決意(ノエル視点)
【ノエル視点】
ライアスが、口を開いた。
「自分は領主として、まだまだ未熟者だ」
静かな声だった。
アルベルトが、黙って聞いていた。
「自信も持てず、領地のことも、領民のことも、しっかりと見てこれなかった」
ライアスは少し間を置いた。
「前までの自分なら、領地のことなど放り出して、喜んで王都にいただろう」
アルベルトの目が、わずかに細くなった。
長年の親友として、その言葉の重さをわかっているのだろう。
以前のライアスなら、こういう言葉は出なかった。
その変化を、アルベルトは静かに受け取っていた。
「だが今は違う」
ライアスが続けた。
「今はグラントとノエルがいる。領地の問題点も課題も、領民の悩みや苦しみも、解決するのに自分は一人ではない」
ノエルは、その言葉を聞きながら、静かにしていた。
(閣下が、そう言っている)
(グラントさんと、私が、いる、と)
感情が、胸の中で静かに動いた。
ライアスがノエルを見た。
「ノエル、申し訳ないが、自分と共に王都へ来てもらえるか。領地のことはグラントに、王都での連携を君にお願いしたい」
元々の業務範囲を超えた依頼だった。
ライアスはそれをわかった上で、申し訳ないと言っていた。
ノエルは微笑んだ。
いつもの笑顔だった。
しかしその笑顔が、推し活の笑顔とは少し違う形をしていることに、ノエルは気づいていなかった。
「お任せください」
そう言った。
ライアスが、少し頷いた。
それからアルベルトに向き直り、姿勢を正した。
「殿下、此度のお話、謹んでお受けいたします」
臣下の礼を取った。
アルベルトが、笑顔で答えた。
「感謝する。卿がそう言ってくれて、どれほど心強いか」
二人が目を合わせた。
笑った。
言葉はなかった。
しかしその笑い合いの中に、何年もの時間を友として歩んだ思いが滲んでいた。
アルベルトがノエルを見た。
「君のおかげだね」
「と、とんでもないことです」
ノエルは手をブンブンと振った。
アルベルトが、楽しそうに笑った。
◇
その後、ライアスとアルベルトは今後の予定について話し始めた。
ノエルはその様子を、少し離れた場所から眺めていた。
(尊い)
銀髪と金髪が並んでいる。
二人が笑い合っている。
この光景を見られる自分は、とんでもない役得だ。
そう思いながら、ノエルは左腕にそっと触れた。
腕輪の感触があった。
(出来ることをやろう)
静かに、そう思った。
◇
タウンハウスに戻った夜、ノエルは机に向かった。
羽ペンを取り、記録を取る為に書き始めた。
「ライアス様が王都に本拠地を移す。そのタイミングはゲーム本編が始まる直前だ」
書きながら考えた。
(ゲームの舞台は王都だった)
(ヒロインもその頃に王都に来るはずだ)
(そして、恐らくヒロインがライアスルートに進むことはない)
(ゲームのライアスと、今のライアスは設定が根本から変わってしまっている)
(領地への後ろめたさなど、ライアスのそばで支えるべき存在として、今は自分がいる)
続けて書いた。
「一つだけ気がかりなのは、自分のようにヒロインも異世界転生しているパターンだ」
自分が何故転生したのかは、今もわからない。
であれば、ヒロインも転生している可能性がある。
一応、考えておくべき懸念だった。
(転生ヒロインがライアスルート希望だったり、最悪ハーレムルートに進もうとした場合が問題だ)
(ゲームならフラグの話だが、リアルとなればキャラの気持ちはプログラミングではない)
(大丈夫だとは思いたいが、用心しておこう)
次に書いた。
「ルクスヴェイル教団。魔人であるヴェイルを含め、恐らくゲームで語られないだけで、既に魔王復活のために行動を開始している」
ヴェイルが自分に接触したのは、ライアスの覚醒が原因だろう。
覚醒の原因はまだわからない。
しかしヴェイルはライアスを危険視して、接触してきた。
魔王復活に際し、強い力を持つ人間は魔人にとって邪魔でしかない。
(だけどね、ヴェイル)
ノエルは羽ペンを置いた。
(ライアスを害することはできない)
(いや、させない)
(私というイレギュラーが、ゲームの知識を持ち、魔道具を手にして、ここにいる)
机の上に視線を向けた。
美しい装飾を施された鞘に収まる短剣が、静かに置かれていた。




