魔道具の性能(ノエル視点)
【ノエル視点】
「聖女、なのか」
ライアスが、真剣な目でノエルを見ていた。
ノエルは少し考えた。
少し、考えた。
(聖女)
(聖女とは、伝記の中に登場する、特別な力を持つ女性の総称だ)
(ゲームでも聖女という概念は存在したが、ヒロインが聖女という設定ではなかった)
(そして当然、自分も聖女ではない)
(ただの転生者で、廃課金者で、廃プレイヤーだ)
「違います」
ノエルははっきりと答えた。
「では何故、あのような力が」
「魔道具です」
「魔道具」
「はい」
ライアスが、少し考えるような顔をした。
「あの結界も、魔力矢も、全て魔道具によるものだと」
「はい」
「短剣も」
「はい」
ライアスが、ため息をついた。
「夢のお告げで見つけた魔道具が、魔人を倒せるほどの力を持っていた、と」
「はい」
「……クラウス」
「俺に振らないでください」
クラウスが即座に言った。
「もう何が何だか分かりません、俺も」
ライアスが頭を押さえた。
珍しい光景だった。
(プンスカライアス様に続き、頭を押さえるライアス様も尊い)
ノエルは心の中でそっとそう思いながら、咳払いをした。
「一応、ご説明します」
三人で礼拝堂の端に移動した。
朽ちた椅子の残骸を避けながら、ノエルは腕輪と短剣を改めてライアスとクラウスの前に示した。
◇
「まずこちらが、腕輪です」
ノエルは左腕を差し出した。
「星天の機神環といいます。雑居街の廃墟で手に入れました」
「雑居街に廃墟……?」ライアスが静かに言った。「そんな場所があったのか」
「ええ、まあ。で、この腕輪の機能なのですが」
ノエルは説明を始めた。
「装着者への攻撃を自動で感知して、瞬時に強力な結界を展開します。意識外の不意打ちにも対応します」
「先ほどの結界が、それか」
「そうです。さらに状態異常を常時無効にしてくれます。先ほどの毒霧が結界に触れて消えたのも、この機能です」
ライアスが少し、目を細めた。
「そして、攻撃を感知した瞬間に腕輪に組み込まれた魔道精霊が展開して、魔力矢を自動で放ち、敵対者を迎撃します」
「先ほど無数に飛んでいたものが」
「はい、それです」
「……」
ライアスが沈黙した。
「さらに、万が一結界を超えるような攻撃が来た場合、魔道精霊のリミッターが外れて暴走状態になります」
「暴走」
「はい。その場合、周囲の脅威を跡形もなく排除します」
また沈黙があった。
「それ、今夜は発動しなかったのか」
「はい。結界の強度を超える攻撃が来なかったので」
「……あれで、か」
ライアスがぼそりと言った。
クラウスが何とも言えない顔をしていた。
「ちなみに、この腕輪の性能は、こちらに来る前に実戦テストをしています」
「実戦テスト」
「はい。クラウスに私を攻撃してもらいました」
ライアスがクラウスを見た。
クラウスが少し視線を逸らした。
「クラウス」
「……はい」
「怪我は」
「まあ、その、魔力矢というのは、あの、なかなか、威力がありまして」
「そうか」
「ノエルさんも謝ってくださったので、その、ライアス様には黙っていてくださいということで、まあ、色々と、その」
「つまり、ノエルに口止めをされたのか」
「……はい」
ライアスがノエルを見た。
(目が怖い)
「護衛対象にボコボコにされたとは言われたくないですよね、という取引でした」
ノエルは笑顔で答えた。
ライアスのため息が、礼拝堂に響いた。
「続けてくれ」
◇
「次に、こちらが短剣です」
ノエルは短剣を鞘ごとライアスに示した。
「理絶の簒奪刃といいます。同じく廃墟で手に入れました」
ライアスが短剣を手に取った。
静かに鞘を確認した。
「この短剣の特徴は二つあります」
ノエルは続けた。
「一つ目は、概念破壊です。適当に振るだけで、飛び道具や魔法攻撃、結界といったあらゆる概念を切り裂いて無効化します」
「先ほど、火炎竜巻を消したやつか」
「はい、あれです」
「この短剣を、振るっただけで」
「はい」
ライアスが短剣を見た。
普通の短剣の外見をしているが、ライアスの目が、明らかに普通の短剣ではないと告げていた。
「二つ目が、能力吸収です。斬り付けた敵の能力を吸収して、自身のスタミナと脚力に変換します」
「先ほどの君が異様な素早さを見せたやつか」
「そうです。敵を斬るほど、自分の脚力とスタミナが上がります。敵は全体的に弱体化します」
「……なるほど」
「ただし、私の体内の魔力が限界に達したら、それ以上のバフは来ません。青天井ではないです」
「それは救いだな」
クラウスが、遠い目をしていた。
「ちなみに、腕輪と短剣はセットで作られたものです」
「セットで」
「はい。昔、ある魔法使いが、愛する妻を守るために作ったもののようです。妻が不意打ちを受けても絶対に生き残れるように腕輪を。妻が敵対者に追われても絶対に逃げ延びられるように短剣を。それぞれ生きて逃げ延びることに全ての能力を全振りして設計されたものです」
ライアスが、少し黙った。
「妻のために」
「はい。ただ、魔道具が完成した後、奥様は病で亡くなられて。魔法使いは悲しみの中で王都を離れ、魔道具を二人が暮らしていた家の暖炉の奥に隠したそうです。いつか必要な誰かの手に渡るように、と」
「それが、あの廃墟にあった」
「はい。夢のお告げで知ったのはその場所で、行ってみたら本当にありまして」
ライアスがノエルを見た。
何かを言いかけて、やめた。
「……それで、あのような力が出た訳か」
「はい」
「そして、今夜のあれ、魔人と思しき存在も、夢で見ていたのか」
「はい、まあ、そのような形で」
ライアスがため息をついた。
「クラウス」
「俺に振らないでください、本当に」
クラウスが即座に言った。
「こんな荒唐無稽な話、理解できる人間などいるはずもない」
「いないですね」
三人とも、しばらく黙った。
礼拝堂が、静かだった。
月明かりだけが、朽ちた窓から差し込んでいた。
「ノエル」
ライアスが言った。
「はい」
「今夜のことは、いずれ改めて話を聞かせてくれ」
「はい」
「今は、帰るぞ」
ライアスが立ち上がった。
クラウスが安堵したように息をついた。
ノエルも立ち上がった。
(怒られなかった)
(まあ、さっきのお説教でほぼ出し切ったのかもしれないが)
(それとも、帰ってからまたお説教が来るのかもしれない)
(とりあえず今は帰ろう)
三人で教会を出た。
夜の禁止区画を、三人で歩いた。
クラウスが先頭に立ち、ライアスとノエルが並んで歩いた。
ライアスが、歩きながらふと言った。
「その魔道具、常に身につけておけ」
「はい」
「外出の際も」
「はい」
「就寝の際も」
「はい」
少し間があった。
「君は一人で無茶をするから」
低い声で、しかしどこか静かな声だった。
(ライアス様)
ノエルは前を向いたまま、小さく答えた。
「はい。気をつけます」
夜風が、静かに吹いた。
月が、王都の屋並みを照らしていた。




