チート(ノエル視点)
【ノエル視点】
ヴェイルの体が、光の粒子となって消えていった。
ノエルはそれを、静かに確認した。
脅威が去ったと判断されたのか、結界が消えた。
周囲を浮遊していた魔道精霊の発光も消え、腕輪に戻った。
短剣の緑色の光も、静かに消えた。
それと同時に、自分の身体を包んでいた強力なバフも消滅した。
先ほどまであった超人的な脚力と体力が、普通の自分のものに戻った。
(終わった)
ノエルは少し息をついた。
手が、わずかに震えていた。
(怖かった、というのが正直なところだ)
チートアイテムがあるとはいえ、相手は魔人だった。
頭ではわかっていても、身体は正直だった。
◇
腕輪に目を落とした。
星天の機神環。
クラウスと訪れた雑居街の廃墟で手に入れた魔道具だ。
この腕輪の基本的な機能は、装着者への攻撃を自動で感知し、瞬時に強力な結界を展開するというものだ。
意識外の不意打ちも含め、あらゆる攻撃から装着者を守る。
状態異常を常時無効にしてくれる機能もある。
さらに攻撃を感知した瞬間、腕輪に組み込まれた魔道精霊が周囲に展開して、襲撃者に向けて魔力矢を自動で乱射するという、攻撃面もカバーしている。
(前世のプレイヤーたちの間で、ファンネルと呼ばれていたやつだ)
(動画配信サイトのゲームプレイ動画内でも、非常に人気があった)
しかもこの腕輪の本当に恐ろしいところは、万が一結界の強度を超えるような攻撃が来た場合、魔道精霊のリミッターが外れて暴走状態となり、周囲の脅威を跡形もなく排除するという点だ。
乙女ゲームの戦闘パートとしては、完全にバランスブレイカーと言える性能だった。
次に短剣を見た。
理絶の簒奪刃。
こちらも同じく、廃墟で手に入れた超チートアイテムだ。
この短剣の基本機能は、適当に振るだけで飛んでくる矢や投石などの飛び道具はもちろん、魔法攻撃や行く手を阻む結界といった、あらゆる概念そのものを切り裂いて無効化するというものだ。
そしてこの短剣の最大の特徴が、切り裂いた魔法のエネルギーや、斬り付けた相手の能力を吸収して、自身のスタミナと脚力に変換するという機能だ。
強化されるのはスタミナと脚力のみで、斬られた相手は全体的に弱体化する。
敵を少し斬り付けるだけで超人的な身体能力を得られるので、いつまでも逃げ続けることができるという設計だ。
この腕輪と短剣のセットは、乙女ゲームにあるまじき本格的な戦闘パートに対して、一部のプレイヤーがクレームをつけたことで生まれた課金アイテムの一つだ。
あまりにもあまりな性能で、戦闘パートに関しては完全にバランスブレイカー扱いの魔道具だった。
課金額もそれなりにするため、実際に使っているプレイヤーは極わずかだった。
しかしこの武器が人気を博したのは、あまりの性能のためにネタ武器扱いされ、ゲームの実況動画などで非常に人気があったからだ。
またこの魔道具の背景となっている設定が、プレイヤーの間で人気の大きな要因になっていた。
そもそもこの魔道具が作られたのは、はるか昔のことだった。
魔王がこの世界を支配しようと暴れ回っていた時代。
王都の一角に、高名な魔法使いが妻と共に暮らしていた。
魔法使いは妻を深く愛していた。
だからこそ、魔王やその配下が妻に危害を加えることを恐れていた。
魔法使いは考えた。
自分がそばにいられない時でも、妻が絶対に守られるように。
妻が絶対に生き延びられるように。
その一点のためだけに、全ての技術と魔力を注いで、二つの魔道具を作り上げた。
腕輪は、妻が敵に不意打ちを受けても絶対に無傷で生き残れるように設計された完全自立型防衛システムだった。
敵の攻撃を自動で感知し、瞬時に結界を展開して装着者を守る。
