王都の夜(ノエル視点)
【ノエル視点】
深夜の王都の端。
そこには、朽ち果てた教会があった。
周辺の建物も朽ち果て、この一画だけが王都の中で異様な光景を放っていた。
王都警備が巡回を密にしており、一般の立ち入りが禁止されているこの区画に、王都民は近寄らない。
そこをノエルは、マントのフードを被り、キョロキョロしながら歩いていた。
(幸い、警備には見つからずに済んだ)
安堵しながら、教会を見上げた。
ライアスとクラウスにも黙って、タウンハウスからこっそり抜け出してきた。
(ごめんなさい、二人とも)
内心で謝りながら、しかしどうしても一人で来なければならない理由があった。
とにかく今は、目の前の教会だ。
ボロボロになりながらも形を一応保っている扉に、手をかけて押した。
木の軋む音が、思いの外大きく響き渡った。
(うるさい)
思わず首をすくめた。
しかし、もう遅い。
扉の向こうに、月明かりに照らされた礼拝堂が広がっていた。
そしてその中に、一人の男の姿が浮かび上がった。
「おや、どうしたのですか。お嬢様」
ヴェイルが笑顔を浮かべながら言った。
眼鏡の奥の目が、静かにノエルを見ていた。
その目の奥にあるものは、前回会った時と変わらなかった。
虫眼鏡で虫を観察するような、そういう種類の目だった。
「お散歩ですか。それとも、迷子かな」
(笑顔を浮かべ、穏やかな声で言う)
(しかし全く油断できない)
ノエルも笑顔を浮かべた。
前世のブラック企業で培った、理不尽な威圧感に対して笑顔を保つ能力が、今この瞬間、極限まで稼働していた。
「探し物です」
ノエルは答えた。
ヴェイルの目が、わずかに動いた。
「ふむ」
ヴェイルが言った。
「こんな夜中に、危険ですね。一緒に探しましょうか?」
「大丈夫です」
ノエルは笑顔のまま答えた。
「もう見つけましたから」
ヴェイルが少し、黙った。
「ふむ」
また言った。
「やはり貴方はよく分からないですね」
ため息をついた。
人間がため息をつく時の仕草と同じだったが、どこか違った。
「でも、探し物が見つかったのなら、帰った方が良いですよ。夜は危ないですから」
「ありがとうございます」
ノエルは答えた。
「帰っても大丈夫ですかね」
「ん」ヴェイルが少し首を傾けた。「どういう意味ですか」
「いいえ」ノエルは会釈をした。「それでは失礼します」
振り返り、一歩、踏み出した。
その瞬間。
「まあ、帰れないんですけどね」
ヴェイルの声が、静かに言った。
直後、ノエルの背後、影から黒い霧が噴き出した。
霧はノエルを包み込もうと広がった。
次の瞬間、爆発するように、霧散した。
ヴェイルには何が起こったか、一瞬わからなかった。
余裕のある表情が、初めて崩れた。
そこに。
魔力の矢が、無数にヴェイルへ向かって飛んできた。
油断していたヴェイルは、それを避けきれず、何発かが直撃した。
「ぐぅああ!!」
悲鳴が上がった。
ヴェイルの人の姿が、崩れ、その影が滲んだ。
人間の輪郭が溶けるように消えて、その代わりに影を纏った別の何かが現れた。
眼鏡も前髪も消えた。
そこにいるのは、もう人間の形をしたものではなかった。
「何が起こったのか!?」
ヴェイルの声が、低く変わっていた。
ノエルを確認しようとして、そして、固まった。
ノエルの周りに、緑色に発光する強力な結界が展開していた。
そして、結界の周囲には二つの小さな丸い発光体が浮かんでいた。
「な、何が……!」
ヴェイルが激しく動揺していた。
そしてノエルの手に、短剣が握られていることに気がつく。
その短剣は緑色に発光していて、それを構えながら、ノエルはヴェイルを見据えていた。
その顔は笑顔ではなかった。
真顔だった。




