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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第三章 動き出す脅威

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王都の夜(ノエル視点)

【ノエル視点】


 深夜の王都の端。

 そこには、朽ち果てた教会があった。


 周辺の建物も朽ち果て、この一画だけが王都の中で異様な光景を放っていた。

 王都警備が巡回を密にしており、一般の立ち入りが禁止されているこの区画に、王都民は近寄らない。


 そこをノエルは、マントのフードを被り、キョロキョロしながら歩いていた。


(幸い、警備には見つからずに済んだ)


 安堵しながら、教会を見上げた。


 ライアスとクラウスにも黙って、タウンハウスからこっそり抜け出してきた。


(ごめんなさい、二人とも)


 内心で謝りながら、しかしどうしても一人で来なければならない理由があった。


 とにかく今は、目の前の教会だ。

 ボロボロになりながらも形を一応保っている扉に、手をかけて押した。


 木の軋む音が、思いの外大きく響き渡った。


(うるさい)


 思わず首をすくめた。

 しかし、もう遅い。


 扉の向こうに、月明かりに照らされた礼拝堂が広がっていた。

 そしてその中に、一人の男の姿が浮かび上がった。


「おや、どうしたのですか。お嬢様」


 ヴェイルが笑顔を浮かべながら言った。

 眼鏡の奥の目が、静かにノエルを見ていた。

 その目の奥にあるものは、前回会った時と変わらなかった。

 虫眼鏡で虫を観察するような、そういう種類の目だった。


「お散歩ですか。それとも、迷子かな」


(笑顔を浮かべ、穏やかな声で言う)

(しかし全く油断できない)


 ノエルも笑顔を浮かべた。

 前世のブラック企業で培った、理不尽な威圧感に対して笑顔を保つ能力が、今この瞬間、極限まで稼働していた。


「探し物です」


 ノエルは答えた。


 ヴェイルの目が、わずかに動いた。


「ふむ」


 ヴェイルが言った。


「こんな夜中に、危険ですね。一緒に探しましょうか?」


「大丈夫です」


 ノエルは笑顔のまま答えた。


「もう見つけましたから」


 ヴェイルが少し、黙った。


「ふむ」


 また言った。


「やはり貴方はよく分からないですね」


 ため息をついた。

 人間がため息をつく時の仕草と同じだったが、どこか違った。


「でも、探し物が見つかったのなら、帰った方が良いですよ。夜は危ないですから」


「ありがとうございます」


 ノエルは答えた。


「帰っても大丈夫ですかね」


「ん」ヴェイルが少し首を傾けた。「どういう意味ですか」


「いいえ」ノエルは会釈をした。「それでは失礼します」


 振り返り、一歩、踏み出した。


 その瞬間。


「まあ、帰れないんですけどね」


 ヴェイルの声が、静かに言った。


 直後、ノエルの背後、影から黒い霧が噴き出した。

 霧はノエルを包み込もうと広がった。


 次の瞬間、爆発するように、霧散した。


 ヴェイルには何が起こったか、一瞬わからなかった。

 余裕のある表情が、初めて崩れた。


 そこに。


 魔力の矢が、無数にヴェイルへ向かって飛んできた。


 油断していたヴェイルは、それを避けきれず、何発かが直撃した。


「ぐぅああ!!」


 悲鳴が上がった。


 ヴェイルの人の姿が、崩れ、その影が滲んだ。

 人間の輪郭が溶けるように消えて、その代わりに影を纏った別の何かが現れた。

 眼鏡も前髪も消えた。


 そこにいるのは、もう人間の形をしたものではなかった。


「何が起こったのか!?」


 ヴェイルの声が、低く変わっていた。

 ノエルを確認しようとして、そして、固まった。


 ノエルの周りに、緑色に発光する強力な結界が展開していた。

 そして、結界の周囲には二つの小さな丸い発光体が浮かんでいた。


「な、何が……!」


 ヴェイルが激しく動揺していた。

 そしてノエルの手に、短剣が握られていることに気がつく。


 その短剣は緑色に発光していて、それを構えながら、ノエルはヴェイルを見据えていた。


 その顔は笑顔ではなかった。

 真顔だった。

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