攻撃は最大の防御とばかりに、魔道精霊を組み込み、敵の攻撃を感知した瞬間に自動で魔力矢を乱射して敵を近づけさせない仕様にした。
万が一その弾幕をすり抜けるほどの攻撃が来ても、リミッターを外した魔道精霊が暴走状態となって周囲の脅威を排除する。
妻が傷つくことなど、絶対にあってはならない。
その想いが、腕輪の一つ一つの機能に込められていた。
短剣は、非力な妻が魔王たちの攻撃から身を守り、そして絶対に逃げ延びられるように設計された護身刀だった。
適当に斬り付けるだけで、あらゆる攻撃の概念を切り裂いて無効化できる。
そして斬り付けた敵の能力を吸収し、妻のスタミナと脚力に変換することで、妻は超人的な身体能力を得て安全な場所まで全力で逃げ続けることができる。
どんな状況でも、妻だけは生き残ってほしい。
その祈りが、短剣の刃の一本一本に刻まれていた。
(この魔道具が実装された際は、もうこの魔法使い一人で魔王倒せるだろというツッコミが相次いだものだ)
しかし。
魔法使いの愛情がたっぷりと込められたこの魔道具を、妻が手にすることはなかった。
魔道具が完成した後、妻は病に倒れた。
回復することなく、そのまま帰らぬ人となった。
魔法使いは深く悲しんだ。
妻のいなくなった王都に、もはや留まる理由はなかった。
魔法使いは人も魔物も近寄らない大森林の奥へと去ることにした。
しかし妻との想い出が詰まったこの魔道具だけは、二人が暮らした家の暖炉の奥に隠した。
そばに置いておくのが辛かった。
しかしいつか、この魔道具を必要としている誰かの手に渡ってほしかった。
魔法使いは家にも認識疎外の魔法をかけた。
存在を知っている者か、直接の知り合いでなければ、家の存在を認識できないように。
妻との想い出の場所が、みだりに踏み込まれないように。
そして、正しく使ってくれる誰かへの想いを込めて、魔道具の在り処と性能を記したメモを残した。
(その想い、確かに受け取りました)
ノエルは腕輪に、短剣に、静かにそう思った。
◇
ゲームでこのイベントを体験するには、課金をしてメモを手に入れる必要があった。
もちろんノエルは課金して体験していた。
なのでメモがなくても、廃墟の場所も魔道具の性能も把握していた。
ただ、現実でもゲームと同じように廃墟が存在するかどうか、魔道具が存在するかどうかは、行ってみるまで確認できなかった。
無事に廃墟も魔道具も存在していたので、結果としては問題なかったが。
ヴェイルとの戦いの前に、クラウス相手に実戦テストも行った。
(クラウス、本当に申し訳なかった)
魔道精霊の魔力矢がクラウスを直撃した時の顔は、少しかわいそうだった。
しかし効果はゲームの性能通りで、現実においても完全に機能することが確認できた。
(護衛対象にボコボコにされたなんて言われたくないですよね。じゃあライアス様にも黙っていてください、という取引は、我ながら完璧だった)
クラウスが渋い顔をしながらも頷いてくれた時は、少し申し訳なかった。
少しだけ。
◇
ノエルは一度、ヴェイルが消えた場所に目を向けた。
何も残っていなかった。
光の粒子も、影も、何も。
ただ、古びた礼拝堂の床だけがあった。
(ここで本当に魔人と戦ったのか)
不思議な感覚だった。
しかし事実だった。
最強格の魔道具が手に入り、魔人に対しても極めて有効であることが確認できた。
これで自分の身の安全保障は、ほぼほぼ問題がなくなった。
ノエルは大きく伸びをした。
身体の緊張が、少しほぐれた。
それからヴェイルが消えた場所から目をそらして、教会の入り口に視線を向けた。
そこに、人影があった。
目が合った。
呆然として、目を点にしたライアスとクラウスが立っていた。
(ライアス様は目が点の状態でも尊い)
現実逃避気味にそう思いながら、ノエルはとりあえず笑顔を作った。




