疑問(アルベルト視点)
【アルベルト視点】
ライアスを置いて撤退する。
その決断は、自分にとって耐えがたいものだった。
王族として生まれた身を、これほど呪ったことはなかった。
守られる立場でなければ、自分もあの場に残れた。
しかしそれは許されない。
多くの兵と共に撤退をしながら、ライアスのことだけを考えていた。
ところが。
ライアスは帰ってきた。
無事に、敵の大群を殲滅して。
その報告を受けた時、まず感じたのは安堵だった。
次に感じたのは、深い脱力感だった。
そして、その偉業を成し遂げた理由を聞いた時。
(ライアス人形が発光して、魔力が溢れ出た)
自分は少し、固まった。
(ライアス人形)
(ライアス人形とはなんだ)
(友との今生の別れを覚悟した、あの自分の覚悟を返せ)
しかも、またあの娘が絡んでいる。
ノエル嬢が作った人形が、戦場で発光した。
(何なのだ)
(あの娘が絡んで起きる、不可思議な現象は何なのだ)
自分は王族として、それなりに優秀であると自負していた。
その自分が、ここまで精神的に掻き乱されたのは初めてだった。
◇
帰還後、ライアスと二人で話した。
あの人形について、ノエル嬢の呪いか何かが宿っているのでは、などという、自分らしくもない益体ない話を真剣にしてしまった。
ライアスも半信半疑の様子だったが、かといって完全には否定できない様子でもあった。
あの男が人形を手に持ちながら、若干困った顔をしていたのが少し可笑しかった。
念のため、宮廷魔術師長のエルヴィンまで引っ張り出して、件のライアス人形を調べてもらった。
結果は、異常なし。
ただの手縫いの人形だった。
異常がないなら、それはただの人形だ。
優秀とはいえ、ただの事務員。
考えすぎか、と思って数ヶ月が経った。
◇
ライアスから報告が来たのは、その後のことだった。
優秀な事務員であるノエル嬢が、謎の魔道具で、伝説と言っても過言ではない存在である魔人を倒した、と。
もう、ここまで来たら笑うしかなかった。
優秀な事務員の皮を被った、この不可思議な娘は何かを隠している。
それだけは確かだった。
聖女なのか、と問いかけてみた。
しかし本当のところ、そうだとも思っていない。
聖女であれば、教会の上層部に何かしらの動きがあってもおかしくない。
それがない。
ならば聖女ではないのか。
問いかけは、ノエル嬢の反応を見るための手段でもあった。
どんな言葉が返ってくるか。
どんな表情をするか。
策士として、そういう確認の仕方は癖のようなものだった。
そして、夢のお告げという説明については。
正直に言えば、嘘だと確信している。
伊達に王族として過ごしてきたわけではない。
人の言動に嘘が混じっている時の、微妙な気配というものがある。
ノエル嬢の説明には、それがあった。
しかし今、この場でノエル嬢を追い詰める利はない。
それどころか、この娘を信頼できる存在として扱う方が、自分にとっても、ライアスにとっても、利がある。
嘘があるとわかっていても、今は問い詰めない。
それがアルベルトなりの判断だった。
◇
視線をライアスに向けた。
ライアスも、同じようにノエル嬢を見ていた。
長年の親友として、あの男が何を考えているかは大体わかる。
しかし今この瞬間、ライアスの表情から読み取れるものが、いつもより少なかった。
(読めない)
それ自体が、ライアスの変化を示していた。
視線を戻した。
目の前でノエル嬢が、気まずそうに目を白黒させながらアワアワしていた。
その様子を見ながら、アルベルトは静かに思った。
この娘に対して、言いようのない不気味さを覚える。
しかし排除対象とも、不快な対象とも思えない。
合理的で冷徹だと自認していた自分が、この娘を前に解釈不能な心情を持っている。
その事実に、正直なところ自分でも戸惑っている。
ライアスが変わった。
エリナが変わった。
そして恐らく、自分も。
この娘に何か変えられているのかもしれない。
(ノエル嬢、一体何者なのだ)
興味が尽きなかった。
さて、と口を開いた。
目の前でアワアワしているノエル嬢が、身を固くした。
「改めてもう一度聞こうか、ノエル嬢」
笑顔で言った。
「君は聖女なのかな」




