる範囲は全部やったし、課金ストーリーも、一通りオーチューブで見たもん」
「課金勢の動画ね」
「学生の財布じゃ限界があって」
「それは仕方ない」
私は課金した側だ。
給料三ヶ月分の、課金した側だ。
「じゃあ、聖女ってゲームの中には出てこなかったよね?」
「うん、それは間違いなく出てない。魔人の誰かが、愛乙女がなんちゃらかんちゃらって言ってた気はするけど」
「ああ、卑猥だって話題になった呼び方ね」
「それそれ。でも、聖女って単語は、ゲームでは一回も出てこなかった」
「そうだよね……」
話しながら、単純かもしれないな、と思った。
でも、リーネのことは信じてもいい気がしていた。
前世の知識も、ゲームの話も、この世界では誰にも言えないまま過ごしてきた。
その世界を、同じように愛している人が、目の前にいる。
信じたい、という気持ちのほうが、たぶん強かった。
「あのね、それで」
私は、ここ最近のことを順に話した。
ゲーム開始前に起きるはずの戦場の血鬼イベントが、ゲームと違う形で起きたこと。
その影響なのか、ライアスが戦場で、覚醒イベントをすでに一度済ませていること。
私がゲームのチートアイテムを手に入れたこと。
そのアイテムで、魔人を一人倒したこと。
(言葉にすると、字面が物騒だ)
倒したところを、ライアスに見られたこと。
そのせいで、私にも聖女の疑いがかかっていること。
話し終えると、リーネは口を開けたまま、呆気に取られていた。
「ノ、ノエルってば、まさかのファンネル使いなのね」
「ええ、まあ」
「いいなー!ファンネル!あれ、動画で見て超憧れた!!」
「でもあれ、勝手に動くから、私よりよっぽど働いてるんだよね」
「事務員の発想だ」
「事務員なので」
リーネは笑いながら、窓枠にもたれた。
「じゃあ今度は、私の番ね。聖女容疑のほう」
「生まれたのは、ゲームの設定どおり、地方の街の平民。で、2歳の頃かな。急に全部思い出した」
「2歳」
「うん。名前がリーネ・アルトなんだもん。そりゃ気づくよ、ここヴェルクラじゃんって」
「それは気づくね」
「庭を走り回ってる最中に思い出してさ。その場で固まって、そのまま動かなくなったの」
「2歳が、急に」
「親は熱だと思って、慌てて医者を呼んだ」
想像すると、少し見てみたい。
「ゲームの設定どおりなら、魔力はある。じゃあ鍛えるしかないでしょってなって、そこからずっと魔力の鍛錬」
「幼児が」
「幼児が。しかも前世が大学生でしょ。6歳の頃には、大人顔負けの計算ができちゃって」
「神童だ」
「そう、神童扱い。それで領主様にも名前を覚えてもらって」
前世の学力を持ち越した幼児は、確かに目立つ。
目立たないよう生きてきた私とは、真逆だ。
「回復魔法が得意なのは、ゲームの設定と同じ。魔力を人に分けられるのも同じ。それで10歳の頃には、領主様のお膝元の騎士団で、重宝されてた」
「重宝」
「怪我人の治療と、魔力の補給係。ほぼ、動く回復所」
「ブラックだ」
「待遇は悪くなかったよ。だって私、居酒屋で鍛えた接客力があるから」
「で、その話が領主様からアルベルト殿下に伝わって。表向きは宮廷魔術師として上京したんだけど、実際は」
「実際は?」
「幼い頃からの能力と、魔力を分けられる特殊能力で、聖女の容疑者として呼ばれたっぽい」
「容疑者」
「取り調べのつもりは、多分ないと思うけどね」
互いに情報を出し切って、顔を見合わせた。
似すぎていて、少し笑えてきた。
その時、扉が軽く叩かれた。
「そろそろ良いかな?」
アルベルトの声だった。
続いて、ライアスの低い声がする。
「ノエル、無事か」
「無事です」
私は即答した。
リーネと目が合う。
どちらからともなく頷いて、私たちは同時に、表情筋を仕事に戻した。
ドアノブが回る音がした。




