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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第三章 動き出す脅威

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目を離せない光景(ライアス視点)

【ライアス視点】


 時間は少し巻き戻る。


 タウンハウスにて、執事長が急ぎライアスへ用件を伝えた。


「ノエルが屋敷から出て行っただと」


 執事長が頷いた。


「はい。先ほどマントを羽織って出ていく姿を、警備の者が発見しました。現在はクラウス様が後を追っています」


「クラウスも連れずに、一人で出て行ったのか」


「そのようです」


 ライアスは外套を手に取った。


「自分も追う」


 執事長が一礼した。



 クラウスが目印として魔力石を置きながら追っているので、後を辿るのは難しくなかった。

 しかし心中は、穏やかではなかった。


 何か不満でもあったのだろうか。

 王都に居を移すことが嫌だったのだろうか。


(なぜ黙って出て行った)


 魔力石を辿りながら、ライアスは自分がこれほどのショックを受けていることに、少し驚いた。

 いつから彼女のことを、これほど。


 その先の思考が始まりかけて、ライアスは意識して打ち切った。


 今は追うことだけを考えろ。



 辿り着いた先は、王都の中でも立ち入り禁止に指定されている区画だった。


 この区画がなぜ立ち入り禁止なのか、ライアスも明確な理由を知らなかった。

 誰もがそこに近づかず、しかし誰もその理由を問わない。

 奇妙な場所だった。


 区画の奥に進むと、朽ち果てた教会の前にクラウスがいた。

 クラウスがライアスに気づき、小声で手招きした。


 ライアスは頷いて教会の前に立った。


「ノエル様は、先ほど中に入りました」クラウスが小声で言った。「建物の劣化が酷く、中の様子が確認できていません」


「何があって、こんな場所に」


 呟きながら教会に近づいた瞬間、ライアスとクラウスは同時に足を止めた。


 背筋に、薄ら寒いものが走った。


 教会の中から、恐ろしい気配が漏れていた。

 これまでに感じたことのない種類の、異様な魔力だった。


 二人は瞬時に戦闘体制を取った。

 クラウスがライアスの前に出ながら、素早く教会の扉に手をかけた。

 なるべく音を立てないように、しかし素早く開けた。


(ノエル)


 心の中で名前を呼んだ。

 無事でいてくれ。



 扉が開いた瞬間、目に飛び込んできた光景に、ライアスの思考が一瞬、完全に止まった。


 礼拝堂の中央に、緑色の光に包まれたノエルが立っていた。

 短剣を構え、前を見据えていた。

 その向かいに、影を纏った異形の何かがいた。

 人の形をしていたが、明らかに人ではない何か。


 あの気配が、あれから発せられていた。


(ノエルが危ない)


 踏み込もうとした、その瞬間だった。


 ノエルの周囲を浮遊していた緑色の発光体が、突然、異形の者に向かって魔力矢を連射した。

 立て続けに、無数に、容赦なく。


 ライアスは足を止めた。

 理解が、一瞬追いつかなかった。

 クラウスも止まっていた。

 二人とも、動けなかった。


 異形の者が激昂したように、今度は強力な炎を生み出してノエルに向かって叩きつけた。


 思わず叫びそうになった瞬間、ノエルの周囲に展開していた緑色の結界が、その炎を完全に受け止めた。

 炎が結界の表面で押し潰されるように霧散した。


 ライアスは目を見開いた。


 異形の者が今度は直接、爪を伸ばしてノエルに斬りかかった。

 今度こそ踏み込もうと踏み出した瞬間、結界がその一撃を弾き返した。

 弾かれた勢いで異形の者がよろめく。


 その隙にノエルが短剣を振るい、脇腹を浅く斬りつけた。


 さすがに、状況の整理ができなかった。

 クラウスも隣でかすかに息を呑んでいる。


 異形の者が何事か叫びながら、渾身の力で火と風を組み合わせた巨大な魔法を放った。

 礼拝堂の空気が震えた。


 火を纏った竜巻が、ノエルへ向かって迫るのを、ノエルは短剣を構えて、ただ立っていた。


 無茶だ、と思い飛び込もうとしたその瞬間。


 ノエルが短剣を、竜巻に向かって振るった。


 竜巻が、短剣に吸い込まれるように、消えた。

 跡形もなく。


 ライアスは、完全に動きを止めた。

 クラウスが隣で、声にならない音を漏らした。


 次の瞬間、異形の者が毒々しい赤紫色の霧を礼拝堂に一気に噴出させ、そのまま異形の者が距離を取り、逃げようとした。


 瞬時にクラウスはライアスの前に飛び出した。


「閣下、下がってください」


 両腕を広げて庇う形になった。


 しかし霧はノエルの周囲に展開した結界に触れた瞬間、音もなく消えていった。

 結界が状態異常そのものを無効化しているのか、霧は結界の表面で霧散し、ノエルにもライアス達にも一切届かなかった。


 次の瞬間、ノエルが地を蹴り、煙幕を使って逃げようとした異形の者の横に現れた。


 信じられないほどの速さだった。

 先ほどまでとは明らかに違う身体能力で、逃げる異形の者に追いつき、そして脇腹に蹴りを叩き込んだ。


 ライアスはとうとう言葉を失った。


 異形の者が信者用の椅子を巻き込んで吹き飛んだ。

 そこに魔力矢が降り注いだ。


 ライアスはそれを見ながら、ほんの少し、異形の者に同情した。

 何事か言葉を交わしながら激昂している異形の者を見て、それはそうだろうな、と思った。


 異形の者の動きが乱れ、完全に追い詰められていた。


 最後に異形の者が、ノエルめがけて拳を叩き込もうとした。

 結界が、その拳を弾いた。

 ノエルの短剣が、深く振るわれた。

 今度は浅い傷などではなかった。


 そこに魔力矢が降り注いだ。


 異形の者が、声も上げずに倒れた。

 体が、光の粒子となって消えていった。


 ライアスはその光景を、扉の前から動けないまま呆気に取られて見ていた。


 呆気に取られながらも、視線はノエルに釘付けだった。


 自分が恐ろしいと感じるほどの存在を、ノエルは打ち滅ぼした。


 緑色の光が静かに収まっていく中、短剣を手にしたまま立つノエルの姿が、かつて伝記の中で読んだ聖女という存在の記述と重なった。


 ライアスはどうしても、ノエルから目が離せなかった。

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