指揮官として(アルベルト視点)
【アルベルト視点】
隣国からの宣戦布告は、諜報部からの報告でおおよそ予想はしていた。
だから驚きはしなかった。
しかし一つ、気になることがあった。
今まで王国との争いで明確な勝利を得たことのない隣国が、なぜ今回は強気に攻め込んできたのか。
その理由が、どこを調べても見えてこなかった。
少し不気味なものを感じながら、開戦の準備を進めた。
ライアスは誰よりも早く王都に馳せ参じてくれた。
王国防衛の要として、これほど頼もしい存在はいない。
何より、ライアスがそばにいてくれることは純粋に心強かった。
ライアスのそばにはエリナもいた。
近衛騎士団長の娘として、副隊長として、申し分のない人物だ。
出発前に少しエリナと話をした際、ノエルのことを話題に出してみた。
試すようで悪いとは思ったが、興味があった。
エリナはどこか複雑そうな、悔しそうな表情を見せた。
しかし同時に、相手を認めているような雰囲気もあった。
以前のエリナなら、そういう表情はしなかっただろう。
変わったな、と静かに思った。
(あのエリナでも、彼女を前にすると態度がおかしくなる)
やはり不思議な娘だ、と改めて思いかけて、今は戦場へ向かう時だと意識を切り替えた。
エリナは貴族らしい貴族だ。
有象無象の令嬢と違い、ライアスに不必要にすり寄ったり、情欲を表に出すことはしない。
自分と周囲を冷静に分析した上で、ライアスを公私ともに支えるのに相応しいのは自分だと考えている。
そのために自分の能力を高めることにも余念がない。
ある意味では立派な貴族令嬢だ。
しかしライアスは恐らく、彼女の気持ちなど微塵も把握していないだろう。
そんなエリナがライアスのそばにいるノエルを良く思わないのは、当然のことだった。
それでも、戦場においてこの二人の組み合わせは非常に優秀だ。
ライアスとエリナがいれば負けはない。
そんな気持ちを持って、戦場へ向かった。
◇
戦場では、やはりというか、王国側の圧倒的優勢で進んだ。
隣国は兵の数こそ用意されていたが、練度が低く統率も取れていなかった。
何か秘策でもあるかと警戒していたが、未熟な兵が突っ込んでくるだけだった。
少々拍子抜けしたが、油断はしなかった。
ライアスと共に、こちらの損害を抑えつつ早期決着を目指して各隊に指揮を出した。
ライアスとエリナの優秀な指揮もあり、戦場は順調に王国有利で進んでいた。
しかし異変は、突然訪れた。
最初の報告は、敵兵が傷を負っても突っ込んでくる、というものだった。
最初は疲弊した兵が錯乱しているのかと思った。
しかし報告は続いた。
腕を斬られても止まらない。
足を斬られても這いずって向かってくる。
痛みを感じていないように見える。
作戦本部から戦場を眺めた。
遠目にも、何かがおかしかった。
通常の戦場とは違う、異様な動きが見えた。
倒れても起き上がり、ただ前へ、前へと向かっていく。
指揮官として距離を置いた場所から見ていても、その光景は不気味だった。
有利に進んでいた戦場が、徐々に崩れていった。
自軍の兵士たちに恐怖が伝播していくのが、見ていてわかった。
どれほど訓練を積んだ兵士でも、死を恐れない敵を前にすれば動揺は避けられない。
一人が崩れると、隣の兵へ伝わる。
やがて前線が保てなくなっていった。
そこへライアスが戻ってきた。
前線に出て自ら戦い、一度撤退してから作戦本部へ戻ってきたライアスは、静かに告げた。
「殿下、撤退を」
自分はすぐにうなずけなかった。
ライアスの言葉の意味を理解していたからこそ、だ。
ライアスが一人で殿を務めると言っている。
ライアスの能力は疑っていない。
しかしそれでも、決断できなかった。
指揮官として選択するべきは何かを、頭では理解していた。
それでも、この男を一人残して退くという選択肢が、なかなか口から出てこなかった。
そのとき、エリナが前に出た。
拳を握りしめていた。
声は静かだったが、その目が悲痛だった。
「殿下、早急な判断が必要です」
エリナは感情を必死に抑えながら、それでも真っ直ぐ自分を見ていた。
ライアスを置いていくことが、エリナにとっても苦渋の決断であることは明らかだった。
それでも進言してくれた。
自分はワガママを言うわけにはいかなかった。
「……わかった」
撤退を決めた。
ライアスは撤退する兵たちに、アルベルトを頼むと告げた。
残ろうとした兵たちも、ライアスに説得されてエリナと共に動いた。
自分が撤退する際、ライアスを振り返った。
何と声をかけて良いか、分からなかった。
長年の友として、言葉は山ほどあった。
しかしどれも、この場には軽すぎた。
ただ視線だけを向けた。
死なないでくれ、と。
ライアスが、静かに目を合わせた。
それだけだった。
それで十分だった。
自分はその後は振り返らず、撤退を開始した。




