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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第三章 動き出す脅威

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恐怖(ヴェイル視点)

【ヴェイル視点】


 人間など、男も女も老いも若きも、全て取るに足らない虫と同じだと思っていた。


 まれに魔人と対抗できる人間も存在する。

 しかしそれでも、下等生物の中で多少ましという程度の認識だった。


 しかし。


 目の前にいる娘。

 どこにでもいるような小さき存在。

 魔力も含めて、魔人には及ぶこともない矮小な存在。


 そんな存在が、自分を追い詰めようとしている。


 ヴェイルは、初めて、人間という存在に恐怖を抱いた。


 この人間が、得体の知れないものとして理解できない。

 それが許せなかった。

 許せないという感情が、恐怖から来ていることも、また許せなかった。


 魔人たる自分が、人間を前に恐怖するなど、あってはならないことだった。



 ヴェイルは目の前の娘に向かって、最大火力の魔法を放つことにした。


 短剣による能力で、自分の力が一時的に減退させられている。

 それでも、攻撃をせずにはおれなかった。

 目の前のノエルという存在を、打ち消したかった。


「がぁぁあああっ」


 吠えながら、火と風の混合魔法を放った。

 火を纏った竜巻が、ノエルに向かって迫る。


 ノエルはその火炎竜巻を、短剣で斬るような素振りを見せた。


(そんな短剣ごときで防げるものか)


 嘲笑った。


 しかし次の瞬間、火炎竜巻は消失した。


 結界が阻んだのかと思ったが、違った。

 ノエルが短剣で斬りつけた瞬間、竜巻が短剣に飲み込まれるように消えた。


 ノエルが短剣を見ながら、満足そうな表情を浮かべていた。


(……逃げるしかない)


 瞬時に判断した。


 下等生物である人間を相手に逃走を図るなど、屈辱以外の何物でもない。

 しかしこの人間は危険すぎた。

 こうなれば、この人間の情報を仲間たちに持ち帰らなければならない。


 この娘は魔人たちの脅威になりかねない。


 ヴェイルは屈辱に頭が沸騰しそうな感覚を抑え、麻痺と毒の効果を持つ霧を礼拝堂に一気に充満させた。


 毒々しい赤紫色の煙が広がった。


 煙幕の中、ヴェイルは礼拝堂から逃げようとした。


 謎の魔道具を持っているとはいえ、身のこなしは普通の人間の小娘だ。

 魔人である自分とは体の作りが根本から違う。

 逃げるだけなら難しいことはない。


 窓に向かって跳んだ。


 その瞬間。


 横に、ノエルがいた。


「え」


 思わず声が出た。


 次の瞬間、ノエルの蹴りが脇腹に叩き込まれた。


 本来であれば、戦士でもない娘の蹴りなど、自分に効くはずがなかった。

 しかしヴェイルは吹き飛んだ。


 信者用の椅子を巻き込みながら、床に叩きつけられた。


 そこに、魔力矢が降り注いだ。


 先ほどの毒霧に反応して、魔道精霊が迎撃に出たようだった。


「ぐわぁああっ」


 魔力矢の威力が、先ほどより大きくなっていた。

 いや、違う。


(まさか、俺の能力がさらに減退しているのか)


 唖然とした。


 足音が近づいてきた。


 顔を上げると、短剣を構えたノエルがいた。


「さて、この魔道具の威力も十分に試せましたし、そろそろ終わりにしましょう」


 ヴェイルは、はっきりと恐怖した。


 先ほどこの娘は言った。

 練習台だと。


 魔王様の忠実な部下であり、魔人として絶大な力を持つ自分を、練習台だと。

 本当にこの娘は、その程度にしか自分を見ていなかった。


「貴様は、何者だ。いったい何なのだ」


 ヴェイルには、目の前の人間が、もう人間とは思えなかった。

 人間の皮を被った、別の何か。

 自分たちと同じような存在なのかと。


「貴様は、まさか女神の眷属か」


「女神? そんなものは知りません」


 ノエルが答えた。


「私はただの、経理と総務をメインとした事務員です」


「事務員だと!? ふざけるな!!」


 ヴェイルは叫んだ。


「魔道具だけが優れているならともかく、貴様は先ほど私の速さを超え、その短剣も使わずに蹴りだけでこの私を吹き飛ばした。そんな出鱈目な力を持った人間が、ただの事務員なわけがあるか!」


 ヴェイルは目の前の人間への得体の知れない恐怖と、どうしようもない怒りから、ノエルの顔に拳を叩き込もうとした。


 しかしそれは結界に阻まれた。


 その瞬間、ノエルが短剣でヴェイルを斬りつけた。


 今度は浅い傷などではなかった。

 はっきりとした深い傷を負い、そのまま自分の中の力を根こそぎ奪われるような感覚を覚えた。


 そこに魔力矢が降り注いだ。


 ヴェイルは最後に、降り注ぐ魔力矢を見上げながら、思った。


(この感情が、恐怖というものか)


 人間に対して、恐怖を。


 答えのないまま、ヴェイルは声も上げずに絶命した。


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