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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第三章 動き出す脅威

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アルベルトの相談(ノエル視点)

【ノエル視点】

 

 王宮は、タウンハウスとも公爵邸とも違う空気だった。


 廊下の天井が高く、壁には王家の紋章が刻まれた装飾が続いていた。


 案内の侍従に連れられて歩きながら、ノエルは平静を装っていた。


(ゲームで見た王宮の廊下だ)


(スチルよりずっと広い)


 ライアスが隣を歩いていた。


 余計なことを考える暇はなかった。



 アルベルトの執務室に通されると、アルベルトが立ち上がって迎えてくれた。


「来てくれてありがとう。二人とも」


 その笑顔は、祝賀会の時と変わらず、穏やかで人当たりが良かった。


 しかしその奥に、何かを計算している気配があることも、変わらなかった。


 アルベルトが侍従に人払いを指示した。


 扉が閉まった。


 三人だけになった。


「護衛も下げて良いのか」


 ライアスが言った。


「君たちが僕を害することはないでしょ」


 アルベルトが笑った。


 ライアスが少し、黙った。


 それ以上は言わなかった。



 しばらく、二人は取り留めのない話をした。


 戦場での話を少し振りながら、しかしすぐに軽い話題に変わった。


 ノエルはその様子を、少し離れた椅子から眺めていた。


(眼福だ)


 銀髪の公爵と金髪の王太子が並んで話している。


 ゲームのスチルでは何度も見た光景だったが、現実は次元が違った。


(鼻血、こらえろ)


(よだれ、厳禁)


(平静を、装え)


 全力で自分に言い聞かせた。


 そのとき、アルベルトがノエルを見た。


 面白そうな目だった。


「相変わらず、面白いね、君」


 アルベルトが言った。


「王宮にも一人、君のような人がいれば良いんだけどね」


 その言葉に、ライアスの空気が少し変わった。


「ノエルは公爵家の仕事で手一杯だ」


 釘を刺す声だった。


 アルベルトが笑った。


「名前で呼び合うぐらいには仲良くなったんだね。祝賀会での二人も、未だに噂になっているよ」


「優秀な事務官としてそばにいてもらっている。名前呼びは信頼故だ」


 ライアスが答えた。


 紅茶を口に運んだ。


 しかし耳が、わずかに赤かった。


(何て楽しい光景だ)


 ノエルは平静を装いながら、内心でひっそりと歓喜した。


(閣下の耳が赤い)


(赤いのに紅茶を飲んで誤魔化そうとしている)


(最高だ)


 アルベルトがノエルをちらりと見た。


 何かを確認するような目だった。


 それからライアスに視線を戻した。


「さて」


 アルベルトの声が、わずかに変わった。


「今日来てもらったのは、実は二人に相談とお願いがあるんだ」


 ライアスが、姿勢を正した。


 ノエルも背筋を伸ばした。



「まずは相談から」


 アルベルトが続けた。


「先の戦で、僕は総大将として参戦した。不測の事態で撤退となった時には、どうなるかと思ったけどね」


 少し間があった。


「ライアスの活躍のおかげで、戦争も早期に終結した。王太子としての地盤も、かなり固まった」


 アルベルトがライアスを見た。


「ヴァルトハイン公爵も、私とともにいてくれるからな」


 笑いかけた。


 ライアスが、静かに頷いた。


 ノエルはその光景を見ながら、頭の中でゲームの設定と照合していた。


(ゲームでも、隣国との戦争での勝利がアルベルトの地位を固めたという描写があった)


(ゲームではライアスは恐怖の対象で誰からも恐れられていた。だからアルベルトのそばを離れないと、アルベルト自身が計算していた節があった)


(しかし今回は、ライアスは英雄として称えられている)


(それはアルベルトにとって利点でもある。しかし同時に、他の派閥がライアスを取り込もうとするリスクも生じる)


(今回の会談でライアスが自分とともにあるとわざわざ確認をするのは、アルベルト派としての立場を固める意図もあるのかもしれない)


 そこまで考えかけて、ノエルは少し保留にした。


(でも、ゲームと違いすぎるから当てにならないかも)


「しかし、問題もあってね」


 アルベルトが続けた。


「ライアスの活躍について、懐疑的な声がある」


 ライアスが黙って聞いていた。


「まずは敵軍の状況だ。斬っても倒れず、襲い続けてくる敵兵。この時点で、そんな話があるわけないという者が多い」


 ライアスが、静かに頷いた。


「兵士の士気が自軍よりも敵が高く、臆病風に吹かれた自軍の兵士たちが混乱してそう見えただけじゃないか。そんな意見まで出るほどだ」


(そう思うのも分からなくはないが)


 ノエルは内心で少し腹が立った。


(現場にいなかった人間の勝手な憶測だ)


(ライアスの兵たちが恐慌に陥るほどの光景があったのに)


 しかし今ここで感情的になっても意味がない。


 ノエルは息をついて、聞き続けた。


「証言はある。複数の兵士が同じ内容を話している。しかし、証拠がない」


 アルベルトが続けた。


「隣国の王に確認したが、敵兵の異常行動については何も分からないということだった。敵兵の死体からは薬物などの異常反応もなく、魔法反応はライアスの強力な魔法の余波で確認できなくなっていた」


「なるほどな」


 ライアスがため息をついて、呟いた。


「ようは、俺が一人で敵兵を打ち滅ぼしたのが疑わしいと」


「そういうこと」


「しかし、それを証明しろと言われても、現場の状態で認めてもらうしかないしな」


「やっかいなのは」アルベルトが続けた。「一部の過激な意見では、ライアスが隣国と繋がっていて、大量虐殺を行い英雄に成り上がったのでは、という声まで上がっている」


「何だと」


 ライアスの声が、わずかに低くなった。


「酷すぎます」


 ノエルは思わず言葉が出た。


 アルベルト達を、王国を守るために殿を務め、一人で戦った人間に対して。


 隣国と繋がって大量虐殺を行ったなどと。


(あんまりだ)


 そう思いながら、ノエルは少し息をついた。


(怒っていても仕方ない。今は聞くべきだ)


「もちろん、僕もその発言は容認しなかった」


 アルベルトが言った。


 笑顔だった。


「発言者には次回、もしまた戦争などになったら最前線での活躍をお願いするつもりだ」


 穏やかな笑顔のまま言った。


 ノエルは、この人は笑顔で恐ろしいことを言う、と改めて思った。


 アルベルトがライアスを見た。


「でね、相談なんだけど」


 少し、前に乗り出した。


「ライアスが戦場で発現したという力、それをまた見せることは可能かな」


 部屋が、静かになった。


 ライアスが、アルベルトを見た。


 アルベルトが、ライアスを見た。


 ノエルは二人の間の空気を感じながら、次の言葉を待った。

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